見出し画像

【トリプルネガティブ乳がん闘病記】⑦ 末期の副反応、投与終了まで

6月26日、パクリタキセル10クール目
もう、壁や手すりに手をつかないと歩けないので、夫に病院まで車で送ってもらい這うように病院の階を上がった。看護師の事前問診時に「その症状は先生に話しました?先生はなんて?」といぶかしげに聞かれ、「”あそう、そう、頑張りましょう!”しか言いませんわ、パクリ完遂すること以外興味ないって感じ」と愚痴ってみた。で、この愚痴が先生に反映されんのかなーと思いきや別に何をしてくれるわけではなし。いつも彼女はPC打刻に夢中、もうほんっと手を伸ばして代わりに打ってあげたいくらいPC打刻ができないヒト。いつものお決まりの「頑張りましょう!」で早々に終わらされた。
投与前に薬剤師が来て「相当症状が出てるって報告受けているんですけど、先生はなんて言ってます?減薬とか言われませんでした?痺れの薬は出ていませんか?」なんも言われてへんわーっっ。さらに、ただでさえ体が限界なのに今日の投与は2時間弱待たされた。ほぼ気絶、状態で、投与部屋の皆さんも毎週投与の私のことはすっかり把握しているのか、私の番になったら看護助手のおばちゃんが迎えに来て荷物を持って肩を貸して投与椅子まで連れて行ってくれた、助かる。点滴針ももう入る血管がそろそろなくなってきていて、今日は1発でいける私のお気に入りの看護師さんが入れてくれた、ラッキー。看護師さんたちは事前問診の記載を読んでいるので、ほんとに皆優しかった。投与中はほぼ寝てしまい、確認事項あるたびに毎度看護師さんが丁寧に起こしてくれた。
今週は仕事なしで初めて自分の体に向き合える。どうやらこのパクリタキセルによる筋肉痛は水曜日からひどくなる模様。これで8時間PCに向かい続けていたなんて信じられん。。。火曜日、昔に私のチームで時期を分けて5年くらい派遣で働いていた子が、ちょっと前にLINEをしていたときに退職のことを伝えていたので、すっごいセンスのよいブーケを送ってくれた。抗がん剤中は生花がだめだったので誰からももらっていなくて、正直花束をもらうことなんてなかなかないから退職したのになしはさみしいなーなんて思っていたので、すっごい嬉しかった。しかもお花にはうるさい私をよく覚えていてくれて、私の好きな感じにしてくれているのも彼女の愛情を感じて感動!リビングには飾れないので玄関に飾ってみた。

そしてさっそく仕事なしの状況を最大限に楽しもう!と観たかったNetflixのドラマを一気に観たりして完全に引きこもった。手指の麻痺がひどくボタンをはめたり紐を結ぶのもできず、お皿を拭くのも怖くなり、掃除や洗濯ものを畳む以外の家事はできなくなってしまった。手の平が炎症しているので掃除ブラシが平に押し付けるような状態で掃除をするとやけどのように痛くなり、爪に空気が入っているので指先を使うと爪がはがれそうになった。

土曜日やっと鍼とマッサージ治療ができて、筋肉痛や座骨神経痛はいつものごとくペロっと半減した。手の親指の麻痺はもはや彼女の鍼でも緩和できなくなってしまった、でも他の指は効く。人差し指だけでも感覚があって助かった。あまりにも副反応&副作用のひどい私を見かねた彼女が「減薬とか休薬とか絶対考えてもらったほうがいいと思う!はっきり主張してみれば?」と言ってくれて、そうしよう、と決めた。日曜日義母から2㎏のブルーベリーが届いた。長野県産のきれいなブルーベリー、赤いブドウが1番Ph値を下げるから助かる。私が「抗酸化にはブドウがいい」と繰り返し夫に話していたのを伝えていたらしく、電話すると「毎年買っていたののついでやねん」と義母は言っていたけど、多分私のためにわざわざ買ってくれていた。義母も本当に心配している。

