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友達

 雨は勢いをつけて降り注ぐ、梅雨なのにひどく嵐のような勢いだ。私はスマホの画面を見ながら彼氏のTwitterを眺める。相変わらず会社のグチらしきことを書いている以外は何もない。つまらないTwitterだった。しかし私が気になっているのは彼氏のグチではない。昨日の一日のタイムラインを見て、私はそれがないことに舌打ちしたくなった。昨日私は彼氏と喧嘩をした。彼氏は私の態度に据えかねると言い、私を責めたが、私からすれば拘束癖があり、男のいる飲み会に行こうとするならばすぐに電話してくる彼の男らしさのなさに辟易することを伝えた。そうすると彼は顔をしかめて、私に言う。

「君は信用ならないんだよ」
「何よ、何が信用ならないのよ」
「そうだろうが……忘れたのか」
「また? その話?」
 彼氏はこくりと頷く。その顔は思い詰め、眉間に深いしわを刻み込んでいる。
「もういい加減にしてよ! 悪かったのは分かってるけど、そう蒸し返す話ではないでしょう」 
 私は一度火遊びをした。普段連絡もそれほど激しくないし、アリバイ工作なんて必要ないだろうと思った。彼は私から見て、それほど頭の良く見えない社会人だった。本当に社会人でなかったら付き合ってはいない。
 しかし一夜、友達に付き合ってもらった数日後、彼氏は私の浮気を見抜いた。そう私はいつもと同じように振る舞ったはずだった。しいて言うなら得意と自称しながら、実はそれほどおいしくない彼のパスタにおいしいと言ってしまったくらいだ。
 それなのに、バレた……彼から言わせれば私の様子は明らかにおかしかったらしい、そんなはずはない、私の偽装は完璧だったはずだ。
 それからだ、彼は喧嘩の度に私の浮気を責めるようになり喧嘩もひどくなっていくのはーー。

「よく別れないねぇ」
 居酒屋の隅の席。
 バイト先の友達の一人、楓はビールを一口飲みながら私の話を聞いてくれた。
彼女の隣には、大人しい性格の麻由子がオレンジジュースを飲んでる。
「だって別れたら、負けみたいじゃん……それに次も見つけてないし」
「キープ君なんだ」
「そうだよぉ、社会人で金持ってなきゃ付き合ってないってー」
「大変だねぇ」
 楓は枝豆ももしゃもしゃと食べ出す。彼女は何事にもぞんざいで適当なところがあるが、話し相手としては最適だった、話を受け止めてくれる感じがする。
「ホントだよぉ、せっかくの若い時をあんまり無駄に使いたくないのよぉ」
「はは、別れちゃえ」
「だからそれが負けなんだってー」
 麻由子はごくごくオレンジジュースを飲む。そしてふと顔を上げて、小さく笑った。その小動物みたいなしぐさはかわいらしいが、彼女はだいぶ年上で三十歳になったばかりだ。彼女はジュースを飲むのをやめて、スマホを見だした。口の端がゆるむのが見える。あぁと私は思った。
「あ、もしかして恋人からですかー」
 彼女はびっくりしたように目を丸くした。
「まぁ」
「いいですねぇ……ラブラブですよね。どうしたらそう、うまくいくんですかね」
「さ、さぁ……?」
 彼女はいよいよ恥ずかしそうになる。その仕草を見ると、何故か自分の中では見つけるのが困難ものが見える。それは具体的に何かは分からない。可愛らしくて、ガキ臭いものに私は感じた。経験の少ないという彼女はあまりにスレてなく、ピュアだった。
……見ていて楽しいものだった。こう、手のひらで転がしていたくなるような。
「よく分からないけど……敬意と誠意は持つようにしてる」
「敬意と誠意ですか?」
「はい」
 私は大きく笑った。
「私は持ってないかも……ていうか、持てないですよあんな男」
 さいていだもんと口にして、麻由子が自分を冷めた目で見ていることに気がついた。
「そう、ですね……あなたは間違ってませんもんね」
「え」
「じゃなきゃ、そう断言できないでしょうから」
 なんだろう、その気になる言い方……私は焦りそうになった。しかし一呼吸をおいて、余裕を持たせる。そうだ、これはただの言葉。麻由子の吐く言葉に対して意味はないだろう。
 楓は言った。
「もう麻由子は真面目さんだなぁ」
「ごめん、楓」
 私は軽口を叩いた。
「なによー私も真面目でしょ!」
「ああ……そうねー……」
 楓は流すように言った。彼女の態度はいつもと変わらないけど、今の状態では逆に不安になる。友達にそげなくされるのは辛いものだ。
「もう、二人して変なのー」
「あはは、ごめんね」
「ごめんなさい」
 二人は一緒に謝って、また居酒屋で私たちは飲み出した。
二人の様子はおかしくなることはなく、その日の飲み会は終わった。

