一瞬の躊躇

 いまは亡き映画監督・伊丹十三。彼は、父親が高名な脚本家であり映画監督・伊丹万作だけあって、映画のツボというものを心得ている。

 彼の映画「タンポポ」で、有名になったオムライスの作り方がある。皿に盛ったチキンライスの上に、中がまだ半熟のプレーンオムレツをのせ、食卓の上でオムレツに切れ目を入れる。すると、とろけた卵が裏返しになって、まるで風呂敷でチキンライスを包むように広がり、目の前でライス全体を包み込む……という方法。
 卵の甘い香りと黄色い色と、白い湯気とが、ふわ~っと広がり、舌で味わう前に、まず目と鼻で、オムライスのおいしさを味わうことができる。
 この、「タンポポ・オムライス」は、今や立派な一ジャンルとなり、多くの店で人気メニューとなっている。それはそれで、押さえておきたいメニュー。

 一方で、昔ながらのオムライスというのも、また、いい。
 そう、卵で、木の葉の形のようにきれいにしっかり包み込む、母親が作ってくれた、あのオムライス。卵の包みの中ほどに、ドバッとケチャップをかける。黄色い包みの上に、目にも鮮やかなケチャップの赤。
 そのケチャップをスプーンの背でソロソロと延ばしつつ、やがて、ざくりと黄色の包みを割ると、中から赤いケチャップで味付けしたチキンライスが出てくる。黄色で隠された中から、赤が出てくる楽しさ。

 どちらの方法が好きかは、人それぞれ。もちろん、両方好きだってかまわない。どうやったって、オムライスはうまいのだから。

 ただ、問題が一つだけある。
 オムライスの、あの黄色に赤という色のバランスはあまりにうまくできすぎていて、少しばかり子どもじみていないか? 子どもが、いかにも「お絵かき」しそうな色使いではないか。花の絵ならば「チューリップ」にあたるだろう。無邪気で、単純で、可愛い。
 大の大人として、男として、(いい年してオムライスを頼むなんて、ちょっと子どもっぽくないか?)と、一瞬少し照れてしまうのだ。
 もちろん、それはほんの一瞬。そんな躊躇よりも「食べたい!」という気持ちの方が勝ってしまうのだ。
 いや、ひょっとしたら本当のところは……、子どもに戻りたくて頼んでいるのかもしれないが。

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