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(劇評)同じように眠れない夜の、違い

『TDN of TDP (three different nights of three different persons)〜3人の異なる人たちの、3つの異なる夜』の劇評です。
2020年9月12日(土)14:00 金沢アートグミにて上映会を鑑賞/13日(日)Vimeoにて鑑賞

※Vimeoにて9月20日(日)18:00まで配信されています
(映像作品1000円、トーク1回500円)
https://vimeo.com/ondemand/tdn


 ダンスウェルという、身体表現による芸術活動がある。活動の対象は、パーキンソン病と共に生きる人々を含み、子供から大人まで年齢や経験を問わないとしている。この活動の特徴は、リハビリやセラピー、ダンスの技術習得ではなく、芸術活動であることだ。
 私はこの活動に、何度か参加したことがある。ダンス経験のない私でも、そこでは一人のダンサーである。鈍く重い、ままならない体をどうにか動かしてみた私の健闘も、多様な表現の中の一つの個性になる。

 『TDN of TDP (three different nights of three different persons)〜3人の異なる人たちの、三つの異なる夜』は、ダンスウェルの活動から生まれた映像作品だ。ダンサーは、Alessandro Marzotto、中山治男、濱口一良の3人。振付・演出はなかむらくるみ、映像演出は野田亮、音楽はOtnkによる。

 映像が始まると、横に三つの長方形の画面が並ぶ。映し出されているのは部屋の風景だ。そこに、左の画面からMarzotto、中央に濱口、右に中山がそれぞれ、白、青、赤の枕を持って登場する。女性ボーカルの歌が流れる。3人は枕を下に落とす。Marzottoは膝を中心に動かす。濱口は両肘を回す。中山は右肘を動かす。三分割された画面で、3人はそれぞれの動きを続ける。ふいに音楽が止まり、3人は手で画面を覆う。次の画面では枕に頭を載せている3人が映し出される。皆、寝付けない様子だ。
 画面が広がり、中山がいる。そこは彼のアトリエのようだ。わざと外したようなピアノの音をバックに、中山は動く。頭を抱えたり、しゃがみこんだりする動きが何度か見られた。画面が切り替わると、黄色い壁を背景にMarzottoの全身が映し出されている。両手を大きく動かして、自分の体の各部を確認しているようだと感じた。そして次のシーンでは、リビングにいるらしい濱口が映し出された。立って、ゆらゆらと揺れている。彼の動きは、泳いでいるかのようでも、歩いているかのようでもあった。アップテンポな音楽に変わると、三分割された画面のそれぞれで、3人は、今までよりは早い動きを見せる。その後、3人の目のアップが続いて映される。
 再び三分割された状態で、画面下には問いかけの英文と和文が表示される。「痒みに耐える」「平気なんだ」「本当は」などの言葉に合わせて、3人はポーズを変え続ける。最後は「眠れない、人、人、人」という言葉と、自分の体を両手で抱きしめる3人の映像で終了する。

 始まってしばらく、三つに分かれた画面で、3人が別々の動きをしている時は、ばらばらである、それぞれが別のものであると思っていたのだが、時間を経て、3人の表現をじっくりと見ていくにつれて、これらは同じ出来事であると思えてきた。誰かの苦しみではなく、自分の苦しみと同じなのだと。眠れない夜を過ごしたことは、多くの人にあるだろう。その、大きくはないものの無視できない苦しみの経験が、寝付けない夜の彼らのダンスを、自分の経験と同じようなものとして感じさせるのだろう。また、音楽によってシーンに説明がなされていること、一つの映像にまとめあげて統一感が生まれたことも、同一性を感じさせた理由の一つだろう。

 Marzottoはプロのダンサーだが、中山と濱口はそうではない。だが、ダンスを生業とする者だけが踊るのではない。誰だって、何か自分の内に生まれた感情を、体を動かすことで表現することはできる。その、体からの言語表現とも言えるダンスは、その人に唯一のものだ。
 寝付けない苦しみという経験は同じだが、その同じを表明するやり方は、その人の数だけある。自分の内部にあるものの表出が簡単にできる人もいれば、必死で絞り出さなければならない人もいるだろう。どちらがよいという話ではなく、どちらも同じように一つの表現で、どちらも等しく尊重されるものである。
 
 体を鎮めるべき夜に、眠れないということ。その時、体からの呼び掛けが起きているのかもしれない。無理に眠ろうとせずに、体を起こし、動きたいと思った箇所を動かしてみるとよいかもしれない。少しだけ踊れば、体がほどよく疲れ、よい眠りを呼んでくれるかもしれない。今度、眠れない夜が訪れたら、そうしてみようと思う。

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