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「振り込め詐欺」被害の現場から

不安が勝って操作を止められない!

 先日、こんなことがありました。

 銀行のATMで、支店から離れた位置にある無人のものってありますよね。ぼくはそこに並んでいたのですが、一つ前に並んでいた女性が、お金を引き出し終わった後にどうにも困っていたんですね。何かと思って「どうかしましたか?」と訊いたら、隣の機械で操作しているご老人が、どうも振り込め詐欺に遭っているらしい、と。

 視線を移すと、確かにご老人がスマホを耳に当て、封筒の裏面に走り書きしたメモを何度も見ながら、「わからない、ここはM銀行の機械じゃないからM銀行の表示が出ていない」とやり取りしています。どうやらM銀行のATMと現在いる〇〇銀行のユーザーインターフェースが違うため、相手の示す振込先銀行名が画面上に出ていないからわからない、ということなんですね。

 操作がわからないだけとストレートに受けとってしまえばそんなものなのですが、ご老人は耳が悪いのか受話音量が大きかったんです。そこからは「急かす恫喝」が聞こえてきました。「〇〇銀行の名前、出てませんか!」「違いますよ!」など。

 後で思えばご老人の操作が遅いので苛立っていたからなんだと思います。被害者の滞在時間が長ければ犯行が露見する確率が上がるというのは基本ですからね。

 ぼくに相談してきた女性は、ご老人に声をかけたのだけれども取り合ってもらえないということでした。あらためてぼくから「失礼ですが、振り込め詐欺に遭っているように見えますが、大丈夫ですか?」と尋ねました。

 ご老人は「私も不安に思っているが、でもどうにもわからず、急げと言われるし、どうしたらいいかわからない」と言います。その間じゅうも、スマホの向こうから「おーい!」と何度も呼び掛けてきていて、その度にご老人はぼくとの会話を中断して受け答えをし、ATMのタッチパネルを触ろうとします。そして「担当の人もここに来てくれると言っているから問題ない」と言うのです。

 ということは、近々犯人がここを訪れて「操作指導」をすると考えられます。ぼくは隣の機械に設置されているインターホンの受話器を取りました。「いま、〇〇何丁目のATMにいるのですが、〇〇号機を使っている方が振り込め詐欺に遭っていると思われるのですが、どうしたらいいですか?」と。銀行にはマニュアルがあるでしょうし、場所と機体番号を言うことで、ご老人の使っている機械を遠隔操作で一時的に「使用中止」にでもしてもらえれば、取りあえずの時間は稼げると思ったからです。

 銀行がどういう指示をぼくにしたか、それを書くと犯人グループに逆に利用される(あらかじめ「銀行に〇〇と言われても△△ですとお答えください」と吹き込まれる恐れがある)とよくないので詳しくは記載しませんが、慌てていたご老人が次第に落ち着きを取り戻し、インターホン越しに銀行の担当者にここまでの経緯を話し始めるまでになりました。その間、ご老人のスマホを預かっていたのですが、犯人からの声が耳から離れたというのも良かったのだと思います

 そして、典型的な「還付金詐欺」でした。

 ここもわざとぼかして書きますが、相手は数人で、役所の担当者、カスタマーセンターの担当者などを名乗り、順番にご老人へ接触した上、公金の制度が変わる、還付金が受け取れる、受取を拒否するとこの先に納める金額もハネ上がる等のありもしないことを伝え、まずは手数料を振り込むように仕向けていたのでした。

 また、これは誤認させる目的だと思うのですが、一部のATMには「振込カード発行機能」があります。ぼくも使ったことがありますが、何度も同じ口座へ現金振込をする場合のために、振込先口座と宛名を印字した磁気カードを作ることができるんですね。それを「還付金が正常に登録された証」として誤認させる、そういう誘導がされていました。振り込んだ後、なんかカードが出てきたら、証明書をもらった気分になるじゃないですか。

 さらには「周囲の人が何か言って邪魔してくるから気を付けてください」と吹き込んでいたこともわかりました。最初にぼくの前の女性がご老人に話しかけても取り合ってもらえなかったことや、ぼくが話しかけてもスマホの言うとおりに操作を続けようとしたのも納得です。

