失われること

入院してから、夢の見方が変わった。

手術から意識が戻るまでの数週間については、以前noteにも書いてて。それはそれは不思議な体験、不思議な目覚め方をさせて頂きまして。
(リンク↓)

その後の話。

意識が戻ってしばらくしてから、主治医が挨拶に来た。「入院前のことは覚えてますか」
自分の身体の状況をまだ分かっていない僕は、質問を無視した。「いつ退院できますか」

脊髄損傷という言葉は使われなかった。
不全麻痺という言葉も使われなかった。
だけど僕は看護師だったから、骨盤を骨折していてこれから歩くことも座ることも出来ないと言われて、車椅子生活になりますと言われて、それだけで充分事足りた。

それからの救急での2ヶ月間は、両下肢免荷(転院してから、実は骨盤だけではなく両踵も骨折していたことを教えてもらった。だから免荷だったのね言ってよ)で、ずっとベッド上で過ごした。

その2ヶ月間の夢。

毎日のように5種類くらいの夢を見ていた。自分で寝返りが打てなくて2時間おきに体交されるので、その度に夢はぶつ切りになる。
その夢のどれも、僕はすごく歩き回っている。あちこちに出かけて階段もたくさん登っている。
現実では、足は動かない。
自分の力で足を動かせない。
足に力が入らないし、力の入れ方が分からない。
なのに、夢の中ではその足をたくさん動かしてたくさん使っている、当たり前のように。

だけど、すぐに疲れて歩けなくなる。
疲れるというか、だんだん足の違和感に気付いていく、という方が合ってるかもしれない。
足がおかしい、痛い、重い、上がらない、
立ち止まって足をさする。
少し楽になってきて、また歩き始める。
でもすぐにまた足がおかしくなる。
何度も何度も休憩を挟みながら歩くのだ。

夢の中にまで現実が影響してきてるのかな、すごいなーと、夢から覚める度に純粋に思った。
まだ現実では全然歩いてないのに、夢の中ではガンガン歩いてて、しかも上手く歩けずにダメージを受けている。すごく不思議な感じ。

リハビリの為に転院してからは、
下肢への荷重制限が段階的に解除されていき、リハビリも座位保持から立位、歩行へと順調に移っていった。日中は車椅子フリーになった。
夢の中では相変わらず、足の違和感に何度も休みつつ歩き回っていた。

昨年末頃くらいからだったろうか、
僕の足は、ある時期を超えてしまったらしい、
とうとう痙性が出てきた。
屈曲と伸展、どちらの痙性も現れた。
立ち上がろうとすると、屈曲が強くて足が伸びない。歩くのに1歩出そうとすると、伸展が強くて膝が曲がらず足を前に出せない。杖を全力で握り締めてバランスを保ちながら、骨盤から勢い任せに足を振って無理やり前に出す。足の内転・内旋ともに強くて思わぬ方向へ着地する。
気持ちだけで歩いていた。

それからだ。夢が変わった。
相変わらず僕はあちこち歩き回っているし、階段を登ったり走り降りたりもしている。
だけど、全然疲れなくなった。
足の違和感が全然ない。痛くならない、重くならない、足は軽々と駆けていく。
そう、異様に軽いのだ。
軽いどころか、足がない、いや、あるんだけど、走ってるのに階段を駆け上がってるのに、足に地面を蹴る感触が伝わらない。目線を下ろすと僕の足は間違いなく動いている。だけど足を自分で動かしてる感覚がない。ずっと電動車椅子に乗って移動しているような感じ。勝手に動いていて、目で見る限りは足は確かに動いていて、だけどどうして動いてるか分からない。
あれ、どうやって歩くんだっけ。歩いてるのに、歩き方が分からなくなっていた。

現実世界ではまだ歩いているのに、
夢の中では、見せかけの歩きをしていて、
そうか、
僕の中から″歩く″という感覚が失われたんだ、
そう実感した。

夢が現実よりも残酷に事実を報せてきた。

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