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君の顔を見て彼の名前を口にしそうになった

私の一番好きだった人。
高校時代の現代文の先生。

「夏あたりに母校訪問してくれよ」
元担任からそうLINEが来た瞬間、私は彼に会えるかもしれないと胸が高まってしまった。

彼と目が合う瞬間を浮かべてしまった。
今まででいっとう美しい姿で、せめて、貴方の網膜に一瞬でも焼き付きたいと、思ってしまった。
華奢な体の上に華やかな顔を乗せて、貴方の胸を貫きたい。

そんな願望に取り憑かれた私は、早速一張羅の夏服をネット通販で調べて帰りのドラッグストアで亜鉛のサプリメントを買った。

家に帰ってふと我にも返る。
私、誰のためにこんなに髪を切ったんだっけ。

2ヶ月前に切った髪の毛が少し重くなって肩口で揺れた。

あぁ、君だ。今の彼氏だ。
彼のことを思い切るために長い長い髪を切った。君がボブが好きだと言うから、人生で一番短くした。

翌日、そんな彼の好みに更に合わせるようにオーバーサイズのパーカーの上に更に大きなメンズのシャツを羽織る。
別にこの格好もそこまで好きじゃないんだ。ただ、こんなにするまで君のことが好きだという証を目に見える形で残しておきたいから。


遅れてきた君に軽く抱きつくように駆け寄った。
好きだよ、好きだ。

快気祝いに飲んだゆずチューハイが良くなかったのかもしれない。
1杯で顔が赤くなって目が潤んでふわふわしてしまうくらいにはお酒に弱い。

君の腕にくっついて夜のデパートの中を歩く。
少し大胆に甘えてしまったりして。
私はこの人が好きだと思っていたし、実際好きだ。
美味しい夜ご飯を食べて、程よく酔って、好きな人の体温を感じて。世界一幸せかもしれない。

そう思った時に、口にしそうになったのは、彼の名前だった。
君を見ながら、ふわふわとした頭で、彼の名前を思い浮かべて、口にしそうになっていた。

その事が、私を果てしなく動揺させた。

理性を最大限まで失って幸せ漬けになった時に出てくるのは彼の名前なのか。もう吹っ切らなきゃいけないのに。もう貴方のことなんて2年間もちらとも見てないのに、何で、隣にいる君にさせてくれないんだ。


私はないものねだりで今ある幸せに気づけない愚か者なんだろうか。
それとも、彼との記憶を君を本気で愛することから逃げる言い訳にしているだけなんだろうか。
はたまた、彼は本当に魅力的すぎて今後一生彼を越す人はどう足掻いても現れないことを体現してるのだろうか。
どれも少しずつ不正解で正解だ。便利な言い回し。

世の中の人々はどうやって1番好きだった人を忘れていくんだろう。
私は何をやっても忘れられない。
もしかしたら意図的に忘れていないのかもしれない。

あんな素敵な人を忘れたくない。私の卑小な人生の中で出会えたことは奇跡なんだから。もう一度生まれ変わって、出会うか選べるとしたって、出会う。
ほらやっぱりわざとだ。


忘れたくない。
その気持ちに嘘はつけないけど、目の前の人だって好きだ。
相手がどれくらいの熱量で私のことを愛してくれているかはわからないけど、一途に愛するのはせめてもの礼儀だろうし、私はそうしたい。
もしかしたら私は君一途になったらメンヘラ女になるかもしれないからこれでいいのかも。否言い訳だ。どちに対してかはわからないけれど、言い訳だ。

こんな自分が嫌になる。
そんな自分に優しくされても辛くなるし、素っ気なくされても悲しくなる。ごめんね。
こんな私でごめんね。

君が好きだ。
けど彼が棲んでいることを許して欲しいとは言えない。
彼を忘れずに君だけを愛せたら。

泣きながら随分遅れたホワイトデーのお返しを口に入れた。
甘酸っぱくて、私には不釣り合いな気がして、また泣いた。

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