苛虎

合鍵を渡されているのでインターホンを鳴らさなくとも入れるが(信用されたものだ)、さすがに気後れしてしまう。
自分の家だと思って、と言われても、そんな風には振る舞えない。
自分の家のように、なんて。
自分の家なんて、私は知らない。
それどころか私は。
自分を知らない。

考えないといけない。
考える私と考えない私も、同じくらいいやなのだ、だって。
考えて。
考えて考えて、どんな気付きがあったところで、私はその気付きが自分にとって都合の悪いものだった場合、目を逸らし、心から切り離してしまい、結局忘れてしまい、究極的には考えることさえできなくなってしまうのかもしれないのだから。

過去と対峙する
苛虎を退治する

だって。
不在の今だからこそ、現れたのだから。
彼の迷惑になるかもしれないから連絡を取らない、というのも、考えてみれば体のいい言い訳だ。物分かりのいい振りだ。本当に心配なら、即断即決でコンタクトを試みるのが、人間らしさというものではないか。

それが、私からは抜け落ちている。

それがいつからなのか、物心ついた頃には今の通りで、都合の悪い現実からは目を逸らし続け、心を切り離し続けてきた。
闇に鈍い、どころか、闇を見ていない。
悪意や不幸から目を背けてきた。
それは自己防衛では決してなく、むしろ自己犠牲で、都合の悪い私を切り離して、私は私を維持してきた。
嫌なことがあれば、それを自分とは無関係だと切り離す。
酷い目に遭っても、それを自分とは無関係だと切り離す。

人が生きるために必要なものをすべてすっ飛ばしてきてしまった。

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