 そして、警戒したのはこのATMを新たに訪れる人です。ご老人の話によれば「担当の人(=変装した犯人)が来る」わけですから、これはもう来る人来る人にガンを飛ばすという蛮行でしのぎました(しのいでないだろ)。

 警官が到着しました。ご老人も、あらためてご自身の通帳を記帳して、お金がどこへも行っていないことを確認し、ひと安心といったところでした。その後もう一人到着しました。

 大変申し訳ないんですが、最初に来た警官へぼくが言ってしまったのは「本物ですよね…?」です。さすがに警官の精巧なコスプレはそれだけで軽犯罪法違反なので、犯人もニセ警官に扮装することはないかもしれません。

 ですが、これは正常な感覚を持っていると自負している市民ほど覚えておくべきことなんですが、得られる金額が大きい場合、軽微な不法行為を手下にさせ、トカゲの尻尾切りで済ませられるならそうするという計算を息を吸うようにできる悪人は存在します。

 ということで、あとは警官にお任せしてぼくは自分の振り込み(正しいやつです!)をして帰ろうとしたのですが、気づいてしまいました……。

 このATM、めっちゃ「還付金は詐欺!」ってポスター貼ってあるじゃん!

被害に遭うかどうかは年齢や知識では計れない

 この衝撃的な体験がずっと頭から離れなくて、色々と考えてしまったんですね。

  • なぜ怪しいと思いつつご老人は振込操作が止められなかったのか

  • 犯人がご老人に吹き込んだ内容も、通話の語調も雑でヘタクソに思えるが……

なぜ怪しいと思いつつご老人は振込操作が止められなかったのか

 これは「ご老人だから」「知識が無いから」と断じてしまうのは早計に思いました。なぜなら、ご本人も不安である、怪しいと感じていながらも、操作を止めることができていなかったからです。

 どうすればいいのかわからないという状態にさせられている、というところに問題の本質があると考えました。スマホからは始終相手(犯人)が大声であれしろこれしろと捲し立てているわけですから、並行して誰かに相談するということができないのです。電話を耳に当てていたら、周囲の人ともうまく会話ができません。

 そして、振り込み操作を止めたら、何をされるかわからない恐怖というのもあります。何度も電話がかかってくるというのは、相当にストレスな出来事です。

 昭和のドラマ『特捜最前線』を愛好しているとわかるんですが、無言電話をめちゃくちゃかけられてノイローゼになって奇行に走るみたいな描写、あるんですよ。着信拒否やブロックという操作に慣れていると、ぼくのように電話帳に「迷惑電話」という項目を作り、営業電話だろうが知り合いだろうがそこにどんどんムカつく電話番号を登録していって着信音をサイレントにして通知も出ないようにするなんてこともできるでしょうが、「電話とは出なきゃいけないもの」「耳に当てて傾聴するもの」という時代を過ごした人に、その操作に長けろというのは難しいでしょう。

 電話(音声通話)をしてしまうと、人はシングルタスクになってしまう。これが人の判断を鈍らせ、他の助言を得られなくする機会を作っているのだな、と考えます。

 たまたま今回のご老人は受話音量が大きかったので周囲に聞こえたのですが、自衛の一助とするなら、「スマホは日常的にスピーカーホンで使う」というのが案外効果あるかもしれません。両手があく、というのは心の余裕に繋がります。周囲の人が異変にも気づきますし、犯人の言うことを素直にメモするにも正確度が上がり、自ら矛盾に気づけたり、そのメモはあとで警官に説明するにも良い資料となるかもしれません。

犯人の手口も通話の語調も雑でヘタクソに思えるが……

 これは防げたからこそ突っ込めるんですが、これまでも還付金詐欺の話を聞くにつけ、被害に遭う人は「当方がお金を得る際に、なぜ手数料を先にこちらから振り込まなければならないのか」という疑問を持たないのだろうか? というのがあるんですね。手数料が要るなら、手数料引き後の金額を還付してくれればいいじゃないか、と。

