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2人育児の中、医療事務の資格受験をした話 前編

こんにちは!
爽やかサプリです^^

今回は、2人育児でいっぱいいっぱいの中、
私が医療事務試験を受験した話をしたいと思います。

その前に、ざっくりですが、
この頃の年表を書きます。

2017年
長女 2歳
次女出産。

2018年
長女 3歳 幼稚園入園準備、面接等
次女 1歳誕生日

2019年
長女 4歳 年少さん 幼稚園入園
次女 2歳誕生日

2020年
1月〜国内コロナウイルス感染者確認
3月〜コロナウイルス感染者大流行

長女 5歳 年中さん 6月から登園再開
次女 3歳誕生日 幼稚園入園準備、面接
長男 妊娠

2021年
長女 6歳 年長さん
次女 4歳 年少さん 幼稚園入園
長男 出産

、、、お気づきでしょうか?

途中から、コロナ大流行に遭遇しています。
そして、勉強を始めたのはまさに流行の年、
長男を8月に妊娠後、2020年10月頃から始めました。

何故、勉強するに至ったのか、、、
当時の日記と共に、順を追って説明したいと思います。

ただ、、、経緯が長いので、
前編、後編に分けてお話しします。

コロナの到来

2020年2月、年少さんだった長女は、初めてのお遊戯会の中止、3月以降は登園も自主登園になり、その後休園。

更に、追い討ちをかけるかのような
緊急事態宣言の発令。
4月になって休園延長が決まり、幼稚園がいつ再開するかも見通しが立たないドン底の中。

それでも、変わらず朝はやってくる。

休園中のご飯作り、洗濯、掃除、、、そして、買い物、、、
アルコールやマスクさえ手に入らない中、いつ感染してしまうか、心理的にも物理的にも、不安はずっと付き纏っていました。

この頃には幼稚園のママ友も出来て、たくさんLINEでやり取りしていましたが、、、やり取りが多いからこそもたらされる不確定なたくさんの情報に、安心するどころか、更に不安が大きくなっていきました。

何をどうしたら解決するのか、、、
いつもその事が常に頭にあり、悩み、頭を抱えていました。

この頃の日記を読み返すと、4月中に一度、
大爆発していました。

ただ、それ以降から6月の幼稚園再開の間、
全く会えてなかったいとこのお家へお泊まりしたり、仕事がストップした母がたくさんお泊まりに来たりと、緩む方へシフトしています。

考えても仕方ないことはやめて、休んだり、楽しむ方に切り替わっていったのです。

2人育児の再開

正直、長女が幼稚園に入り、日中僅かとはいえ次女と私の2人時間が訪れた事は負担も軽くなっていたのですが、コロナ禍で再び逆戻りし、精神的に大分参っていました。

ただ、大爆発以降は、ストレスを溜めることは少なくなりました。

それは何故か?
今この状況を受け入れ、仕方ないと諦めることにしたのです。

じゃあ、今できることは何か、
その点を考えるきっかけになったのです。

休園の時期は、逆に今しかない長女との時間、楽しく過ごす。
そう決めた瞬間から、朝が来るのが憂鬱ではなくなりました。

小学校から絵を描く事が好きだった私は、よく絵の具で絵を描いていました。
その思い出の品を、結婚以来しまっていたクローゼットの奥から引っ張り出して、娘2人と絵の具をしてみたり、その他にも工作や折り紙、粘土に明け暮れたり、、、

その中で一番才覚を見せたのは絵、でした。
見本がなくてもスラスラ描いてしまう、
その勘の良さをもっと伸ばしてあげたい。

幼稚園では、希望すれば習い事が出来ます。
その一つに、絵画がありました。
入園以来、人から聞いてもそんなに人気のないと聞き、選択肢には全くなかったのですが、
何か習い事をさせたい気持ちは常に燻っていました。

