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rose-rosy-rosarium(3)

スティーヴはフィルの隣に腰掛け、タバコを取り出して火を付けた。血の付いたフィルターに構わず煙をくゆらせている。煙草が吸えるくらいなら大丈夫だろう、とフィルは思った。
「さて、スティーヴ」フィルもタバコに火を付けた。「今日の俺達はなんでここまで来たんだっけね?」
スティーヴは下を向き、深呼吸してゆっくりと「いちおう、気分転換」と言った。
・・・手を血まみれにするのが気分転換かい、まったく。
「ねぇ、フィルはさ、・・・ギター弾くのが嫌になった時ってないの」
「GIRLの時はあったけど、このバンドに入ってからはないね」前のバンド--GIRLの頃は若かったし、もう一人のフィル--フィリップ・ルイスとはよく衝突したもんだ。でも、ふて腐れてギターを放り出してもロクなことにならなかった。
「そういう時はどうしたの」一本吸い終わったスティーヴが、バンダナを揉みながらフィルをのぞき込む。
「ギターぶん投げて2,3日ふて寝してた」「・・・・・・ふて寝?」
若いフィルを想像したのか、スティーヴはくすくすと笑った。「けどな、俺は凡人だから2,3日ギターを触ってないともうダメなんだよ。勘が狂っちまって。いまいち弾く気になれないときは、ギターの手入れかな」
「・・・ギターを触りたくもないときは?」スティーヴが2本目のタバコを手に取った。穏やかな風に吹かれながら二人はしばらく黙っていた。
「・・・さすがにそれは無いなぁ」フィルはゆっくり煙を吐き出しながら言った。
「お前、今そうなのか」
「ん・・・」首を傾げて黙りこんでしまったスティーヴの肩を抱き寄せる。
「言いたくなければ無理に言わなくてもいいけど、俺には何でも言っていいんだよ。」「・・・でも。」鼻をすすりながらやっと顔を上げて、「皆に情けない奴だと思われてもいいんだけどさ・・・フィルに嫌われるのは、どうしても・・・」
・・・あーあー、またグズついて来た。しょうがねぇな。
2本目のタバコを灰皿に押しつけて
「嫌ったりなんかしないよ。お馬鹿さん」と微笑んでみると、スティーヴは俺の胸に顔を押しつけ、傷ついた両手を俺の背に回して力を込めた。スティーヴの手から離れた俺のバンダナがふわりと風に舞った。
「あ」「動かないで!」
折れそうに細いスティーヴのどこにこんな力があったんだろう。肋骨が押しつけられ、俺のシャツの前は涙、後ろは手のひらの血で濡れてゆく。抱き寄せたスティーヴの金髪(ブロンド)は日向の匂いとバラの香りが混じっていて・・・フィル、と呼びかけるスティーヴの声色が変わってゆくことに俺は全く気がついていなかった。
 「ねぇフィル…聞いて。」俺はうっとりとスティーヴの頭に口づけた。「何」「さっきから俺達を付けてくる奴がいる」

「エッ?」驚いて身体を離そうとすると「動くなっつったろ」とスティーヴが腕に力を込める。
 「そのまま聞いて?…ちょっと目を上げてよーく見てみて。何か気づかない?」そう言われてみると、視界の隅でイバラの茂みがガサガサと不自然に動いた気がする。
「うん…アレか。」「そう。たぶん、ジョーと…サヴ。」2人の身体がゆっくりと離れる。

「さっき、何でも俺に言えって言ったよね?」「ああ」「じゃあ、良い機会だから言わせてもらおうかな?」そう言ったスティーヴの目からは涙が消え、代わりに静かな光を湛えていた。


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