 そして、役所からの還付金という設定も、犯人たちがそれなりに考えたものと思いますが、「お役所仕事」ってちょっと違うじゃないですか。税金を召し上げるときはなんの躊躇もなく引き落としますし、還付金や給付金があるときは郵送で振込先を伝えろと言ってきて、いつの間にか振り込んでくる。その通知はタイムラグを考慮しない「郵便・ハガキ」ですし、電話なんかわざわざかけてきてくれません。

 丁寧に「お金が戻ってきますよ」「今日の何時までにやらないと損しますよ」「ATMの操作も教えますよ」「周囲の人が邪魔してこようとしますが聞かないでください」「なんなら担当者を行かせますのでどこのATMか教えてください」……どこの親切役場だよ!

 むしろ、もしお役所がそんなにホスピタリティの高い機関だったら、血税をそんな親切コストに使うな、とっととDXして効率化を図ったあとでしろ! とキレるかもしれない。

 ご老人のスマホから聞こえてきた語調も、役人ぽくなかったです。役人ぽくないというか「自分のお金じゃないから実はどうでもいい」感が出ていない。いずれおのれの金になるとわかってやってきている。感情が乗りすぎ。まあ、そんなのにダメ出ししてもしょうがないのですが。

 ただ、こういう設定の粗さ、演技のヘタクソさがあっても、どうして従ってしまうのか、というのを考えるのも、防止策へのヒントだと思うのですよね。

 我々は常に詐欺を見抜けず騙されてしまう、というところから考えたほうが早い気がしました。

言われたらやってしまう私たち

 二年ほど前に始まった感染症下での社会を思い返していただきたいのですが、老若男女問わず、案外「他人に強く指示されたい(=結論を教えてほしい)」という人が多いのですよね。

 対策の仕組みをわかった上で考えて、ならば人ごみに行くのをやめよう、満員電車に乗るのをやめよう、ではなく、政府や自治体に家から出るなと言われ、会社からオフィスに来るなと言われて、それで初めて安心して閉じこもる。言われたらその通りやってしまう。

 あるいは、マスクを外してもよいと政治家や有識者が会見でモゴモゴと幅をもたせて言っているようではマスクを外す人は稀で、いますぐ外せと断定的に言われないと止めることができない。

 オーソライズされているところから言われて、そういうものかとやってしまう。さらに、一度是として始めたことはなかなか止められない。こういう性質を詐欺師たちは利用してくるのでしょう。

 なので自衛策は、自分なら詐欺に遭わないという自信や、臨機応変に対処できるはずという自信を排除し、都度考えなくても済むシンプルな対策を日常的に実施する、ということになると思います。あらかじめ誰かに強く言われたかのと同等にシンプルな形でやっておく、ということですね。「もしXがAだったらA'を、BだったらB'をする」は実行の難易度が高いです。電話口でまくしたてられたら、「これはAなのかBなのか?」の判断機会は、容易く奪われます。

 再び警視庁の特殊詐欺対策ページへのリンクを貼ります。

  こんなにも手口があるのかという驚きとともに、共通しているシンプルな対策をピックアップすると、下記が挙げられます。

  • 常に留守番電話機能を設定しておく

  • 迷惑電話防止機器を利用する

  • 個人情報や暗証番号を教えない

  • お金の話が出たら家族に相談する

 最後の「お金の話が出たら」は条件分岐なのでちょっと難しい。例えば「他人を怪我させてしまった」から始まるオレオレ詐欺など、お金の話じゃない導入はいくらでもあるので、お金の話になったときにはもう家族に相談するという判断を奪われた後という恐れが大きい

(5) 欺罔手段
被害者への欺罔手段として犯行の最初に用いられたツールは、電話が88.9%、電子メールが7.0%、はがき・封書等 は4.1%と、電話による欺罔が大半を占めている。主な手口別では、オレオレ型特殊詐欺は約99%、還付金詐欺は100%が電話。その一方で、架空料金請求詐欺は電子メールが約46%、電話が約33%。

https://www.npa.go.jp/bureau/criminal/souni/tokusyusagi/tokushusagi_toukei2021.pdf