 私は友達を捨てなくてはいけないようだ。

そう思ったのは、居酒屋を飲んで数日後のことだった。
 私はバイト先で高齢の従業員と言い争いになりかけた。その人はとにかく細かい人で、経験豊富ということもあって、バイト先の飲食店では社員にも一目置かれる人だった。
 でも私からすればなんでそんなに丁重に扱われているのか分からない。だって仕事は遅いし、お客さんの言うことをその場でメモしないから、抜けることもあるし……まったくよくまぁこんな「おじいちゃん」を雇うものだと店に思ってしまうくらいだ。
 麻由子はおじいちゃんと仲が良く、よく話しているみたいだった。楓はキッチンの奥で食材の片づけをしている中、麻由子とおじいちゃんはドリンクを作る場所にいた。
 聞くつもりはなかったが、キッチンの戸口にいたら聞こえてきた。
「彼女にねぇ、ドリンクづくりを教えようとしたら、今はそんな場合じゃないと言って、キッチンの外に行ってしまったよ。キッチン内の片づけをする人は、基本、中なんだけどねぇ」
「そうなんだね、大変だねぇ」
 仲の良さからか、敬語のない会話。
「彼女は引かないから……麻由子さん、彼女に教えてもらっても良いかなぁ」
「うーん……どうしようかねぇ。私のやり方は独特だし……それに……」
「それに?」
「嫌いなんだよね、子供が。何もかも分かってる顔した子供って、一番むかつかない?」
 おおとおじいちゃんは言葉をもらした。
「子供にはわりと丁寧じゃないか、麻由子さんは」
「ほんとの子供はね……でもね何もかも分かっている割に、自分の男を一つもほめられない女なんて、可哀想」
「何かあったのかい?」
「そんなたいそうなことじゃないけど……」
 そこでキッチンから楓の声が聞こえてきた。
「ほんとー麻由子ってまっすぐだなぁ、気にしなくていいじゃん。疲れるよ」
「だってぇ」
「あれが、あの子のやりかたなんでしょうが。ほっとけって。人のやり方に突っ込むのは野暮野暮」
「そうだけど……」
「もー、そういう思考してると人生無駄にするよ、無駄な思考をするほど、暇じゃないでしょー」
「ま、まぁ……分かったよ」
「よろしい」
 そう楓は笑って、麻由子を見ていた。
 私をそれを見ながら、なんでと思った。麻由子は私を可哀想と言い、私のことを考えるのは人生の無駄だと楓は笑った。
 友達なら私のことをそんな風に言うはずはないのに、意味が分からなかった。私は何も間違っていない、くずみたいな彼氏を持っていて、そいつは別れ話を切り出したくないほどにつまらなくて……本当金だけで……。
 ある切り捨てた人は、そんな私を「金だけで付き合うって……それある意味エンコーじゃん」と言ったけど、そんな不純なものはない。かといって、愛もないけど。とにかく私は間違ってない!
 私はにこやかに笑って見せた。ここで臆するわけにはいかないのだ。そして戸口をあけたとき、目の前に麻由子がいた。感情のない目で見ていた。
「あ、水差しを取りに来たんだ」
「そっかー」
「そうなの」
 私は友達としては切り捨ててやると思っていたのに、彼女の態度に臆している自分がいた。おかしい、彼女に比べて私のほうが上のはずなのに……するとグラスを戻しにきた楓と目があった。彼女はいつものようにひょうひょうと私の目を見ない。麻由子は言った。
「ねぇ、千佳子さん」
「何……?」
「私達、友達よね」
「え」
 楓は小さく吹き出した。
「そんな当たり前のことを聞かないでよー友達でしょう」
 私は乾いた笑いをした。
二人の真意が分からなかった、私を馬鹿にしてるはずだろうに友達だと言うなんて……よく分からなかった。 
 私を口にあけた。
「麻由子はどうして私を友達だと思うの?」
「見ていて勉強になるから、後……話のネタになるし」
「それって、ドコを見ていて……」

 そう言うと彼女はにやりとして。

「バカなところ」と笑った。

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