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ロスタイム

 赤・黄・青・緑・紫・桃・黄。
 目の前にやたらと派手な色使いの街並みが広がっている。私は首を傾げた。
 近くにある四角い建物は一面が真っ赤、一面は青、一面はと、見たことが無いほどにカラフルだった。通りには同じような色彩の建物が多く並び、四角、丸、三角など形も様々だった。道路にも色が付いていて、白いところがない。
――どこ!?
 私は目を限界まで見開いて、辺りを凝視する。十七年生きてきたが、ゲームの中でも見たことの無いような風景が広がっている。じっと見ていると目が痛くなってくる。
――まって、私、何してたの?
 私は必死になって思い出そうとする。こんなユニークすぎる街なんて知らない。少なくとも私が住んでいる田舎町に、こんな派手なアミューズメントパークはなかったはずだ。
 私は頭を抱えて唸る。ここに来る前、私は一体何をしていたのか。
――あ…… 

 九月の秋空。心地よい日差しを受けながら、真(ま)衣(い)は颯爽と自転車をこいでいた。濃紺のセーラー服、肩のところで跳ね放題になっている黒髪。風を受けて、膝に掛かるスカートが跳ねる。
 自転車通学をしている真衣は、お気に入りのピンクの自転車でいつもの曲がり角へ向かっていた。
 その角を曲がると小さい頃によく遊んだ公園がある。目玉の遊具はジェットコースターのように長い滑り台。くぼ地を利用した公園で、真衣の通学路から公園に入ると、すぐに滑り台がある。滑り台を降りると、ブランコや砂場といったお決まりの遊具が並んでいる公園だ。
 今日は晴れているから、子供達が大勢いるだろう。真衣は意気揚々と角を曲がった。
 とたん、目の前に銀色の塊が突っ込んできた。焦げ臭い匂いと体が痺れるような熱が走る。視界がぐるぐると回るような激しい動きに頭痛がした。
 遠くで誰かの悲鳴と、救急車の音がしていた。薄れていく意識の中で、真衣は赤くなっていく地面を見た。 

――ロスタイム一日目――

 「うっそ、ここって……天国?」
 私は天国ってこんな垢抜けたところだったのかと思った。
 ぽっかりと口をあけて、私はもう一度辺りを見わたした。いつもの緑溢れる通学路も、お気に入りの自転車もなければ、病室の白い天井が見えているわけでもない。頭上にはしっかりと空があり、雲が悠然と漂っている。
「て、天国に空ってあるんだぁ」
 私は空を見上げ、気の抜け声を出した。天国は雲の上にあって、空は見られないものだと思っていた。
「天国? おねぇちゃんはさっきから何を言ってるの?」
 頭上からよく響くテノールの声が聞こえてきた。驚いて私は辺りを見わたした。近くにそれらしい人影は見つからない。首を傾げると、もう一度声が聞こえた。
「あ……おねぇちゃん、こっちだよ」
「へ? ど、どこ?」
 私は昔、弟がこんな高い声を出していた事を思い出していた。その頃はまだ「おねぇちゃん」と呼んでくれていたが、今では「姉貴」と呼ぶようになっていた。弟は自分よりも背が高くなり、声も低くなり、意地悪ばかり言うようになって可愛げがなくなった。
 弟を思い出して少し苦い顔をした私は、声のした方を探し、建物の屋根を見た。声の主はそこに座っていた。
「こんにちは。おねぇちゃん」
 丸い突起の付いた屋根の上から少年が、私に向かって微笑んだ。私はぽっかりと口をあけた。
「そっか、ここが天国なんだ」
「え? 違うよ!」
 私の呟きに少年は驚いて身を乗り出した。
 少年は薄ピンクの半そでTシャツに、茶色の半ズボンという活発そうな格好をしているが、腕も足も細く驚くほど白かった。何より目を引くのは、顎のラインで切りそろえられた白い髪。ネコのように目じりのつりあがった大きな瞳の、赤。
「え? だって、君天使でしょう?」
――こんな綺麗な目してる子初めて見た。
 赤々と輝く瞳は、昔、母が見せてくれた宝石のように綺麗だ。私が今まで見たこの無いほど綺麗な容姿の少年だった。
「おねぇちゃん。こっちに来る時おかしくなっちゃたのかな」
 屋根から軽やかに降りた少年は、心配そうな顔で私に向かって歩いて来た。髪と同様に白い眉を垂れ下げて、困ったような顔をした少年に私は心を鷲掴みにされる。
「嘘だ!? 天使でしょ? 天使だと言って! こんな可愛い子が天使じゃないわけが無い! うちの弟だって可愛い時期があったのに! なんでああなった!?」
 この少年に言っても仕方の無い事だとわかっていても、私は疑問を投げかけずにはいられなかった。私は昔から弟をそれこそ猫かわいがりして育てたつもりだが、反抗期にあっさりと打ち負かされた。そのことが悔しいやら、悲しいやらでどうにもやるせない思いを抱いていた。
「お、おねぇちゃん。落ち着いて」
 少年はいきなり騒ぎ出した私から少し距離をとって、「どうどう」と馬を宥めるようなポーズをとった。
「とりあえず、僕は天使じゃないし、ここは天国じゃないよ?」
「……違うの?」
 私はもう一度少年をじっと見つめる。日本人ではまずいない、白い髪と赤い目。綺麗だとは思うが、どこか異質なものを感じた。
「違うよ」
 少年は私を引きつった笑顔で見上げている。私は少年を異質だと思う理由を考えてみる。
――すごく綺麗……ゲームの中の人みたい。
 どこか違うと思う理由はそれだろう。私はゲームや漫画ではよく居る容姿だと、納得する。
――でも……実際にはいるものなのかな? 白髪と赤目って。
 前にそんな話を聞いた事があるような気がしたが、うまく思い出せない。私は首を傾げた。少年は子供らしい生傷一つない姿をしている。弟がよく傷を作っていたのを思い出すと、少し不思議な感じがした。
「えっと、落ち着いた?」
「あ。うん。僕はどこから来たのー?」
 まだ心配そうな表情をしている少年の目線に合うように私はしゃがみ、迷子を見つけた時のように話しかける。
「どこからって……おねぇちゃん、僕迷子じゃないよ?」
「え、そうなの? あ、ところでここはどこ?」
――そうだった、迷子なのは私のほうよ!
 こんな変な街知らないし、トラックに激突されて、どこに来ちゃったんだろうか。
「うーん……天国ではないんだけど、それに近いところかな?」
「天国に近いって、私やっぱり危ないの?」
 少年は首を捻りながら、あやふやな答えをだした。私は事態の深刻さを思い出し、青くなる。もしかしたら、本当に死んじゃったのかもしれない。
「大丈夫だよ。おねぇちゃん、とりあえず僕の家に来ない? ここの事説明してあげる」
 人懐っこい笑顔を浮かべた少年を見て、私はやっぱり天使だと思った。 