 上記からの引用をもとに考えると、やはり「電話」が主流のツールなのですね。電話はかけるだけにして受けるために使わない、従来から顔を知っていてる相手としか通話しない。というシンプルなルールがひとまず良さそうで、そのためにも留守番電話機能を設定しておき、通話相手を選ぶということを恐れないのが大事じゃないかと思います。

 今時、電話に出ないことが相手への失礼になるだなんて、あり得ません。時代は変わった。電話に出ないという自由を行使するのが現代です。電話をかけてくるヤツは蛮行に及んでいる。それくらいの認識に切り替えていきましょう。詐欺に遭うくらいなら電話に出ないほうがマシです。

銀行や警察の対応・対策に感謝

 先述したシンプルかつ、他人に判断を奪われる前にできるという対策をした上で、さきほどの特殊詐欺対策ページを是非詳しく読んでほしいです。ホットラインや相談窓口、匿名通報ダイヤル(タレコミ用窓口)も充実しています。

 そして、警視庁のサイトでは詳しい統計資料も掲載されています。特殊詐欺の発生件数や被害総額は、ピーク時に比べて明らかに減っていますが、その陰には警察の厳しい取り締まりだけでなく、銀行やコンビニ等ATM設置店での工夫や努力もあるかと思います。いくつか引用します。

また、被害拡大防止のため、金融機関と連携し、預貯金口座のモニタリングを強化する取組のほか、高齢者のATM引出限度額を少額とする取組を推進(令和3年12月末現在、40都道府県、204金融機関 。全国規模の金融機関においても取組を実施。

https://www.npa.go.jp/bureau/criminal/souni/tokusyusagi/tokushusagi_toukei2021.pdf

○ 犯行に利用された携帯電話(MVNO (仮想移動体通信事業者)が提供(※6)する携帯電話を含む)について、役務提供拒否に係る情報提供を推進(6,935件の情報提供を実施 。)※6 Mobile Virtual Network Operatorの略。自ら無線局を開設・運用せずに移動通信サービスを提供する電気通信事業者。

https://www.npa.go.jp/bureau/criminal/souni/tokusyusagi/tokushusagi_toukei2021.pdf

○ 犯行に利用された電話番号に対して 繰り返し架電して警告メッセージを流し電話を事実上使用できなくする「警告電話事業」を継続実施。

https://www.npa.go.jp/bureau/criminal/souni/tokusyusagi/tokushusagi_toukei2021.pdf

 最後のやつは、ぶっちゃけ警察が犯人へ電話をかけまくって不能にしてしまおうという手法なので、自動音声電話システムを使用しているとは思うけれども、地道な取り組みです。こういったことに私たちの生活は守られている。

 願わくば、特殊詐欺が撲滅されて、私たちの血税がもっとより良い未来のために使われることを。

最後に

 さて、ぼくは作家なので、こんなことを考えました。

 犯人が翌日にご老人のところへ再び電話をかけます。そして、
「〇〇役所の△△です。昨日は大変でしたね。◇◇さんも事情聴取されたりして、お疲れではないですか? 〇〇警察からも照会がありましてて、こちらからきちんと説明させていただいたのですが、最近、還付金のことを詐欺ではないかと周囲の方から通報されることが多くて、事務が進まなくて参っています。では、もう一度還付金の受け取り方法について説明しますね。コンビニでプリペイドカードを買ってその番号を教えていただくという最新で安全なキャッシュレス方式がございまして……」

 ここまで手が込んでおり、執拗に狙われた場合、どうしたら防げると思いますか……?

 ぼくは、老いた親へいつも使っているメールアドレスから、こんなことがあったのだとメールしました。連絡を取り合うのも犯罪被害の予防になりますし、他愛のない近況報告でもしてさえいれば、いざというときに相談相手として連絡があるでしょうから……。

 オレオレ詐欺に親を遭わせないために「金の無心をしない息子でいる」、架空請求に遭わないために「エロサイトを見ない」、出会い系詐欺に遭わないために「異性との出会いを夢見ることを棄てる」等を考えたのですが、これを励行したら菩提樹の下で座して悟りを得られてしまいそうです……。

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