語学系男子のススメ ――リケジョからゴガダンへ――


 最近、リケジョ、という言葉を良く耳にする。ご存知のようにリケジョ、とは『理系女子』を略した言葉である。なぜ今になって、理系の女子についての名称が生まれたのだろうか。ふと考えてみた。

誤解を全く恐れずに言うと、言語論では『名付けることによって事物が初めて存在する』というのが定説である。事物の存在に先んじて、名前がある。これに従うと、リケジョ、という名称が生まれるまで、理系には女子学生が一人もいなかったということになる。理系女子という言葉がそもそもなかったからだ。アンサイクロペディアにおける電気通信大学の記事を読んだところ、それがどうやら本当らしいことが解った。これまで、日本には理系の女子というものは存在してこなかったのだ。以下は記事の引用である。

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――――女子学生――――

(電通大において)学生はすべて男子学生である。稀に女子を見かけるかもしれないが、それらは以下のいづれかである。

・等身大フィギュア

・3D映像空間投影実験

・男の娘

・試作型メイドロボ

・質量を持った残像

・概念上のみの存在

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 圧倒的な説得力を持つこの記事の最終更新日は、2014年7月28日である。つまり、世の中の理系学部が電気通信大学にしかないとすると(?)、少なくとも2014年7月28日以前には、女子が日本の理系学部に一人もいなかったということになる。なぜならこの記事には非常な説得力があるからである。

たとえ女子がいるように思えても、それは理系男子の高い技術力によって制作されたホログラムやMS(モビルスーツ)であって、また、彼らの強靭な想像力による幻だったのである。校舎内を『概念』が闊歩しているとは、驚嘆に値するではないか。ちなみに電通大には、『童貞を捨てた者は即退学』という校則が存在する。

 リケジョ、という言葉が囁かれ始めた時期を調べてみたところ、どうやらそれは2014年の夏頃らしい(嘘だと思う人は調べてみるといい。嘘だというのが即座にわかるであろう)。電通大の記事の更新停止の時期に、ぴったり重なるのだ。理系女子の登場によって、更新が止まったと考えるのが妥当であろう。ということは、女子が理系学部に入学し始めたのは2014年夏からということになる。(夏に大学に入学できるのだろうか)。どうり(?)で、リケジョ、という言葉が最近流行っているわけだ。

ではなぜ、今になって女子が理系学部に入学するようになったのだろうか。私の仮説をここでお披露目させてもらえば、やはり、女性の社会進出が大きな要因であろう。近年、自立心や向学意欲の高い女性が増えつつあると聞く。彼女たちは、ただ遊びほうけているだけの文系学部ではなく、真に血肉となる勉強の出来る理系学部を選び始めたのである。ヒモ予備軍たる文系のクソ男子学生からすれば、状況はどんどん良い方向に向かっていると言えよう。

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 なんとも、長い枕であった。さて、ここから本論に入るのであるが、その文系のクソ男子学生といっても、大きく分けて二種類存在する。

その一つは、テニスラケットを持つ部員が一人もいないテニスサークルに所属し、親から生まれつきもらったラケットで夜のシングルスをする(なんと使い古された表現だろう)系の男子である。彼らの多くは文系の学問を学ぶだけでなく、独学で薬物を調合し、飲み会で女子に一服盛ったりするなど、薬学もおおいに学んでいることが最近判明している。日本の将来にとってまことに有為の人材である。

これから詳しく生態を解明するのは、もう一つの、ほとんどが女子学生の外国語学部の中でその存在を僅かにしか確認できない、いなくなっても誰も困らない、冴えない男子学生達である。彼らは年々減少傾向にあり、彼らを呼ぶ言葉がなければ彼らは一度も認識されずに消滅してしまう可能性が高く、言語論に従えば、そもそも存在していない、ということにもなるだろう。日本には外国語学部を有する大学が少ない上に、外国語大学という名前のくせして『外国語学部』を廃する大学も出始めたため、その生息数は減少する一方である。このままでは、いけない。

私はそんな彼らを、語学系男子、通称、『ゴガダン』呼ぶことに決めた。彼らが生きた証を残すために。以下が彼らの生態である。

1.『ゴガダン』のルックス

ほぼ九割が髭を蓄えており、ヘア・スタイルは長髪、もしくは髪の量が多いためとっぽいキノコヘアーである。たまに若ハゲの不憫な『ゴガダン』も確認されており、太陽の眩しい光をつるつるの脳天にさんさんと浴びながら、中庭を歩いていたりする。

着ている上下のほとんどが京王線、もしくは中央線のジャスコで買った地味な洋服である。ユニクロでダウンジャケットなど買おうものなら、『これ、あのユニクロで高かったんだぜ。八千円。ふへへ』などと小声でつぶやき、照れくさそうにしている。

