一ヶ月めの『ブロックチェーン・ゲーム』

発売からもう一ヶ月経ちました

 拙著『ブロックチェーン・ゲーム 平成最後のIT事件簿』ですが、発売から一ヶ月ほど経ちました。

 Amazonにて、日本文芸ジャンルで「ベストセラー1位」状態を2週間ほどいただきました。これについてはTwitterでも書きまくっていますが、人生に何度も起こらないことだと思いますので、ほんとうにありがとうございます。

 その後、ひと桁順位をウロウロしていましたが、6月になって「趣味・実用書フェア」で割引販売(59%引!の972円)になっております。フェア自体が6/6(木)までのようですので、まだお読みでないかたは是非お願いします。というか、小説じゃなくて実用書だと勘違いしてたかたも多いようで、「小説でよかった」って言ってもらえてよかった。

 これまでにネット上でいただいた感想はnoteにまとめてあります。リンク等は末尾にまとめておきます。noteの仕様上、リンクのサムネイルが文章の横幅と一緒なので新聞でいうところの「ハラキリ」が発生してしまい、そこで読むのを止めてしまうかたが出るのを恐れてのことです。

『ブロックチェーン・ゲーム』で心がけたこと

 ここからは執筆・制作上の裏話です。映像作品やゲームではないので、そういう「実はこうなっている」というのは解説されるのが好きではないという読者もいると思うので、その場合はこの先は読まないでください……。

「本文中に表現されていないものを解説するのは小説家の技量としていかがなものか」というご意見を持ちやすい方も読まないでください。なぜならこれから書くことは物語の内容ではないので、そう誤読されるのは迷惑です。

 さて、寄せられる感想で一番多いのが「読みやすかった」でした。これはなんというかとても嬉しい。読みやすかったということは読了していただけたということなので……。そして、書籍化にあたって元々のWeb掲載版をあらかじめ決めた方向性に基づいて編集したため、狙いどおりに読んでいただけたということになるからです。心がけたことは次の内容です。

(1)登場人物の誰にも強烈な主人公性を出さないようにする。
(2)悪役は強烈な悪意を持った存在として振る舞わないようにする。
(3)同じ人物・同じ場面での時間の区切りは改行で、同じ人物・違う場面へ移動しての時間の区切りは「*」で、違う人物・違う場面への区切りは章番号を変え、それぞれ示す。
(4)セリフ後にくる「と言った」や、形式動詞をできる限りひらく。前後の平仮名の量をみて、間抜けに見える場合は漢字にする。
(5)三人称視点だが、一人称視点を混ぜる場合は段区切りをしたうえで末尾に「――。」をつける。
(6)1つのシーンにおける会話は基本的に2人まで。3人目が入る場合は重要なことは話させず、冗長でも誰が言ったか明確にする。
(7)アイドルにひどいことをしたヤツは、ひどい目に遭うようにする。

 それぞれ解説します。

強烈な主人公性の回避

 (1)について、本の著者紹介のところを見ていただいた方はご存じかと思いますが、ぼくはここ数年、女性向けノベルゲームの開発運営に関わっています。ゲームと縁遠いというかたは、ハーレクインロマンスをイメージしてください。

 昔は自分でもシナリオを書いていたんですが、おっさんが書いているとわかったらゲンナリしそうですし、やはり繊細なLOVE表現は女性ライターさんのほうが得意(=ぼくが時間をかけるよりも速く、編集で手を入れるコストが低く済む)ですので、最近は概ね編集や監修という感じです。夢を与える仕事なので、おっさんがしゃしゃり出る必要はゼロですね。

 で、プレイヤーの離脱ポイントみたいなのを見ていると、意中の相手となる男性キャラまわりの描写や、濡れ場の出来不出来よりも、圧倒的に「主人公ちゃんが可愛くない」という点を問題視されることが多いです。

 主人公ということは描写は当然主観なわけですが、客観として描ける意中の男性は「キャラクターガイドライン」に沿って書け!ということで統一できても、一人称の視点で描かれる主人公の思想や振る舞いは、シナリオライター、編集監修者、プランナー、ディレクターそれぞれの主観(=思い込み)で手が入る上に、プレイヤーがそれへ主観をもって感情移入しなければならないので、不整合が色んなところに発生して、めちゃくちゃになりやすいです。

 送り手と読み手の間に共通言語がないので、読者は「彼のキャラがおかしい」という方向性で表現してしまいがちですがよく分析すると、「彼を引き立てていない主人公ちゃんが悪い」に至ります。でもそれを防止しつつ属人的な仕事にせずに編集部員が誰でもできるようにするのは技能育成としては難易度が高くて、スピードがあがらない。

 ぼくはスポーツのことはわかんないですが、よく「良い選手が良い監督になれるわけではない」みたいな話を聞くと、「良い作家が良い編集者になれるわけではない」というのと一緒だな、と思います。

 で、そういう理由で好悪が生まれてしまうくらいなら、できれば「主人公ちゃん」など設定しないで、ドラマやアニメのように「主人公として振る舞う立ち位置の人物はいても、他のキャラクターと平等に客観描写して、登場人物の誰を中心に見てもよいようにする」のが正解ではないかと思っています。

