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田中角栄幹事長の門戸開放(2016)

田中角栄幹事長の門戸開放
Saven Satow
Sep. 04, 2016

「第一は、できるだけ敵をへらしていくこと。世の中は、嫉妬とソロバンだ。インテリほどヤキモチが多い。人は自らの損得で動くということだ。第二は、自分に少しでも好意をもった広い中間層を握ること。第三は、人間の機微、人情の機微を知ることだ」。
田中角栄

 1966年、自民党は、結党10年余りにして、自前の本部ビルを落成します。永田町にあるその9階建ての建築物は「自由民主会館」と命名されます。それまでは委員会庁舎や国会図書館などに間借りしています。

 当時の総裁は佐藤栄作総理です。けれども、首相は官邸を拠点に公務に取り組みますから、総裁室に入る機会は限られています。実質的に自由民主会館のトップは幹事長です。

 その幹事長の座に就いていたのが田中角栄前大蔵大臣です。前年に47歳で就任した若い幹事長です。

 幹事長室で執務を行い始めてすぐに、彼は不具合を感じます。移転以前に比べて入ってくる情報量が減っているのです。幹事長は選挙を始めとする党務を仕切ります。そのためには情報が必要ですが、それが入ってこなくなっていることに気づきます。

 若き幹事長は考えをめぐらせ、一つの解決策を思いつきます。それは幹事長室の扉を開け放つことです。

 個室に入ったために、間借りしていた頃と比べて、人との接触・交流が減っています。そのせいで情報が入手しにくくなっていると幹事長は推測します。

 ドアが閉まっていれば、開ける理由が必要です。入室するには敷居が高くなります。特別の要件がなければ、訪れることも差し控えるでしょう。

 一方、ドアが開放されていれば、来訪の壁がありません。大した理由もなしに通りすがりのついでに立ち寄ることもできます。用意もせず、会うのですから、話も取り留めのない雑談ということもあるでしょう。けれども、そうした無駄話から信頼が生じたり、思いもがけない情報を得たりするものです。

 ヘンリー・ミンツバーグは、『マネジャーの仕事』において、優秀な中間管理職に認められる共通点の一つとして門戸開放政策を挙げています。アメリカでは中間管理職にも個室が与えられます。そのドアを開放しているマネジャーは部下が訪れやすいため、下からの信頼が厚く、情報も豊富だと指摘しています。

 幹事長はトップでありながら、この門戸開放政策を実施します。予想通り、人との接触・交流が増え、ワイワイガヤガヤとした雰囲気の中、信頼と情報量が大きくなっていきます。この開放性がその後の自民党本部の化になります。

 さほど警備もなく、簡単に屋内に入れます。しかも、飲食物が出ることでも有名です。人が集まっていると、おにぎりにお茶やカレーとコーヒーが用意されることがよくあります。

 幹事長が開放的だったのは執務室だけではありません。自宅も同様です。彼の目白御殿にはひっきりなしに人が出入りしています。廊下には面会を待つ人であふれます。地元の支持者や地方からの陳情、政治家、官僚、取材記者など多種多様な人々が集っています。

 その雑然とした活気は最も自民党らしい光景だったと言えます。角栄が自民党の象徴としばしば見なされるのは、こうした開放的な雰囲気を生み出していたこともあるでしょう。

 政治には社交が不可欠です。複数の人間がいる社会で意思決定が行われることだからです。社交を通じて人間関係が広がり、絆も強まります。そうした関係を共通基盤にして情報を入手したり、お互いに助け合ったりします。

 複数の人間がいればおのずと社交が生まれるわけではありません。どちらかが話しかけなければ、交際は始まらないのです。しかも、その可否は場に依存します。顔見知りでも、座禅の最中に声をかける人はいません。逆に、見ず知らずであっても急停車した新幹線であれば、隣の乗客に話かけやすいものです。社交が始まるためには声をかけやすい場が必要なのです。

 開放性の用意はそうした場の整備です。声をかけやすくしていることは社交のアフォーダンスがあるということです。その場に行くと、つい話しかけてしまいます。社交をしていけば、信頼とお互いさまの人間関係が強まります。開放的であるだけで信頼性と協力性が高まるのです。

 逆に言うと、閉鎖的であるだけで信頼性と協力性が低くなります。声をかけにくくなるからです。話をしなければ、人間関係は広まりませんし、絆も強くなりません。閉鎖的な場は信頼とお互いさまどころか、不信と分裂を促してしまいます。

 外部など信用できないと門戸閉鎖し、内部だけで信頼関係を強化する試みはうまくいきません。閉鎖は排除と純化を意味します。信念に固執し、批判を遠ざけるようになります。閉鎖に解決を求めると、不具合が生じる度に空間をさらに縮小していきます。閉鎖は空間のデフレを招くのです。内部にとっても生きにくい世界でしょう。

 社会がばらばらで、相互不信ンに満ちているとしたら、それは閉鎖的になっている証です。日本の場合、安倍晋三政権発足以来、その傾向が顕著です。実際、今の自民党にはかつての開放性がありません。安倍総理への個人独裁が進み、総裁選もできない有様です。近年、何度目かの角栄ブームが起きています。いつもと同じたんなる流行に終わらせずに、手本として田中角栄幹事長の開放性に学ぶべきでしょう。
〈了〉
参照文献
ヘンリー・ミンツバーグ、『マネジャーの仕事』、奥村哲史他訳、白桃書房、1993年


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