語学系男子の持っているカバンは、他の文系学生に比べて巨大である。某長嶋監督が卒業した私立大学の生徒などはクラッチバッグという、薄く、持ち手も何もついていない『現代版風呂敷』のようなお洒落なバッグを持っているのであるが、『ゴガダン』はそんなもの見たことも、聞いたこともない。まず存在を知らない。

『ゴガダン』が持っているのは、お前はこれから高尾山でも登るのか、と言いたくなるぐらい大きなバックパックや、郵便配達夫が持っているような大きい横がけのバックである。なぜ彼らがそんな大きなバックを持っているのかというと、総重量五キロの分厚い辞書類を毎日持ち運ばねばならないからである。外国語系学部において、辞書を持っていない男子生徒は、授業を受ける権利すら与えられない。

2.『ゴガダン』のこころ

語学系男子は非常に真面目である。それが彼らの美点でもあり、欠点でもある。

もちろん、『ゴガダン』は勉学に対して真摯である。予習復習をきちんとこなし、手をまっすぐにあげて授業中に質問をする。が、彼らの声は小さいため、よく先生に聞き返されるのと、向学心が強いから授業中に質問しすぎるのが、たまにキズである。

また、『ゴガダン』は授業を妨害する者を許さない。おしゃべりなどで妨害する者に対しては、原稿用紙十枚程度の批難文章をその日の夜にしたため、そして翌早朝、妨害した者のロッカーにその文書と大量の画鋲を速やかに投函する。その日の授業中、手紙の噂もあいまってか私語する者は絶無である。

ほとんどの『ゴガダン』が夢想家である。特に女性に対してはひどい。『ゴガダン』の多くは中高六年間男子校ないし、共学であっても女子とほとんど喋ったことがないため、大学に入って女子しかいないのに驚く。女性は皆貞淑で奥ゆかしいと信じているので、学内の女子が元彼の性癖の話をしているのを聞いて愕然とする。

女子に対する失望の、典型的なケースがある。入学当初は汚れを全く知らず、『キッス』という言葉を聞いただけで赤面していたいたいけな女子が、新歓コンパでアメフト部の四年生にひっかかり、そのままゴールデンウイークへと突入した。休みが明けて学校へ行ってみると、美しかった黒髪が茶髪へと脱色され、かつ巻糞のように巻かれ、たくましい腕にその腰を抱かれて学内を歩いている彼女を目撃する。けばけばしい服を身にまとう、その変わり果てた姿を見て、『ゴガダン』は、もののあはれ、を知るにいたるのであった。

『ゴガダン』は真面目かつ繊細なのである。

3.そんな『ゴガダン』の一日

4:00:起床

4:30:昨日覚えた単語の覚えなおし

5:00:自室の観葉植物に向かって予習範囲を音読

6:00:まだ早いが登校。図書館にて調べ物をするこころづもり

6:40:到着。図書館が閉まっている。そういえば開館は八時半であった

7:00:開館時間まで散歩開始。近所の公園を歩きながら『性愛』について思索に耽る

7:15:ぶつぶつ言いながら池の周りを歩く

7:30:職務質問を受ける

8:30:図書館開館。講義まで調べ物に精を出す

10:00:講義開始

12:00:講義終了。食堂にて辛味噌ラーメンに舌鼓を打つ

13:00:再度講義開始

17:30:講義終了

19:00:帰宅

19:30:ペヤングを食おうとするが湯切りの時に麺を半分こぼす「お約束」をする

19:45:シャワーを浴び歯磨きをする。

20:00:ちゃぶ台に座って今日の復習と単語暗記開始。

20:30:空腹のため突如ムラっ気が起きる

20:45:情欲を抑えようと必死に奮闘。失恋の悲しみを思いだしてなんとか耐える。

21:00:ムラムラには勝てず。結局右手と一戦しけこむ

21:30:死闘の末、試合終了。汚れきった掌を見て激しい自責の念にさいなまれる

22:00:ヤケクソで就寝

4.『ゴガダン』の語学力

語学力は総じて高い。だって『ゴガダン』だもの。その賞賛すべき学力は彼らの日々の研鑽によるものである。中には自分を磨きすぎる生徒がいて、分厚いウルドゥー語の辞書を丸覚えしたり、よくわからない国のよくわからない言語のよくわからない母音の発音が出来たりする者もいる。彼らが日夜歩きながら練習している鳥を絞め殺したような発音を聞いて、うププ、と笑ったりすると、間髪いれずに殴りかかってくるので注意されたい。女がいないので彼らは自分の誇らしい成果に敏感なのである。

また、言語上の間違いに非常にうるさい。正しくは『ヒンディー語』であるところを、『ヒンズー語』などと言ったりすると、やはり奇声をあげながら殴りかかってくる。彼らの前で言語の話をするのは控えたほうがいいかもしれない。

5.『ゴガダン』を取り巻く環境――学外編――

外国語学部、というのは知名度が低いわりに入るのがやや難しかったりする。偏差五十五くらいの自称進学校を良い成績で卒業し、自分を秀才だと勘違いして入ってくる生徒が非常に多く、彼らは妙に高いプライドを持っている。そのために、バイトなどで大学名を聞かれてありのままに答えると、『ふ~んそれ専門?』などと言われてオカンムリになり、バイトを辞めたりする者も多数。

