雨上がりの歌、わたあめ。
たぶん幼稚園の年長さんか、小学校に入ったくらいのころ。
泣いて泣いて大泣きして、すねて寝ころがって、そのまま機嫌を直すタイミングを失ってしまうことがあった。もうとっくに泣いた原因なんてかけらほども気にしていないのだけれど、立ち上がれなくなってしまうこと。
あの日もそうだった。そもそも、夕方お祭りの屋台に行くというので、せっかく朝からいとこ同士でおじいちゃんちに集まったのに、昼過ぎから雨が降りだした時点で機嫌は決壊寸前だった。昨日も一昨日もたしかその前も、雨なんて降らなかったんだ。今日雨が降るなんて卑怯だ、と私は思った。
仕方なく私たちはばばぬきをした。二回連続で私が負けて、私はついに耐えられなくなって、ぽたぽた泣いた。
「ゲームなんだから、楽しくやるものでしょう。負けたからって泣いたら、みんな困るでしょう。」
母がそう言ってなだめてくる。
違う。負けたのなんてどうでもいい。負けそうになったとき、みんなちらっと私を見たんだ。あ、まずい、って。そこから、なんとか私が負けないように、もし負けても泣かないように、手加減したりご機嫌とったりしはじめたんだ。みんな、わたしがいちばん小さいからって、負けたら泣いちゃうって思ってるんだ。そうやって気を遣われることが、まだまだ小さい子だと思われていることが、『同じ高さ』に立たせてもらえないことが、悔しくて涙が出たんだ。負けたからじゃない。
言い訳はどんどんどんどん溢れてくるけれど、うまく言葉にできなかった。ぽたりぽたり落ちていた涙は、いつのまにか嗚咽になり、私はわんわん泣きながら縁側に出た。みんな、近づいてこないけれどやれやれといった感じで様子を伺っているのがわかる。私はなんで泣いているのか、自分でもだんだん分からなくなりながら泣いている。雨がぴたぴた窓にあたった。おかあさんもいとこも、空もみんなひどい。私はぐちゃぐちゃな気持ちでねころんだまま、窓の外を見た。風に揺れる葉っぱの一枚一枚まで、自分を馬鹿にしているような気がした。
*
どのくらいたっただろうか。涙が止まってきて、まだ少ししゃっくりをしながら、窓の外を見ると、いつのまにか雨がやんで、太陽が出てきているのに気づいた。
お祭りに行ける!
嬉しくて、飛び上がりたくなった。居間にいるみんなは、たぶんまだ知らない。飛び上がって知らせに走ろうとして、はたと気づいた。私は今、機嫌が悪いのだった。どうしたものか。ありったけの言い訳を考えたけれど、格好いい機嫌の直し方は一向に思い浮かべなかった。
あれこれなやんでいるうちに、みんな雨がやんでいるのに気づいた。お兄ちゃんが二階から広場を覗いた。
「お祭りの準備、してるよ!」
私はまた泣きたくなった。あんなに楽しみでこんなに嬉しいのに、たかがばばぬきくらいで、私はなんでいじけてしまったのだろう。足の指をもぞもぞさせていると、後ろから声が聞こえた。
「さっちゃん、何を見てるの?」
それはいとこの百合ちゃんだった。百合ちゃんは高校生で、真っ黒な長い髪にいつもお花のバレッタをしていた。さっちゃんは私の肩をぽんぽんたたきながら続けた。
「なにか見たいなと思って、えんがわに来たんでしょう?」
「雨上がりの歌を聞いてたの。」
私は答えた。意味なんて特になかった。そんな歌詞がある歌を、ちょうど習ったところだっただけだ。でも百合ちゃんは笑わなかった。
「素敵だね。私も聞きたいな。」
とだけ言って、となりに座った。二人で黙ってしばらくぼうっとしていると、不意に百合ちゃんが言った。
「わたあめ、食べたいなあ」
私はぴくりとした。
「わたあめ、好きなんだ。でもぺとぺとして甘すぎるから、半分くらい食べたら飽きちゃうんだよね。」
何言ってるの、と私は思った。わたあめはそれが楽しいのに。ふわふわした見た目なのに、ちぎった瞬間ぺとりと甘味ごと指に張り付く感触。ぺとり、が口でじゅわっと、に変わって、甘さだけ残して消えていく感じ。それに、ひとつでもふたつでも食べたいくらい、ぜったい飽きないおいしさなのに。
抗議しようと起き上がると、百合ちゃんはにっこり微笑んだ。
「ね、わたあめ食べに行こうよ。半分食べるの手伝って。」
罠だった。とびきり甘い、でもずるい罠。私は口をとがらせると、百合ちゃんと手を繋いだ。
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