早世するギタリスト達

手芸なら何でも出来ると言って良いくらい器用な母は、手の込んだ模様編みのセーターを作っては問屋経由で売っていた。編み物仕事のBGMは洋楽ヒットパレードなどのラジオ番組やレコード、叔母が作る「お好みカセットテープ」だった。KISSやローリング・ストーンズなど、好きな曲が掛かれば仕事も捗りご機嫌であった。

「…えっ?」

調子良く編み機をザーザー言わせていた母が怪訝な顔をして手を止めた。「どうしたの?」向かいで塾の宿題をやりながら訊くと、ちょっと黙ってて、と指を唇に当てる仕草をし、ラジオのボリュームを上げた。『速報です…ギタリストの……ローズさんが飛行機事故で亡くなりました』『即死状態とのことです。詳細は追って入りしだいお伝えします』端正な声のアナウンサーが、繰り返します、と話す途中で母はラジオのスイッチを切って黙り込んでしまった。

「…ママ?」

大きくため息をついて顔を上げた母は「お茶にしようか」と言った。私は黙って母のお気に入りのウェッジウッドのティーカップと、自分のマグカップに紅茶を淹れた。「ありがと」と言ったまま、黙り込んで紅茶に手をつけない。

「ねぇ、その人…知ってる人?」と恐る恐る訊くと、近くに積んである雑誌の一冊をめくり、「この人」と差し出した。金髪のハンサムな若者が黒白の水玉柄のエレキギターを抱え、優しく微笑んでいるピンナップだった。「…カッコイイね」「25歳だって。」私は猫舌を気にしながら紅茶を啜った。「残念だわ。この人ステキって思ってたのに」「…ちゃんと聴いてたの?オジー・オズボーン・バンドって書いてあるけど」自分の好みのハンサムが亡くなってしまったので感傷的になっているだけじゃないのかしら。

「聴いてたわよ。あんたがいない時にね」いささか母はムッとしたようだった。「あんた、勉強してる時にロック掛けると怒るでしょ?」…当たり前だ。私は中学受験のための塾に通っていて、必死に勉強しているのにKISSや DEEP PURPLEのレコードを大音量で流すのだからたまったものではない。頭に来て何度かステレオのスイッチを切りに行ったことをまだ根に持っているらしい。「それ、返してくれない?しばらくここに貼っておくわ」と母は言い、私が見ていたピンナップをカッターで切り取り始めた。

「25歳か・・・若いのにかわいそうに」と呟いてやっと紅茶を飲んだ。

「素敵なギタリストってなぜか早死にしちゃうのよ。ジミヘンもブライアン・ジョーンズも若いうちにいなくなっちゃったもの。」「?・・・なんで?美人薄命ってこと?」習ったばかりの言葉を使ってみると、母は「あんたみたいな子どもにはわからないわね」とじろりと一瞥してから雑誌を閉じた。生意気そうに見えたのかしら。私は肩をすくめて紅茶を飲んだ。ランディ・ローズという、そのギタリストのピンナップを丁寧に壁に貼りながら母は「エレキギターのせいかもしれない」と呟いた。・・・この人何言ってんだろ?という顔の私を見て「もういいわ。今日はやる気なくなっちゃったから編み機はおしまい」と、編みかけの物体を処理し片付けに入ってしまった。

感情の起伏の激しい母に振り回されるのはいつものことだったが、妙に引っかかるのは「かっこいいギタリストは長く生きられない」という言葉だった。ママは本当に好きなのかしら、と訝しんだランディ・ローズのピンナップは、仕事中の母から一番よく見える場所に、日に焼けて色が変わり始めるまで貼ってあった。

― それから約10年後。

 私は大学生になり、母の影響ではなく自らの意志で聴く音楽を選んでいた。いろいろ聴くけどやっぱり洋楽のハードロックやヘヴィメタルが一番カッコイイなぁ、と思っていた。周りの友達で洋楽好きは皆無だったため、少ない小遣いでレンタルCDを借りてはカセットテープに落とし、毎月買う洋楽雑誌を繰り返し読み、そういった曲しか掛からないラジオ番組を毎週聴いていた。1月初めの寒い夜更け、いつものようにふとんに潜ってラジオを聴いていると、DJ氏が慌てた声でニュースを告げた。

 『DEF LEPPARDのギタリスト スティーヴ・クラークが1月8日、ロンドンの自宅において遺体で発見されました。死因はアルコールの過剰摂取による中毒ということです』

 ・・・「えぇっ?!」思わず声をあげて起き上がってしまった。新作を制作中じゃなかったの?メインで曲を書いてたスティーヴが、アル中?何、それ。どういうこと?信じられない。茫然としているうちにラジオからBringin' On The Heartbreakが流れ始めた。力が抜けてベッドに倒れ込むと涙が出てきた。もう、この世にスティーヴはいないの?ステージの彼を一度も見たことなかったのに。ぼやける天井の縁を睨んでいるうちに夜は明けていった。

 翌朝「ママ、大変。DEF LEPPARDのギターの人が死んじゃった。髪が長い方の人。アル中で、30歳だって・・・」アルバム"HYSTERIA"が好きな母もさすがに驚き「スティーヴ・クラークだっけ?あの人がメインで曲書いてたのよね?」「そうだよ、これからどうなっちゃうんだろ?」ベソをかきながら、昔聞いたあの言葉を思い出していた。

 「かっこいいギタリストは長く生きられない

 「ねえ、どうして?どうしてかっこいいギタリストは早死にしちゃうの?」「--そうよ。昔、言ったでしょ。エレキギターを弾くからよ。そういう楽器なのよ」長らく疑問だった答えを悲しい形で見つけた私は、耐えきれずに声をあげて泣いた。理屈じゃないんだ。大観衆の前で華やかなライトを浴びて、聴き手の魂を揺さぶる旋律を卓越した技術で弾く彼らは、自らの魂や生命を削っているのだ。・・・

それから何年も経つ間に、様々なバンドが出ては消えていった。長生きするギタリストもいるけど、どうもエレキギターという楽器に似つかわしくないと思うのは私だけだろうか。咲き誇る花はいつか散るからこそ美しく、ギターのロングトーンも、段々消えていくからこそ…力強いのにどこか儚いのだが、耳に残って離れない音もある。スティーブ・クラークやゲイリー・ムーアの奏でたあのリフのように。



 




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