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オテッショーとマイラド

子供の時、「世界」は自分の家の中しかない。自分の家で普通に使われている言葉や行事、ルールは、どこの家でもそうだと思っている。
少し大きくなって友達の家にいき、
「あれ? ウチと違う。あれは我が家だけのルールだったのか」
と思う経験は、誰にでもあるのではないだろうか?

長い間、「この言葉は他で聞いたことがない。きっとウチの家だけで使ってる方言なんだ」と思っていた言葉が、いくつかある。

オテッショー
食事の時、母はよく、
「はい、オテッショー」
といって小皿を出した。醤油を入れたりする平たい小皿だ。家の中ではなんの疑問もなくそれで会話が通じていた。時に、
「はい、小皿」
と言ったりもするから、小皿のことを言うんだとはわかっていた。が「オテッショー」なんて妙な響きにあてはまる漢字が思い浮かばなかったので、たぶん方言なんだろうと長年思っていた。

それが「御手塩」だと知ったのは、ずいぶん大人になってからだ。
辞書によると…【古来、塩を入れて食卓に添えるために作られた小さな浅い皿。手塩皿。御手塩(おてしょ)とも呼ぶ。女性言葉。】

知らなかった! 「オテッショー」は「御手塩」だったのかあ!
けっこう優雅な言葉じゃないか。

マイラド
もう一つ。
「そこのマイラドを閉めて」
ともよく言われた。
実家は昔、小さな家族旅館をやっていたらしく、普通の家よりは広く、作りも入り組んでいる。建物はずいぶん古く、塗りがはげた重たい引き戸があって、そのことを母はマイラドと呼んでいたのだ。
これまた、そんな言葉、他で聞いたことがない。「マイラド」なんて音の響きにあてはまる漢字が思いつくはずもなく、たぶん方言なんだろうと長年思っていた。

が、これまたずいぶん大人になってのことだ。京都に旅行に行った時、どこかのお寺だかお堂だかの建物を見学していた。京都らしく、建物のあちこちには「解説」のボードが張っていた。なにげなくそれを読んでいて、
「舞良戸(まいらど)」という解説文があるのを見て、ビックリした。
辞書によると…【細い桟を等間隔に取り付けている板戸のこと。舞良戸。細い桟のことを舞良子(まいらこ)と呼ぶ。書院造りの建具の一つ。廊下の間仕切りや縁側の扉で見ることがある。】

たしかに、実家のあの重たい引き戸は板張りに細い桟が等間隔についていた。「マイラド」は「舞良戸」だったのかあ!
方言なんかじゃなく、歴史的にちゃんとした言葉だった。ただ私に教養がないだけのことだったのだ。

地方の、たいして由緒もない古いだけの家だが、父も母も意外にちゃんとした言葉を使っていたんだなあ、とちょっと嬉しくなった。

***

その母が亡くなって数年。すでに父も亡くなっている。
実家はずっと無人のままだったが、コロナも落ち着いてきたので、取り壊すことにした。
姉と二人で何度か整理に通って、あらかたのものは処分した。

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