月3000円で、持ち物はエプロンのみ。
主人の給料ではなく、児童手当からの捻出でした。生活費に影響はありません。

これはチャンスと、始めさせてみたのが
今現在、8歳の長女は同じ絵画教室に通っています。
高学年になれば油彩にも挑戦できるそうなので、楽しみにしてる次第です。

この幼稚園に行けなかった時期は、私の中で非常に大切な時間でした。

幼稚園で離れていた長女との心がまた近づいたばかりか、違う一面も発見できた貴重な体験も出来、また、次女も幼稚園に行っていたお姉ちゃんがいて、とても嬉しそうでした。

3人目妊娠

そうして6月から再開した幼稚園。
始まってみたら再び心に余裕が出てきて、
この時、ある選択肢が私の中に生まれていました。

3人目の出産。

正直この状況下で産むのはリスキーだし、
2人で充分と夫婦で擦り合わせ済みでした。

ですが、来年には次女も幼稚園。
2人手が離れるこの状況で産めば、
日中の赤ちゃんのお世話はゆったり行えるし、
2人分の育児経験が私を後押ししてくれました。

ここで、何故3人目って思われる方、多いかもしれません。
これは、、、なんていうんでしょうか。

育てられる環境や金銭的余裕があるって思った瞬間、、、
天啓のように降ってきた感覚なんです。

多分出産したお母さんなら、ご存知かもしれませんが、、、

子供って可愛いんですよ、、、本当、
目に入れても痛くないぐらい。

よく、芸能人のお宅で4人とか5人、産んでいるお宅があると思うんですが、、、アレです。
現在3人の子育てしてますが、、、
状況が許されるならもう何人でも産みたいと思っています。
ちょっと洗脳チックですよね笑笑

恐らくですが、休園になった時期に、
子供の可愛さを再認識してしまったんだろうと思います笑
それもかなりディープに。
脳に、心にしかと刻まれたのです。


ですが、私1人の問題ではないので、
主人に相談をしてみました。

主人からの返答は、、、
いいんじゃない、と。
割とすんなりでこちらも驚いてしまったほど、、、結構、勇気出したんですけどね笑

もちろん、金銭面も踏まえた上で了承してくれました。

この時、政府の政策で令和元年より始まった、
幼稚園無償化の制度のおかげで、毎月25000円の保育費が軽減されている頃でした。

私の住んでいる地域はほとんど私立幼稚園しかないので、毎月3万以上の保育料がかかっていました。
けれど、この制度のおかげで給食費、登園バス代込みで1万ほどに落ち着いたのです。

これには、本当助けられました。

それに、私が主婦でも、住宅ローンに固定資産税、養育費に保育料が支払えていたここ数年の経験も裏打ちされていたように思います。

ちなみに、生活を切り詰めた訳でも、凄技節約術もありません。

ただ、今まで通りの暮らしを続けていくだけで生活できる見通しがあったのです。

その事も追々、有料記事にて掲載していくので、ご参考になれば幸いです。

こうして、ありがたい事にその年の夏頃、
第3子を妊娠しました。
ここら辺から、私の意識はまた更にその先へ、向けられる事になります。

そう、この記事のタイトルでもある、
2人育児の中、医療事務の資格受験をした話、です。
あっ、妊娠中でもありましたね笑

前編にはカケラも出てこなかったワードです。
しかし、この前編の出来事が1つでもなければ、きっと受験していなかっただろうな、と思います。


文字に起こしてみると、この状況の中よくやったなぁ、とふむふむ感心してしまいます。
今、そのエネルギー出せるか、、正直、疑問なところです。
ただ、時代が私をがむしゃらにさせたんだろうと、そう感じます。
あの時は、誰もが葛藤し、足掻いてもがいて、必死で生き抜いていた。

読んでいる皆さんはどうでしたか?
一体どんな経験をされたんでしょうか?
一つ分かることは、、、きっと一生懸命に生きていた、という事です。

だからnoteアプリで出会えた。
その事が、とても、とても嬉しく思います。

何故、資格受験をしようと思ったのか、
また、医療事務の選択はどこから生まれたのか。
後編に続きますので、飽きずにお付き合い頂けましたら、この上ない喜びです^^

長くなってしまいましたが、ここまでお読み頂きありがとうございました。

数日中に更新したいと思いますので、
また、お会いできる日を楽しみにしております。



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