「別の本丸」の話。

刀ステ科白劇が好きすぎて特命調査後の「別の本丸」を妄想してみました。

※当初fusetterでアップしたものをこちらに転載しています。
※「別の本丸」の話なので、そーしゃるでぃすたんす等の問題は加味しておりません。
※全て非公式の妄想です。

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ああ、今日は空気が澄んで月が綺麗だ。主を誘って月見でもしようか。
そんなことを考えながら廊下を進んでいると、不意に呼び止められた。

「歌仙」

口元には薄い笑みを浮かべているが、元の持ち主と同じで腹の中が読めない昔馴染みだ。

「古今伝授の太刀、久しぶりじゃないか」
「お久しぶりです。つい先日まで遠征任務に出ていまして…大変でした」
「そうかい。大変かもしれないが、全ては主のためだよ」
「ええ、わかっています」
「なら良かった。それじゃあ失礼するよ」

他愛もない会話を切り上げて自室に戻ろうとすると、再び引き止められる。

「歌仙」
「何だい」
「あれから、地蔵と話はしましたか」

あれから、が慶長熊本の特命調査を指すことはすぐにわかった。
ガラシャを斬った感触。着物についた血糊。
まざまざと浮かぶ記憶を振り払うように頭を振る。

「……いや」
「地蔵はずっと任務を休んでいます」
「そうか」
「主も気にかけているようです」
「おや、主に心配をかけてはいけないね」
「ええ、ですのであなたに話を聞いてもらえないかと」

思いがけない言葉に耳を疑う。
だが、冗談を言っているのではなさそうだ。

「僕が?あなたの方が地蔵行平とは親しいだろう」
「私もそうしたいのですが…目が合うと気まずそうに逃げられてしまうのですよ。私を裏切ってしまったと、まだ気に病んでいるのでしょう」
「だが、あの時玉様…いや、ガラシャを斬ったのは僕だ。彼も僕とは話したくないだろう」

至極真っ当な反論をするが、古今伝授の太刀は引き下がらない。

「あなたとだから話せることもあるでしょう」
「今日は随分と食い下がるじゃないか」
「それに、心の整理が必要なのはあなたもでしょう」
「僕も?」

意味を図りかねて戸惑う僕の目を見て、古今伝授の太刀は言葉を続ける。

「このところあなたもどこかうわの空で、先日は珍しく重症で帰って来た、と、主が随分心配していましたよ」
「それは」
「全ては主のため、なのでしょう?」
「……わかったよ。言っておくが、上手くいく保証はないからね」
「感謝しますよ、歌仙」

にっこりと微笑む相手に深いため息を吐きながら、別れを告げる。
主との月見はまた別の機会になりそうだ。

盃を四つと徳利を盆に載せて、地蔵行平を探す。
地蔵は庭に面した広縁にいるはずです、という古今伝授の太刀の言葉通り、彼はぼんやりと月を眺めていた。

「良い月だね、そうは思わないか」
「歌仙兼定…」
「歌は詠めたかい」
「いや…どうしてもこの気持ちを表すことができない…すまない」
「別に僕に謝る必要は無い。心が迷っている時は歌も出て来ないものさ」

盆を間に少し距離を開けて腰掛け、盃を一つ地蔵行平に差し出して、残りの盃に酒を注ぐ。
酒に映り込む月が彼の人の美しさを思い起こさせた。
…あの二人は今頃再会を果たしただろうか。

「今夜は僕らの中の物語をゆっくり振り返らないか」
「我は…悪いが部屋に戻る」
「そうやって口を噤んでいて、何か解決するのかい」

置きかけた盃に酒を注いで席を立とうとするのを制すると、地蔵行平は渋々と口を付けた。

「そなたは、迷わなかったのか」

まるで薬湯でも飲んだかのように、苦く吐き出される問いだった。
それは和歌ではなく、あの夜のことを言っているのだろう。

「迷ったさ。けれど断ち切った。彼女が僕を鬼と呼んだからね」

そう答えて盃に口を付ける。
ああ、今日の酒はやけに苦い。

「我は…っ、我は、姉上とどこまでも…例え地獄であろうと一緒に行くつもりだった」
「それが彼女を救う方法だと?」
「では他に何が出来た?我に出来るのは、姉上の手を取ることだけだった…我は…無力だ…」