筆者が仙台郊外でビル解体のバイトに従事している時、休憩中に隣のベンチに座った小さいおじさんに大学名を聞かれ、『〇〇外国語大学です』と答えたところ、『ほ~何語をやってるんけ?』と更に聞かれたので、『タイ語です』と答えると、おじさんは『そうか~中国け~』と目を輝かしながら作業場へ戻っていった。おじさんはトヨタレンタカーを一ヶ月で解雇されたと豪語していた。

大学の知名度が低いので、学外において『ゴガダン』は屈辱を受けることが多々ある。それがまた彼らを屈折させるのだ。

6.『ゴガダン』にとって大学とは――学内編――

人間は生き物の中でどのあたりに位置しているのだろうか。哺乳類の中にヒトがいて、そこから男女が分かれている、というのが尋常な認識なのではないだろうか。

が、驚くべきことに、『ゴガダン』にとってはそうではない。彼らの認識では、哺乳類から直接ヒトと女が分かれている。つまり、人間と女は別の生き物、ということになるのである。

ある知り合いの『ゴガダン』が「女っていうのは、どっちかっていうと昆虫の類いだと思うんだよね。理性がない」などと女性を中傷するのを聞いたことがある。この男女平等の時代に、なんと未開なニンゲンであろうか。しかし、彼が一ヶ月の間に女性三人に振られたことを考えると、あまりの不憫さに女性も矛をおさめるのではないだろうか。やはり、理性が無いのはいつも男である(媚びました)。

といっても、やはり『ゴガダン』にとって女性が未知の存在であることにかわりはなく、それでいて体中を駆け巡る、なんだかよくわからぬ欲望の対象でもあるのだから、始末が悪い。欲望を誘発する罠が、彼らを取り囲んでいるのである。

たとえば、『ゴガダン』は授業中、プリントが配られる時に前の席の女子と目が合えば、すぐさま恋に落ちる。また、校舎を歩いていて女子に話しかけられようものなら、その女子が自分を好きだと思い込んでしまう。そして、恋人ができそうだ、などと浮かれ顔で友人に吹聴してまわるのである。それをはやしたてる友人ももちろん『ゴガダン』である。

これは誇張ではなく、体験を伴った全くの実話である。あまりに馬鹿げていて、これらの恋が成就はずがない。よっぽど、金正恩がブラジルの大統領になるほうが有り得る話だろう。当然、彼ら『ゴガダン』は失恋し、いっちょまえに面倒くさく塞ぎ込む。自室に籠って世を恨み、親が食料品と一緒に送ってきた倉田百三『出家とその弟子』を熟読し、失恋の涙が枯れるとともに阿弥陀の本願に目覚め、朝、昼、晩、と南無阿弥陀仏を唱え始めたりする。が、長くは続かず、恋は罪悪と悟ったつもりが、三日もたてば下半身が疼くのか、またのこのこと、いたるところに甘い罠の待ち構えている大学へ行き、そしてまた懲りずに失恋する。『ゴガダン』にとって大学とは、逃れられない、愛と性欲の地雷原なのだ。

7.そんな『ゴガダン』が気になるアナタへ

多くの人は全く気にならないであろう。むしろ、自分の人生にアズポッシブルアズ関わって欲しくないはずである。だが、どうしても気になるという慈悲深いアナタのために一応生息場所などを教えておこう。そんなにボランティアがしたいのか。

『ゴガダン』は、まずサークルに入っていないことが多く、そういう『ゴガダン』は学校以外は家に引きこもっているため、出会うことはほぼ不可能に近い。残念。

よって、狙うべきは(?)サークルに入っている『ゴガダン』である。『ゴガダン』は軽音楽部、文芸部、映画研究会、アニメ同好会、ジャズ研といった、イカにも、なサークルに所属しており、それらのサークルの薄暗い部室を探せば、隅っこの方でインケンな空気を放っている『ゴガダン』を発見できるはずである。

外国語系学部でアメフト部や野球部などの運動系サークルに所属する男子は『ゴガダン』ではないのか、という疑問もあるだろうが、『ゴガダン』から言わせれば「君、ゴリラやイノシシやカバは、ニンゲンかね」ということらしい。アメフト部や野球部がイノシシやカバなら、『ゴガダン』はフナムシかサナダムシであろう。

もしあなたが『ゴガダン』を発見し、何かに強く頭をぶつけたことをきっかけに、『ゴガダン』に恋をしたとしよう(その時、金正恩はブラジルの陽気な聴衆を前に演説しているであろう)。だが、『ゴガダン』と付き合ったり、結婚したりすることは夢にも思うことなかれ。

一度付き合ったり、結婚したりしてしまった『ゴガダン』は、『ゴガダン』ではなくなってしまうからだ。

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