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五十音図(廃刊メルマガ記事+2013年4月14日)

 「熱血!古典教育・国語教育」について、かつてはブログと並行してメルマガも発刊していました。メルマガは廃刊にしてしまいましたが、そのデータはUSBに残っていました。今後は、そのメルマガとブログとで連携させた記事、メルマガのみに掲載した記事も拾っていきたいと思います。


 さて、今回は「五十音図」の話をしたいと思います。

 教員になったばかりの頃、大先輩の教員から「古典の授業の最初は必ず五十音図を書かせるんだ」と聞かされました。それ以来、私も初回かその次の高校一年生の古典の授業時には必ず五十音図を書かせるようにしています。
 そうです、たいていの生徒は「ヤ行」を「やゆよ」、「ワ行」を「わをん」と書き、あらためて書いた文字の数を数えさせた時に「五十」にならないことに気づくんだよ――とその大先輩の教員が教えてくれたからです。

 「ヤ行」は「やいゆえよ」、「ワ行」は「わゐうゑを」であり(「ゐ」「ゑ」は今では使わない文字です)、さらに昔は「ん」はなかったのだと説明すれば、文字は50になり、昔はそうだったのだから覚えて下さい、動詞の活用のところで必要になりますと言えばそれまでです。

 でも、生徒はきっと気になりますよね。どうして昔と今でそのような違いが生じているのだろうかと。

 「五十音図」は五十「音」であって、五十「(文)字」ではないのです。字が同じであっても、かつて五十個のこの文字はそれぞれの行に属して異なる個性(発音)を持つ文字であったのです。ヤ行は唇を横に開いて「やいゆえよ」と発音する感じであり、ワ行は「ぱぴぷぺぽ」と言うみたいに上と下の唇を一度くっつけて発音したと言います。だから、現代のア行「い」「え」「お」の発音と違う音を持ち、違う個性を持つ文字であったわけです。しかしながら、特にヤ行の「い」「え」とワ行の「ゐ」「ゑ」「を」が時代を経てア行の「い」「え」「お」と同じ音になったため、ヤ行とワ行でそれらの文字が個性(違う発音)を失い、消滅したというわけです。
 また、生徒からの質問の多い「ん」なのですが、「ん」については発音が存在しながらも、別の文字で代用するか無表記であった歴史が長く、また五十音図の中に規則的には組み込めないものです。「ん」については以前興味深い本か論文を読んだのですが、題名等を失念したため、また後日に譲りたいと思います。

 なお、五十音図は仏典・漢籍(ずばり言えばお経)を読むために、漢字の発音を合理的・理論的に学ぶために発明されたものと言われます。その理屈が見えなければ、五十音図の並びで文字を覚えるのは困難です。だから、語呂合わせの「いろは歌」なのです。私たちも「イイクニ(1192年)つくろう鎌倉幕府」という感じで、何かを覚える時に語呂合わせをしますよね(ちなみに、最近は鎌倉幕府の成立を1192年とはしないようであるのを一言断っておきます)。「いろは歌」の他にも別バージョン「あめつちの詞」というものもあったそうです。「あめつちの詞」は「いろは歌」よりも成立が早く(十世紀半ば以前)、ア行とヤ行の「え」の区別があり、四十八文字構成です。「いろは歌」はその区別が失われているので四十七文字です。
 
 明治36年に万朝報という新聞で「いろは歌」かわる手習い歌を公募し、坂本百次郎という人の以下の作品が第一位だったそうです(私もかつて高校の授業で教えてもらいました)

とりなくこゑす
ゆめさませ
みよあけわたる
ひんがしを
そらいろはえて
おきつべに
ほふねむれゐぬ
もやのうち

 「現代語」という授業があった時に、生徒にも新たな「いろは歌」を作らせたりしてみたりしました。なかなかの力作もあったのを覚えています。

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 以上、「五十音図」についての記事を掲載しました。
 しかしながら、ブログでの説明はあくまで子どもたちに説明する際にわかりやすいようにということで、非常に単純な解釈、細部を省略した説明になっています。

 もっとしっかり「五十音図」にまつわる表記や音韻の歴史や問題を学びたいという方のために、今回私が参考にした本を紹介します。

金田弘・和田利政『国語要説 五訂版』(大日本図書)

 「音韻の変遷」の項目について見て頂ければ、ヤ行の「い」「え」とワ行の「ゐ」「ゑ」「を」がそんなに単純にア行の「い」「え」「お」と同音になったのではないというその経緯がわかると思います。
 ちなみに、私が持っているのは三訂版で出版社も違うのですが、大学の時の教科書です。当時は大学受験人口がピークで、国語よりも日本史が得意だった私は、史学科にするか文学科にするかで悩み、募集人数が少なく倍率の高い史学科ではなく文学科の受験を決心しました。うまくいけば入学して転科しようなどと思っていたのですが、この本と出会い、国語学・文法の世界の奥深さに引き込まれました。これまで見たこともない実際の資料(古典籍類)の写真と用例によって説明が展開しているのが、大学生になったばかりの私には刺激的でした。 

金田弘・宮腰賢『新訂 国語史要説』(大日本図書)

 上記には国語史資料が多数収録されているのが魅力ですが、『国語要説』程度の内容を一通り理解していないと、その資料をかえって持て余してしまうかもしれません。

 また、前半の説明の中で「五十音図は仏典・漢籍(ずばり言えばお経)を読むために、漢字の発音を合理的・理論的に学ぶために発明されたもの」ということを述べましたが、ここなどまさに子どもたちのための説明ということを意識し、大幅な省略・単純化をはかったところです。

山口謡司『日本語の奇跡〈アイウエオ〉と〈いろは〉の発明』(新潮新書/2007年12月)

 本書一冊が「五十音図」成立の歴史書ともいう内容ですが、漢字音の問題から日本語を理解・整理しようとした歴史的な経緯については「第八章 明覚、加賀で五十音図を発明す」に詳しいです。


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