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感情に名前を付ける行為「虎に翼」第51話

第51話は、先週の衝撃を視聴者の我々を含め、それぞれが受け止めきれないことに対峙する回だった。

花岡の死を登場人物がそれぞれの立場で悼み、戦争で受けた喪失の大きさに思いを馳せていた。
生きて日常を続けているけれど、心は「今」にない感じ。前に歩いているけれど気持ちが追い付いていないような感じが強くした。

色んな喪失がある中で、戦争から戻った轟はよねと再会する。
花岡の死を率直に悲しいと言わず、「仕方あるまい。それがあいつの選んだ道ならば」と何とか自分を納得させようと虚勢を張る轟。そんな轟によねが彼の花岡への想いを口にする。
彼自身が言語化していない中で告げられた言葉は、衝撃だったのではないか。

よねは、轟の横少し離れて腰をかけ、前を見て「べつに白黒つけさせたいわけでも、白状させたいわけでもない。腹が立ったら謝る。ただ、私の前では強がる意味がない。そういいたかっただけだ」と言い、時折うなづきながら静かに轟の想いに耳を傾けた。
2人が並んでいる姿を見て、よねにとって轟は大切な同じ志を持った友であることが伝わってきて泣けた。

轟とよねが最後に花岡に会ったのは、花岡が東京に婚約者を連れてきた時だった。轟が花岡を責めた時、よねが少し何かもの言いたげな表情をした。
この表情に、よねも花岡に淡い思いを抱いていたのか?と思ったけれど、そうじゃなかった。
男女の登場人物を無条件に恋愛感情に結びつけてしまう自分を恥じた。
そして、「あ、そういう感情」と思ったこともまた自分の意識の低さを感じた。
語られないこと、見えないことは「存在しない」ということではない。
当たり前のことが頭から抜け落ちているということに気づかされた。

ただ、轟の自分自身でも名前を付けていなかった「想い」を第3者が口にしていいのかという感想を持ったのも事実(ただ、よねは暴くとかそういう意図で言ったのではないしもちろん、2人以外の人がいる場では口にしていない)。
よねは、轟に「腹が立ったなら謝る」とも言っている。轟はよねの言葉に驚きながら、そして「自分でもわからんのだ」と言いながら自分の気持ちを振り返る。まっすぐな轟だからよねの言葉を受け止めることができたし、嘘や裏のないよねだからこそまっすぐに轟に言葉を伝えることができたのではないか。

誰もが自分の気持ちを言語化して表現する必要はない。
特に、セクシャリティに関することが究極のプライベートだと思う。
秘する自由もある。

この難しい場面を匂わせるだけで描かないほうが作品としては「安全」ではある。
そこをあえて逃げず、よねと轟の2人芝居の中で表現されたのが本当にすごいと思った。

「虎に翼」は、名もなき女性がそれぞれが精一杯生きてきた話だと思っていたけれど、語られてこなかった男性の話でもあるし、もしかしたら性別関係なく、語られてこなかった者たちの話なのかもしれないと思った。

そして、第51話の終わり、寅子が初めてハーモニカを吹く傷病兵に小銭を出したのが印象的だった。
傷ついて、それでも生きようとしている他者に寅子自身が目や気持ちを向けるきっかけとなる、次のステージへの扉のような場面だった。


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