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私が写真にこだわる理由

今は自他共に認める写真バカで、「カメラを習い始めた」と友人に話すと、「前からやりたいって言ってたもんね」なんて言われるけど…。

実は昔は、写真は大嫌いだった。

太っていて、ニキビがひどくて、歯並びが悪くて…写真に写る自分の姿を見るたびにテンションガタ落ち…。
(歯並びを矯正して、太っていてもニキビがひどくても、お目めパッチリの美白に写るプリクラは好きだった。笑)


それでも母は、たくさん私の写真を撮ってアルバムを作ってくれた。
今と違ってデジタルで手軽に写真を撮れる時代ではなく、母が毎月大量のフィルムを現像しに持ち込む街の写真屋さんのおじさんが、写真を通して私の成長を楽しみにしていた、なんて話を聞いたのを覚えている。

その母は丁度九年前の五月に、病で亡くなった。56歳とまだまだ若かった。
一人っ子で、ほぼ母子家庭で育った私は、最愛の母を亡くしてしばらく半狂乱状態だった。

当時書いた文章が手元にあるので、恥ずかしながらそのまま引用すると…。


''結婚はしたが、母親がいないというのはどこか心許ない。夫親子、親戚親子、友人親子、さらには街で見知らぬ親子を見るだけで、羨望と嫉妬が入り混じった感情を抱くようになってしまった。そんな時、私は母が作ってくれたアルバムを必死に捲る。
自分も母に愛されて育ったということを、再確認する。''


母が遺してくれた写真たちは、本当に宝物で、私を強くしてくれた。
娘が生まれて育児が始まってからは、娘の月齢の頃の写真を引っ張り出して、当時何を食べていたのか、何ができるようになったのか、何をして遊んでいたのか、と、育児のアドバイスをもらえるような存在に。

そんな経験から、私が我が子たちの写真を撮る時は大げさに言えば、

「ママがもしあなた達が子育てをする頃にいなくなってしまっても、この写真を見て大切にされていたことを思い出して。そして子育ての参考にして」

という想いでシャッターをきっている。

そりゃ、もちろん長生きして直接口で伝えて孫育児に参加するのが目標ですけど、ね。(^^)

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