小学校で起きた面子(メンコ)ブームの話
面子に夢中だった。平成の世だというのに、暖房器具がストーブ一つしかない極寒の教室で、皆、面子を叩いていた。ストーブの隣に集まって面子を叩いていた。小学生の頃の話だ。
面子がブームになるなんて思ってもみなかった。最初は、男子のうち一部の仲良しグループが、牛乳瓶のふたを使って面子遊びをしていたに過ぎない。ところが、段ボールの切れ端を使い始めた頃から人気に火がつき、段ボールの切れ端を二枚重ねたものをガムテープで巻いたお洒落な面子(当時はお洒落だと評価されていたのだからツッコミは野暮というもの)が登場してからは、あれよあれよという間にクラスの男子全員を巻き込んだ一大ブームとなった。
戦いの舞台は、丸パイプ椅子だ。椅子の座面の上で二人から五人くらいの男子が面子を打ち合う。
画像出典:http://www.rentall-web.com/chairitem.htm
面子バトルのルールは簡単だ。プレイヤーは自分のターンが来たら自分の面子を手に取り、敵の面子目がけて叩きつける。自分の番が終わったら、敵のターンとなり、自分の面子には触れられない。敵の面子による攻撃を受け、自分の面子がひっくり返ったり、椅子の外に落ちたりしたら負けだ。最後まで生き残った面子の持ち主が勝者となる。
余談だが、緑の座面を僕らはフィールドと呼び、フィールドから敵の面子を落とすことを「押し出し」と呼んだ。ひっくり返すよりも「押し出し」を狙うプレイヤーが多かった。
面子バトルが魅力的だったのは、ゲームそのものの面白さだけではない。思い思いの自作面子を作るのも楽しみの一つである。ルックスの派手な面子を作る者、勝つためだけにこだわって仕掛けの凝らした面子を作る者、変わった素材を使って自分のアイデンティティを示す者、色んな制作の形があった。
生徒たちの図工能力は日に日に高まり、面子のクオリティはぐんぐん向上した。近所の店ではビニールテープがよく売れた。戦いを重ねて学んでいくことは、ガムテープはすぐに汚れが付着してしまうということ。これは気分がわるい。一方、ビニールテープは汚れが目立たないうえに、光沢があって恰好よく、しごく人気だった。それにちょっぴり値が張るところも、自分たちが何やら重大な戦いをしているような気がして、自尊心をくすぐられた。ちょうどこの頃に使っていた面子がこれ。
「表」と書かれている。表も裏もどちらも同じ青色なので、何も書かなかったら、バトル中にひっくり返されたかどうか判別できない。それを判断できるよう「表」「裏」と書いて区別したわけだ。でもこの時、青色の背景だと黒色の文字が目立たないことに気づかなかった。馬鹿だった。実際に面子バトルをプレイしていたら、文字が見えづらくて、結局、裏側に目立つポケモンのシールを貼った。
さて、この頃になると、面子の厚みが増したことに伴って、効果的な戦略が開発された。 敵の面子の側面に真横から面子をぶつけて「押し出し」で勝つ必勝法だ。しかし、これは些か強過ぎる。ゲームの面白さを削ぐという理由で、たちまち反則認定された。守りたくなるルールとは、誰かに押し付けられたルールではなく、自分たちが必要性を納得し、皆の合意のうえ決めたルールなのだと、僕らは面子バトルから教えてもらった。
他にも、新技が生まれた。あえて自分の面子を相手の面子に一切ぶつけず、フィールドに強く叩きつける技だ。フィールドを叩くことによって軽い地震を起こし、相手の面子を宙に浮かせ、そのまま外に落としてしまう間接的な手法だ。これは「サンダーボルト」と名付けられた。敵の面子に接触させるという面子の基本を放棄した逆転の発想は画期的だった。この技が流行りだしてからフィールドは荒れ、椅子の表面のビニール皮が数ヵ所ビリビリに裂けた。
画像出典:http://blogs.yahoo.co.jp/matsuyamakaiyo_obog/13857777.html
上のイメージ写真では亀裂が一か所だけであるが、僕らの椅子はもっと酷かった。しかし、サンダーボルトが作り出した荒廃したフィールド環境は、男たちのバトルに少なからぬ予想外の結末をもたらすことになった。ゲームのドラマ性が大いに増したのだ。サンダーボルトが反則認定されることはなかった。サンダーボルトを発動する攻撃側にとっても、勢いあまって自分の面子が外に飛び出してしまう「自滅」のリスクがあったから。余談だが、敵の面子がフィールドぎりぎりの位置にある時に押し出すための「軽めサンダーボルト」はかなり有効だ。
あの頃、面子のことばかり考えていた。勝ちたくて勝ちたくて仕方がなかった。断トツで一番になりたかった。戦いを重ね、面子バトルを徹底的に分析した。結局のところ、どうしたら、勝てるのか?攻撃面においてはサンダーボルト最強説を信じるプレイヤーが多い。ならば、まずはサンダーボルトでやられないような対策を面子に施そう。日々、そんな試行錯誤をしながら、相棒となる面子のアップデートを重ねた。
そしてついに、僕は発明してしまった。ウルトラサンダーボルトを発動できる禁断の兵器を。加えて、敵のすべての攻撃を無に帰せしめる堅牢な要塞を。
これだ。