元々白い指の関節が、盃を握りしめることで更に白くなるのを見つめながら言葉を探す。

「あの日君も言っていたけれど、彼女が何を思っていたのか、彼女にとって何が救いだったのかは、彼女にしかわからない。
だけどね、彼女は最期に笑っていたよ。
君はその笑顔の手助けをしたんじゃないのかい」
「我が…手助けを…」
「君がどれだけ嘆こうが、いつまでも塞ぎ込んでいようが、それは自由だ。主に心配を掛けることには感心しないがね。
…けれど彼女は最期に君の花が咲くことを願いながら逝った。君も聞いただろう」

長い沈黙の後に、地蔵行平はポツリと呟く。

「我は、再び刀剣男士に戻っても良いのだろうか」
「少なくとも今の君を見て彼女が喜ぶとは思えないね。だが決めるのは君だ。好きにすると良い」

冷たい言葉だろうか。
けれど、慰めも説得も僕が口にするべきではないと思った。
結局最後は自分で選び、進むしかないのだから。

「なーに二人だけで話してるんだよ」

再び訪れた沈黙を破ったのは場にそぐわない明るい声だった。

「やあ歌仙」
「お話は済みましたか」

獅子王、にっかり青江、古今伝授の太刀が姿を見せる。

「何だい、第三部隊が揃いも揃って立ち聞きとは」

「立ち聞きではない、たまたま通りかかったらこいつらに捕まっただけだ」
「すまない、深刻そうに話してるから話しかけづらくて」
「僕もいるんだけど…放置ぷれいかい?」

山姥切長義、篭手切江、亀甲貞宗までがぞろぞろと姿を現し、広縁が途端に賑やかになる。

「古今…皆も…」

戸惑う地蔵行平に古今伝授の太刀がにこりと微笑む。

「特命調査の後も慌ただしくて、せっかく古今伝授の太刀と地蔵行平が本丸に来たのに挨拶も出来ていなかったからさ」
「そうそう、仲を深める良い機会だと思って…ね」

にっかり青江と亀甲貞宗の言葉に、篭手切江が膝を打つ。

「それじゃあ今日は古今伝授の太刀さんと地蔵行平さんの歓迎会ということで!」

それを聞いて、古今伝授の太刀は腰を上げかけた地蔵をやんわりと制する。

「それは有難いですね、地蔵」
「あ、ああ」

「悪いが、酒は飲めないんでね」

山姥切長義はそう言って立ち去ろうとするが、そちらは篭手切江が引き留めた。

「じゃあ菊花茶でも入れましょうか。酒も足りませんね。準備はすみやかに!」
「よし!俺、主を呼んでくる!」

「全く、騒がしいな。風情が台無しじゃないか。」

慌ただしく駆け出す獅子王と篭手切江の背中を見送りため息を吐くと、古今伝授の太刀がからかうように言う。

「おや、歌合でもしましょうか」
「とてもそんな気にはならないね」

まあまあ、と言いながら亀甲貞宗とにっかり青江が腰を下ろす。

「たまにはこんな夜も良いじゃないか」
「そうそう、しっぽりとした夜はまた別の機会に…ね」

「何を言っている?」

呆れたように言いながら山姥切長義も座に加わった。

「地蔵、隣に失礼しますよ」
「あ、ああ…」

古今伝授の太刀も席に着いたところで、獅子王と篭手切江が主と共に戻ってきた。

「おーい、主が来たぞー」
「菊花茶と酒も準備出来ました!」

全員に酒と茶が行き渡ったのを確認して音頭を取る。

「皆盃は持ったな?では古今伝授の太刀と地蔵行平を歓迎して、乾杯!」
「「乾杯!」」

最初に考えていた月見とは随分違うが、主も嬉しそうなので良しとしよう。
先程までは苦いだけだった酒も、不思議と美味く感じる。
月は静かに輝き、仲間は確かに目の前にいる。

地蔵行平もいずれこの本丸で安らげる日が来ると良いと思いながら、盆に置かれたままの二つの盃に向かって盃を上げる。

「三斎様、玉様、そちらの月も綺麗だろうか」

微笑む二人の姿が見えたような気がした。

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