朝のirodoriエッセイ「人生、パステルカラーだけじゃないよね」
「人生、パステルカラーだけじゃないよね」
曇り空が優しい函館からおはようございます。
先日、松田聖子さんのコンサートのMC部分の動画を観る機会がありました。
大笑いしました。
あの方は本当に底抜けに笑うから、こちらがとてもハッピーになります。
リクエストコーナーというのがありまして、観客の皆さんが仕込んできた紙を掲げて、「この曲を歌って!」とアピールするんです。
聖子さんはそれらを読み上げていくのですが、その中でも拍手の大きかったものを歌うというコーナーなのです。
そこでこんなくだりがありました。
「じゃあ今度は元気な曲で、みんなと一緒に歌える歌がいいんじゃない? 元気がいい歌。えっ?『セイシェルの夕陽』と『時間旅行』? 『時間旅行』すごーい悲しい歌だよ。それに『セイシェルの夕陽』。あれも悲しいんじゃない。あれ、一人でセイシェルに行ったっていう話よ」
観客の皆さんはわーっと盛り上がってこの二曲を聖子さんが歌いました。
それを観ていた私。
ふうむ。もしかしてそうなのかな……とてもとても考えさせられるぞ。
ここからは、完全なる私の想像ね。
もしかしてもしかしたら聖子さんって、一曲一曲に物語世界をもっていて、その曲を歌う時は、その曲の物語の世界観に入り込み、ご本人から出る波動ごとそのものと一体となって歌い上げていらっしゃるんじゃないかしら。
「赤いスイートピー」とか「ハートのイアリング」とかを思い浮かべるだけで、早春や、雪まじりの雨空の匂いまでしてくるのは、歌っていた聖子さんが「それ」をやっていたからなのかなと驚愕した瞬間でした。
私は作家の方の作品でも、別人が書いたように世界の違う作品をいくつも生み出している方の筆力に感動するし、
俳優さんなんかでも、ご本人のプライベートの顔を想像できないくらいに全細胞でその役になっている方の演技(演技という言葉ではいいあらわせないような憑依のようなすがた)に感動します。
人って、いったい何なんだろうと思ったりします。
特に、表現者というものは。
ひょっとして人の中には各種の色彩が驚くほどたくさん内在していて、どの色を表現するかで波動ごと変幻自在なのではないかしら。
生きているとさまざまな色彩を感じます。
ごくうすいペールピンクのような気分でつき合い始めた彼とカフェに入るような甘い緊張感もあれば、
自分の躰を垂直に保てないほどに深く落ち込む暗灰色の日もあります。
冷酷なナイフのようにすべてをはじくシルバーグレーの自分がいたり、人懐っこい仔犬のようにじゃれたいスウィートなはちみつ色みたいな自分がいたり、
そして誰にも言わず心の奥底に抱えている錘(おもり)のような黒も有している。
そう、この黒の存在が、蝶々のようにとらえどころのない各種の色彩のふるまいを、この地に足の着いた生活基盤へ錨となってアンカリングしてくれているんではないかしら。重しになっているんじゃないかしら。
黒って色じゃないように思うし、心の中の色はあまりいいものじゃないように思われたりしているけれど、この黒が重くて深い人が私は個人的に好き。
この、錘のような黒を誰かに感じると、私はその人の奥行に敬礼したいような気持になる。
つらいことを人生の錘にしているような。
錘を抱えている人は、苦しいこと、つらいことを吐き出さず、腹に貯める。
それはその人の比重になる。
軽くて明るいムードの人物に、この錘を感じると、なにかとても大事なものを見たような気持ちになる。その方が、人生の風雪に耐え、練り、腹に貯めた黒いもの。人生の錘。
宝物であり勲章ですが、そうそう人様に見せるようなものではない。
初対面の人にこの錘を出して、「自分は過去にこんなに大変でね…」と話したりはしない。
この黒い錘は、人様には話しませんが、気配は伝わりますね。
オーラや気魄や本気の魂となって伝わります。
錘の大切さを知っている人は、不幸自慢をするようなことは決してありませんが、陰と陽を併せ飲んでいる奥行きと深みのある気配は伝わります。
うん。そういう人好きだな。
でもね、人にはパステルカラーの人と黒の人がいるわけではないのだと思う。
どの色も内在するのだと思う。
全盛期の聖子さんの衣装やお姿や立ち居振る舞いにパステルカラーの印象を強く感じたけれど、あれは憑依や変化のひとつの瞬間に、私に内在する何か渇望のようなものが呼応したのかもしれない。
私だって日々のあれこれに、変幻しているのだろう。
パステルカラーにふわふわ浮つくのもよし。
そして、私の下のほうにあるであろう錘の黒さを味わってみるのもよし。
人の色は実に多面体だ。
そしてその中の刹那と時代がマッチしたときに、なにか大きい渦を生むことがあるのだと、聖子さんのMCを観ながらぼんやり考えていたのです。
あったかい黒いセーター、着たくなってきた。
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