 本作は自分の小説ですので、そうしました。倉石が主人公のように見えつつ、でも彼は冒頭で雲隠れして終盤まで出てきません。他のキャラクターも事態の解決に強力なリーダーシップをとったかというと……。読者のみなさんはご存じのとおり、全員が自分のできることをやってみたという話です。

 映像化の企画について打診があった際に、ぼくは「強烈な主人公と悪役はわざと作っていないので、もし映像化するなら『謀略により追われ者となった倉石が正義感とその技能をもって、悪辣な政治家と組んだ寺嶋のクラッキング的犯行から世界を救う』的にバンバン企画として改変していっていただいてかまいません!」と伝えました。映像企画については門外漢なので、あとは運を天に任せるのみですが……。

悪役と悪意

 (2)と(7)なんですが、まず(2)について、これは読者の感想(Amazonレビュー)で言い当てていたかたがいらっしゃるので引用します。

作中の当事者の中でどこか他人事というか、あまり熱を入れずに適当にこなす感じの人間が退場していく(後略)

 悪役がその役をまっとうするために悪意を振りまいてしまうと、読んでいる人がそれに中《あ》てられて離脱してしまうので、この小説では“悪意”を「自分の仕事を守ろうとしたり、立場を守ろうとして、全体最適へ向かう道筋の足を引っ張る事」と定義して、各登場人物に分散させました。その代わり「主人公が悪役を成敗する」というカタルシスには欠けます。読みやすさのためにトゲを折ったわけですね。

 さっきの定義でいう「守ろう」は大小問わず「既得権益」があってのものです。既得権益というと、政治とか商売とかそういうものを考えがちですが、身近にも、例えば同僚がちょっと侵蝕してきそうになった案件を「オレのやり方じゃないとうまくいかないやつなんだよ」とか囲っておいてさきほどのレビューにあった『あまり熱を入れずに適当にこなす感じ』にダラダラ進める人とかいると思うんですが、ああいうやつです。

 悪役っぽい寺嶋は、読んでのとおり「全体最適に向かう方策をとる人間」なので、この小説での“悪意”の定義からすると、実はワル度は少ないです。性格と口は明らかに悪い。けれど「嫌われ者のくせに帳尻はきっちり合わせて会社を回してる人」みたいなのが、だいたい社会を繋いでいたりするので……。アミリは無自覚なトラブルメーカーで、発生したトラブルも無自覚に解消する側について、その因果が視界の中に入っていない感じです。トラブルが過ぎたころには銀行口座の残高が増えているので、深淵を覗いたらその魔法が解けてしまうのを本能的に知っている。

 そういう登場人物たちの中で「正義ともう一つの正義のぶつかり合い」ができるほどヒロイックな小説に仕立てていないということもあり、成敗というわけではないけれど明確な退場ラインを設けたのが(7)です。

 アイドルのスキャンダルを暴いたら交通事故に遭うし、スポンサードをいいことにアイドルを手籠めにしようとしたら刺されて物語には二度と出てこないし、彼氏だろうがアイドルとセックスしたら離別が待っている。

 かといってアイドルを神聖視した描写をしているかというと、エリナもマフユもそういう感じでは表現していないです。というのも、ぼくは古事記や日本の神話が大好きなのですが、アメノウズメの例を挙げるまでもなく、アイドルについて「人間くさいものを奉る」という温かみでは神と共通していると考えています。さっき「というのも、」ってはじめておいて、やっぱり神聖視してるんじゃねぇかよ。

小説もUI/UXの集合体である

 (3)~(6)については、表記ルールやトンマナみたいなものです。ただ、場面場面で打ち出したいものが違うので、ルールからの多少のブレは自分でも許容しています。ルールのために書くわけではないので。

 デビュー作でありつつ、明日死んだらこれが遺作になってしまうということもあり、神経質なところ、逸脱するところ、挑戦的なところ、仮説、好きな事柄、全部入れたんですね。そういう中の一つに、読みやすいと言っていただけるようにしよう、という要素があった感じです。

 例えばノベルゲームだと、一画面に3体くらい表示されてたら、セリフ言ってるキャラは明るくて、他の2体は暗くするじゃないですか。セリフの上にはご丁寧に話者の名前が出て、表情が可変するアイコンまでついていたり。

 小説は文字しかないから、物語文のUI/UXとしてはノベルゲームに劣ってしまうわけです。同場面に複数人が登場してしまうと、誰が喋ってるのかわからないし、読み取る労力を読者に強いすぎると離脱してしまう。そういうのをなんとかしたい、というのはありました。電子書籍かつリフロー式のファイルを作るという点での天井にすぐぶち当たりましたが、できることはできる限りやれたと思います。

 構成でいうと、第一話~第三話で各登場人物のストーリーにしておいて、第四話でそれらが交錯する『アベンジャーズ』展開になりつつ、第五話で会話劇の表現形態をバン!と変えて異質感を出して切り替え、『シン・ゴジラ』の立川編~ヤシオリ作戦に至るというか。あ、MOVIE大戦MEGA MAXじゃねぇかこれ!

 ……ということで、執筆に関する裏話でした。ところで『エアポート・ノベル』という言葉があることを最近知りました。確かにヨーロッパの空港の売店に置いてあるのは分厚いペーパーバッグの事件小説だ。奇しくも『ブロックチェーン・ゲーム』の体裁もペーパーバッグでして、これはちゃんとジャンル小説として書けたんでは!? という気持ちになったりしています。


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