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阿多古川を遡る

暑い盛りの日々は、少しはなりを潜めたものの、まだまだ夏は続きそうだ。
 この日は昼過ぎより、ドライブを兼ねてウォーキングに出掛けた。いなさ湖(都田川ダム)にしようか、それとも天竜区の熊(くんま)地区に行って川沿いに遡る道を歩こうかと迷っていたが、都田町は藤淵橋の袂で、後者に決めた。道順的には国道を使って天竜区回りでアクセスする方が楽なのであるが、せっかく空がくっきりと青いのだから、高所からの眺望目当てで山越えの道ー引佐町久留女木より中代峠を町境越えして天竜区懐山地区を下り、阿多古川沿いに遡行してくる県道に合流して熊地区に向かうルートを選んだ。
 都田川沿いの県道を渋川方面に北上し、旧久留女木小学校に分岐する地点で道を分け、山腹をジグザグに高度を上げていく。山上の緩やかな斜面に家畑の散在する中代地区を過ぎると、杉檜の鬱蒼と枝を差し交わす、狭い道に変わる。この辺りで車内の気温計が30度台を下回りはじめ、28度を計測していた。
 涼しくなったのは有難いが、この山越えする区間が最もすれ違いに気を使うところであった。あろうことか、区間のなかで一番すれ違いたくない地点に差し掛かったところで、対向車が峠を下りてきてしまった。冷や汗ものだったが、なんとかスレスレでやり過ごし、無事に山を越える事が出来た。天竜川の支流、阿多古川水系の流れが広がる空のもとで、山々に大きく谷を開いていく。山襞の波が天竜川を越え、東の彼方に霞んでいく眺めを愉しみながら山を下る。県道9号に合流したら今度は熊地区に上り返す形になる。家並みが見えてきたところでやっと道の駅に着き、河原の駐車場に車を駐める。観光客の憩う浅瀬を離れ、川幅を狭めていく沢に沿って、車道を山に向かって歩き始めた。
 小さな橋を渡ると、ほどなく東海自然歩道と合流し、道案内には「→県境」とある。杉や檜の林立する、緑陰の散歩道は(猛暑日にも関わらず)涼しくて快適である。もともと、此処を歩く道に選んだ目的は、沢の水の清麗さと苔むす岩場のつくる瑞々しい緑の-(云ってみれば)庭園回廊のそばを歩きたかったから、なのだ。残念ながら、「県境」には今度もたどり着かなかったが、再び此処を歩くのならば-阿多古川源流の澄んだ深みを、底深くまで見つめ通して対峙できるような-私であればと思っている。

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