7月3日、パクリタキセル11クール目。
決めていたとおり、投与前問診で看護師さんに「パクリをもうやめたい、って先生に言って欲しい、だって効いてないじゃないですか」と話した。分かりました、私たちもちょっと今の投薬量では明らかに負担が大きいと思っているので(既に進言してくれていたらしい)もう1回掛け合いますね!と。医師の問診になったら、初めて私が本当にしんどいと理解したみたいな顔で「止めたいって言ってるみたいだけど、そんなに無理?1回休む?それとも減薬、って方法もあるけど」とやっと言ってきた。あと2回なのにここで終わりがまた先延ばしになるのはもっとうんざり、なので「減薬で」と答えた。ネットで他の病院が一定の減薬であれば効果に影響がない、と記載していたのを読んでいたので、やっとやっと減薬!とやる気がまた出た。3割減薬で、あとはやっと痺れ対処のプレバガリンの処方箋が出た。今日は週末のマッサージのおかげで自分で歩けたので、投与部屋に入ると看護師さんが「あれ、今日は少し元気なの?あと2回ですもんね!」と声をかけてくれた。
火曜日以降は減薬のおかげか比較的元気。先週末の鍼&マッサージの効果がばっちり出ていてやる気があったので、色々片付けをして、ふと脱衣所で使っているシェルフをリビングで使いたくなり、代わりのシェルフをお手頃価格のIKEAに注文。7日の金曜日に到着してすぐ、家具組み立て大好きの私は夫が帰宅するのが待てなくなり、手が麻痺しているにも関わらずできる気がしてやまなく、1時間かからないようなシェルフに3時間くらい汗びっちょりになって組み立て、ひとりで家具移動し、すっかり模様変えをしてしまった。夜から案の定筋肉痛がひどくなり、翌日鍼灸師の幼馴染に「人体実験は2度とやめて!」とこっぴどくしかられた。手足の麻痺と痺れは酷いけど、薬の筋肉痛も家具組み立ての筋肉痛も彼女がほとんど治してくれた。ただ痩せ方がひどくお尻や足の筋肉が全然なくなってしまっているので、少しでも歩いたほうがいいよ、と言ってくれた。体重は普通量を食べているのに投与前から8kg減っていた。日曜日は夫と少しだけウォーキングした。足が小鹿状態になっていてうまく歩けなかった。
10日月曜日は病院で定期的にやっている乳房再建説明会に行った。実際に再建をされた方がその胸を見せてくださる、という驚きの説明会で、医師の説明も分かりやすく、予定通りシリコンを入れる再建をしてカラダバランスを維持することにしよう、と決めた。そこで術後8か月後には再建手術ができる、と言われ、私の担当医は1年後と言っていたのになぜ?と思い質問してみたが「なんででしょうねえ、聞いてみたほうがいいですよ」とふわっとした返答だった。今になると私の担当医が”1年後”と言っていた根拠は把握できる。このころから担当医は私の結果がだいたい分かっていたのだ。

7月11日、パクリタキセル12クール目。最終投与。
とうとう最終投与日。先生の問診前の待ち時間にフローズングローブを貸してくれてくれていた研究員さんが来て、「ひとまずお疲れ様です!」とハンドマッサージのやり方をコピーした紙と、ご自身でマッサージ方法を挙げたYouTubeのアドレス、開発したハンドクリームを”お祝い”にプレゼントしてくださった。泣き出しそうになるのをこらえるのが大変だった。この病院って医師以外はみなほんとホスピタリティーにあふれているなあ。
医師は今日の体調なら投与大丈夫だよね?手術は全摘、再建、で気持ちは変わってないよね?と最終確認してきた。先週処方してもらったプレバガリンは即効性がある薬なのか聞くと、そうだよ、と言うので、なんか効いた感じが正直しない、と話すと、じゃあやめよっか、となり、また痺れ対策がなくなってしまった。とにかく抗がん剤が終わってから手術前の打ち合わせ及び抗がん剤効き目確認の超音波を24日にすることなり、そのまま問診は終わった。
投与部屋に行くとよくしゃべっていた看護師さんがすすっと来て「今日で最後ですね!!!」と言ってくれて、終わってからも今日は担当エリアではないのに来てくれて点滴針を外してくれたので、「ちょっと万歳していいっすか?」と言うわたしに付き合って万歳一唱をしてくれた。やっと、やっと、地獄の投与が終わった!!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?