217.適材適所

 ぼくの知り合いで通販番組の台本を書いている作家がいる(放送作家というのはこういう原稿も書くのだ)。
 当然、その商品がいかに優れているかを、あの手この手で表現していくわけだ。おそらくはNASAだとか活性酸素だとかマイナスイオンだとかを引き合いに出してね。
 より説得力があるように、よりお得に感じるように、より安心感があるように……と何度も推敲を重ねているうちに、その作家は、
「だんだんその商品が素晴らしく思え、つい自分で買ってしまうことが何度も……」
 という。
 自分の文章に自分で酔ってしまったわけだ。なんだか催眠術師が鏡に向かって術をかけてしまったみたいで、間抜けだ。

 ところで、
「この人、いい役者さんなんだけど、もう一つ大成しないなぁ」
 というケースがありますね。こういう場合、その役者さんはどこかで自分に酔えないクールな部分を持っていて、それが邪魔をしているのだ。
 歌手や役者という表方の人間と、演出家や作家という裏方の人間の一番の違いとは、この「自分に酔えるかどうか」という点なのだ。表方の人間は自分に惚れ込み易い人の方がいい。下手に酔えば単なるナルシストだが、うまく自己陶酔すると大傑作の歌や芝居が生まれるから。もちろん、その紙一重のところが難しいのだけどね。
 しかし、自分に酔えない役者さんの場合は演出をやるとうまかったりするのだ。適材適所とはよくいったものだ。

【モンダイ点】
◎もっとも、自分に酔う作家の場合は、他に使い道はないのだが……。

(2002/7/17)

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