そんなことより

【無料公開中】 「ミツルくんと芭蕉」(佐藤文香『そんなことよりキスだった』より)

12月25日発売、佐藤文香著『そんなことよりキスだった』から4篇を公開しています! 笑える。切ない。少しヘン!?下心満載!言葉遊びを少々加えた恋愛小説30景!! メガネで天パー。前向きで目立ちたがりな佐藤さんは、恋しかしてこなかった。 パワフルにあたって砕け、幾重もの恋がめぐる…。 ★装画は同じく1985年生まれの漫画家山本さほさんが担当★

ミツルくんと芭蕉

 約束よりも10分以上前に白山駅前についてしまい、出口近くでぶらぶらしていたら、ミツルくんも早めに到着した。ミツルくんは、最近句会に来てくれるようになった男の子だ。
 句会とは、無記名で俳句を提出し、好きな作品を選んで評を述べる、合評会のようなゲームのようなもので、現在私は3つの句会を主催している。
 ミツルくんはメガネで痩せていて、礼儀正しく、思ったことをすぐには口に出さないタイプ。驚くべきことに、高校の後輩にあたる。さらに驚くべきことに、うちの妹と同級生なのだった。
 近くの和食屋さんに入り、すきやきランチを食べることにした。サラリーマンの一人客の人と相席だったので気まずく、何を話すべきか迷って、「うちの妹、大学ではアカペラサークルに入ってて」と話を始めた。「OBの先輩たちに誘われたみたいで。そのうちの一人と結婚したんだよね、最近」。
 同級生と言っても知り合いではなかったらしいから、妹の話をしたところで「そうなんですね」くらいの返事しかしようもないことにも頷けて、「いやぁ、わたしも音楽好きなんだけどね。ピアノは習ってたけど全然ダメ」と、さらにどうでもいい話をつなぐ。「あ、ひとつだけ人よりできる楽器ある。歯笛が吹けるんですよ、わたくし」。
 すきやきを食べ終えたところで、歯笛を吹いて見せた。「すごいですね」と言われたけれども、そりゃ急に目の前の人が歯笛を吹きはじめたらすごいと言うほかはなかろう。あとから歯に食べかすが挟まっていなかったか不安になり、トイレで確認した。
 店を出た。初夏の気温だ。だらだらと坂をのぼって下り、小石川植物園に到着した。
 入り口すぐのところに芭蕉がある。南国風の巨大な植物。
「これはなんだろう」と、ミツルくん。
「バショウ。松尾芭蕉の、バショウ。ほら、バナナも、バショウの仲間」「芭蕉って、こんな植物をペンネームにしたんですね」
「たしかに、俳号にするにはデカい植物だ」
 平日の小石川植物園は人が少ない。池に緑が映って、印象派の絵みたいに綺麗だったので、写真を撮った。印象派の絵みたいに綺麗って、なんか倒錯してるけど。
 ミツルくんと、手をつないだりするかな、とか思っていたが、別にそんな雰囲気ではないので、ふつうに自然を楽しむことにした。鳥の声が二種類くらい聞こえるが、なにかはわからない。
 洋館が見えてきた。入り口でもらった地図によると、東京大学総合研究博物館小石川分館、らしい。今日は吟行という名目で誘ったけれど、写真を撮ったり植物を調べたりしていると、俳句にできそうな言葉をメモできるかんじではなかった。
「このあたりからのぼって、針葉樹林の方へ行こう」と、私が指差す。
 この植物園は傾斜になっていて、ここから少し上り坂だ。
「そういえば」と、ミツルくん。
「妹さん、調理部って言ってましたよね。僕、ソフトテニス部だったんですけど、雨のときは家庭科室の前で筋トレしてました」
「それは、絶対すれ違ってるね」
 妹の結婚式の写真を見せてみる。「あ、見たことあるかも」とミツルくんは言ってくれたけど、妹もけっこう変わったからなぁ。

「ここは桜だな。私、お花見で来たことある」
 私たちはベンチに座った。桜の葉を見上げると、黒い実がたくさんついている。
「これは、季語的には『さくらんぼ』ではなく「桜の実」。初夏の季語です」
 ちょっと先生っぽく、言ってみた。ミツルくんと初めて会ったのは去年の文学フリマのとき。私のブースに同人誌を買いに来てくれた。かわいい男の子だ、と思って、名前を聞いたら、添削講座に作品を出してくれたことがあったという。そういえば、はじめのころに若い男の子から、トガった作品が来たことがあった。
 あたりの芝生には、いつの間にか知らない鳥がたくさんいた。土をほじくって餌を探している。ミツルくんはノートを取り出して、何か書き留めている。少し汗ばんできていたけれど、座ると風が気持ちいい。
 ミツルくんがまた、「そういえば」と切り出した。句会のときは指名しないと話さないけれど、今日は気を利かせて、話してくれているみたい。
「実は僕、アイさんの出版記念イベントも、けっこう行ってます。紀伊國屋書店でやったやつとか」
「あー! あの、けっこう大変なトークになっちゃったやつ。来てたのか〜。年末のも、来てくれてたよね? あれは文フリ以後だったから、名前でわかった」
「そうですね」
「もしや君、世界に15人しかいないと言われるわたしのファンのうちの一人? ちなみに15人のうちの2人はうちの両親だけど」
「ははは」
「でも、私こうやってすぐ友達になっちゃうんだよね。だから友達は増えるけど、ファンが増えない」
「それは、いいんじゃないですか。僕は、アイさんと仲良くなれてよかったです」
 告白か、と思ったが、違う、違うぞ。気を確かに。妹の同級生だ。
 妹とは一度しか喧嘩したことがない。たった一度の喧嘩の理由は、「私の男性関係があり得ない」だった。ミクシィのメッセージでお𠮟りのメールが来たのだ。この期に及んでふたたび妹に嫌われたくはない。
「そろそろ行こう」
 太陽はゆるやかに西に向かっていた。少しのあいだ、2人でまた芭蕉を眺めてから、植物園を出た。

   蛸壺やはかなき夢を夏の月  芭蕉

佐藤文香(さとう・あやか)
1985年兵庫県生まれ。池田澄子に師事。第2回芝不器男俳句新人賞にて対馬康子奨励賞受賞。アキヤマ香「ぼくらの17-ON!」①~④(双葉社)の俳句協力。句集『海藻標本』(宗左近俳句大賞受賞)、『君に目があり見開かれ』。詩集『新しい音楽をおしえて』。共著『新撰21』、編著『俳句を遊べ!』、『大人になるまでに読みたい15歳の短歌・俳句・川柳②生と夢』、『天の川銀河発電所 Born after1968 現代俳句ガイドブック』など。

現代俳句に新しい風を吹き込んできた 短詩界のエース佐藤文香の個性が爆発!の新恋愛小説集発売中です!▼


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?