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湖北の山岸にて-木楢の蔭より-

夕刻近い、奥浜名湖をめぐる国道362号沿いを、今日は寸座でエスケープ。山湖(やまうみ)を箱庭のように見下ろす里山の、段々のミカン畑-斜面を高巻いていく道沿いには、山腹の一隅に広く路肩がとってある箇所がある。南に湖面を向いた辺縁には一本のコナラの木が佇んでいる。一年に一度くらい、私は時久しく訪ねる知人のように、この年有りて老いた木のそばに行き、そこにいてくれる事を確かめて安心のため息をつくのだった。湖に向かって右側の樹勢が弱いのは幹の根元近くに空洞があるから、なのだろう。
 コナラの木の傍らに立って眺める浜名湖は、私の脳裡の片隅を占める動かぬ光景だ。引佐細江の水面の向こうには、たおやかな寝姿山が望まれる。丘にもみえる山並みが、そのまま台地に棚引くように溶すけ込んでいる。
 足元にひろがる湖の北岸に目を転ずれば、今は真っ直ぐに改良された国道を寸座峠に向かう車が切れ間無く続いていく。湖の入り江を馬蹄に撓(たわ)めた山岸に散在する人家も、丸みをとって石組みに造られた桟橋に停泊している一艘の白い小舟も、すべてが指呼の間に見るように目に映ってくる。何年にも渡る朝夕の通勤で車窓に眺めてきた風景の一片-私自身の大切な要素だ。

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