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2020年12月31日 大学生まで住吉大社から徒歩15分の所に住んでいた。小学生の頃は境内が遊び場だった。最近は初詣にも行かなくなったが、数年に一度、大晦日に散歩がてらお参りする。 初詣客は全国1位だそうだ。例年であれば、年が変わると数十万人押し寄せるが、1日違いで大晦日の日中はほとんど参拝客はおらず、露天商がのんびりとした感じで店の準備や食べものを調理したりしている。 住吉大社のそんな風情がなんとも言えず、懐かしい。(写真は住吉大社ではありません)
2020年12月30日 一人で元旦を迎えることになり、年越しと年始に向かって緊張感が高まってきた。 妻は2日に戻ると宣言して、早くも親元に帰っていった。2日まで生き延びよというメッセージだ。裏の意味は考えまい。酒は越乃寒梅を用意した。万全だ。しかし、肴が無い。 年越しそばはラーメンでもいいのか? あちこちと転勤族だった自分はどこの雑煮を作ればいいのか?雑煮の作り方がわからん。具無しの雑煮で、まあいいか。
2020年12月29日 年末年始を初めて一人で過ごす羽目になった。コロナのせいで様々な極端を押しつけられる。巣ごもりは「ずっと一人」か「ずっと一緒か」を迫る。 極端を経験すると「間の程良さ」に気づく。自分はどちらかというと「ずっと一人」寄りだけれど、「かなり中間」に近いというところか。 シニアなので、これからは「一人」の修行も必要だし、今回もその予行演習とか、「一人」を飼い慣らして「程良い中間」を見つけるチャンスとか前向きに捉えてみますかね。
2020年12月28日 始めちょろちょろ中ぱっぱ、終わりの方もぱっぱっパー。釜でご飯を炊く秘訣でなく、長らく美術館での自分の問題行動だった。一抹の空しさも感じていた。が、ここ数年「もし、ただで1枚あげると言われたら、どれにする?」と自問しながら回り出した。 効果てきめんだった。今では再確認のため入口まで戻ることもある。
2020年12月27日 里山を一人歩きしていて、下り坂で足をすベらし、ひっくり返ったことがある。幸いリュックが間に入ってくれて頭を打たずにすんだ。以来、リュックが頼もしい相棒のようになった。 パンパンのをいつものように背負っていると、「なんで、そんな重いのを?」と知人から聞かれることがある。そのときは、頭を打たなかった話ともう一つ、「人生でこれ以上の荷物は背負わない」という意思表示だと答えている。 さらにもう一つ、猫背対策にもなるようです。ほかにもあるかなあ…
2020年12月26日 人里離れたところに一人の隠者が住んでいて、ある日、その人里が洪水で住めなくなった。人々は「新しい人里」に引っ越した。幸いその隠者は小高いところに住んでいたので無事だったが、その隠者も、今の住まいを捨て、「新しい人里から離れたところ」に引っ越して、やっぱり一人で住み出した。 自分は、人里の中に住んでいるが、この隠者のようなところがあり、惹かれるものがある。新型コロナにも強そうだし。
2020年12月25日 つぶやいたり、ぼやいたりするだけでしたら、なんとかできそうですので。クリスマスを機に、心の健康をかねて、一歩踏み出してみます。