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「あたりまえ」を変えた運動会

さやか星小学校 教務主任・第1学年担任 島岡次郎 

 1年生が初めての図工で、太陽の絵を描いた。赤いクレヨンでグリグリと塗って描いた、力強い太陽。この日、さやか星小学校を照らした太陽を見て、私は子どもたちが描いた太陽を思い出しました。6月8日土曜日、第1回さやか星小学校運動会を開催しました。

 私は今年の3月まで東京都の公立小学校で勤めていました。14年間公立小学校で勤め、運動会の責任者も幾度か担当しました。つまり、学校の運動会の「あたりまえ」を担ってきました。さやか星小学校の運動会は、その「あたりまえ」を大きく変えたと胸を張って言うことができます。さやか星小学校は、どんな「あたりまえ」を変えたのか。私なりに考察し、ご紹介したいと思います。

 我々が変えた1つ目の「あたりまえ」は、「みんなが同じことをする」ということです。「心を一つに」、「力を合わせて」といったスローガンのもと、ダンスや組体操といった表現運動の練習に多くの時間を費やす。それが、私がこれまで経験してきた運動会です。しかし、中にはどれほど練習しても上手に踊れない子や、そもそもダンスや表現があまり好きではない子もいます。その子達にとって、運動会の表現運動は苦痛だったかもしれません。もちろん、苦手なことにも諦めずに取り組むことは大切ですし、みんなで同じ目標に向かって練習したり、作品を作り上げたりする過程に大きな学びがあることを否定はしません。私も、そうした学習に価値を感じ、子どもたちを指導してきました。しかし、誰も否定できないスローガンの陰で、苦しい思いをしている子どもがいることも真実だと思います。さやか星小学校は、一人ひとりの学習に徹底的にコミットします。だから、さやか星小学校の運動会では、全員に同じ動きを求める表現運動は取り入れませんでした。その代わり、準備運動に、全校で取り組む体操を取り入れました。基本的な振り付けと音楽はあるものの、みんなが同じ動きをする必要はありません。寸分違わず皆が同じ動きをするのではなく、みんなちょっとずつ違う動きをしているのだけれど、きちんと参加し、みんなで作り上げていました。我々が目指したのは、みんな違ってみんな良い運動会です。

 我々が変えた2つ目の「あたりまえ」は、「見栄えを良くするために時間を使う」ということです。みんなが完璧に踊れるように表現の練習をする。綺麗に並び、指示通りに動けるようになるまで練習をする。運動会の練習の多くの時間は、見栄えを良くするために費やされるといっても過言ではありません。しかし、そのために、運動会期間は通常の授業時間が減り、「運動会があるから」という理由で様々な学校生活が少しずつ犠牲になります。さやか星小学校では、「運動会のための練習」はほとんどしませんでした。その結果、運動会練習期間中であるにも関わらず、通常の学習が止まることは一切ありませんでした。私の経験では、運動会の練習期間、少なくとも10時間が運動会のための時間に充てられます。その時間の分、当然ですが国語や算数といった教科の授業時間が削られます。さやか星小学校では、運動会を理由に教科の授業時間が削られることは一切ありませんでした。そのため、第1学年の算数科では、6月の中旬を待たずに引き算の学習に入れるところまで学習が進んでいます。引き算は、教科書の予定では6月の下旬から始まる学習ですので、いかに余裕をもって学習を進めることができたかが分かります。この余裕を、さらに深掘り学習に使うこともできるし、定着が甘いお子さんの補充に充てることもできます。これは、運動会という行事を見直したことによる最大の成果だったと思います。

 全校練習も、1時間しか行いませんでした。各学年で普段学んでいる運動を、ありのまま見せる。成長した姿、頑張っている姿だけではなく、上手くいかないところも、課題となる姿も、全て隠すことなく見てもらう。保護者にも「学びクリエイター」として学んでもらい、共に子どもを育てていく主体として位置付けるさやか星小学校だからこその運動会だと言えるでしょう。ちなみに、開閉会式はそれぞれ3分間程度でした。校長先生の話は、開閉会式共に30秒間です。「大人の話が長い」という「あたりまえ」も、変えました。

 今回の運動会で変えた2つの「あたりまえ」は、さやか星小学校が日々の学校生活でも変えようと挑戦していることでもあります。同じ学習を、同じ進度で、同じ方法で行うのではなく、それぞれの子どもに合った進度、方法で学べるようにする。子どもたちが活発に発言していたり、関わりあっていたりする姿が多く見られる授業は、「良い授業」と評価されやすい。もちろん、発言が活発であることや、子ども同士が関わり合うことは、学びを深める上で重要な要素です。しかし、1度も発言せずに45分間の授業を終える子もいます。その子にとって、活発に見える授業は、どのような学びや価値があったのか。自戒を込めて振り返ると、とても申し訳ない気持ちになります。

 本当に一人ひとりが自分に合った方法・進度で学ぶ授業が成立した時、一見するとそれぞれがバラバラな学習をしているように見えます。ある子どもはプリントに取り組み、ある子どもはノートに自分の考えを書いていて、また別の子どもは先生に分からない問題を教えてもらっている。既にその授業で学ぶ内容をクリアした子どもは、iPadを使って深掘り学習に取り組んでいるかもしれません。この授業では、子どもたちは45分間、自分の課題に向かって学習していますから、その学びの密度たるや、みんなで同じことをしている授業とは比較にならないでしょう。我々が目指しているのは、真の意味で個別に最適化された授業です。極めて難しい目標ですが、「実現できる」と確信して取り組んでいます。

 さやか星小学校が開校して2か月が経ち、一つ、大きな行事を経験しました。我々が目指す教育を、少しずつですが、確実に具現化することができた2か月間でした。「教育のあたりまえ」を変えるための挑戦は続きます。それは全て、子どもたちの幸せのためであることを、いつも忘れぬよう心に刻みながら。