 私は少年に案内されながら歩いていくと、ピンクで統一された一軒の家の前に着いた。小屋のような可愛らしい造りをしていて、私は蕩けるような目で家を眺めた。
「どう? 気に入った?」
「うん! 可愛い。ここが君の家?」
 少年は玄関の前でくるりと振り返り、満面の笑みを浮かべた。私はその笑みにほんわかしながらもう一度、家を見た。ログハウスのような木製の家だが、色はどこもかしこもピンクで、元の色はまったくわからない。さほど大きくもない家だが、一人二人が住むくらいなら充分な広さだ。
「そうだよ。ほら、入って。中も可愛いんだよ」
 私は少年に手を引かれるまま、玄関を上がった。家に入るとすぐにリビングだった。正面奥には洗面台が少し見え、リビングの隣にはキッチンが見える。階段は玄関の脇にあり、広さは外から見たとおりだった。
 少年の言うように内装も可愛らしい薄ピンクの壁紙、花柄の家具。おとぎ話に出てくるお姫様の部屋のようだと、私はさすがに驚いた。とても小学生くらいの少年が好みそうな部屋ではない。
「ね、可愛いでしょ? 僕、可愛い物大好きなんだ」
 少年は屈託の無い笑顔を向けてきた。私は少し疑問があったが「可愛い」と頷いて見せた。すると少年はとても嬉しそうに微笑んで、スリッパを出してくれた。
「おねぇちゃん、ここに座って! 今、紅茶淹れるからね」
 少年は椅子を引いて私に言うと、楽しそうにピンクのタイルが敷き詰められたキッチンへ走っていった。
――やっぱり、可愛いな。
 ピンクの小物で埋め尽くされたキッチンで、台に乗って紅茶を淹れている少年の後姿は可愛いとしか言えなかった。
 私が弟を猫かわいがりしていた理由もそうだったと思う。ただ単純に、後ろを追い掛け回してくる弟が可愛かった。自分が「おねぇちゃん」なんだって、無意味に頑張れたし、我慢できた。
 私は昔の自分を思い出して苦笑した。私はスリッパを履き、勧められたピンクの猫足の椅子に座った。背もたれに置かれたクッションもピンクだった。私は可愛らしい丸いテーブルの花柄を撫でた。
 よく聞く「おねぇちゃんなんだから、我慢しなさい」なんて言葉は言われたことがなかった。母に言われなくとも自分は弟にお菓子も玩具も譲った。ただ、その笑顔が可愛かった。
 小さい頃の弟を思い出していると、少年が振り返ってトレイを持って戻ってきた。
「はい。ジャスミンティーだけど、大丈夫だった?」
「あ、うん。大丈夫……ありがとう」
 少年がトレイに乗せてきたのは、またもや薄いピンクのカップとポット。少年はソーサーを私の前へ置くと、カップを乗せポットから紅茶を注いだ。
 ジャスミンの香りがふわっと部屋に広がった。少年は自分の分も同じように注ぐと、ポットをテーブルの中心に置き、私の反対側に座った。私は少年の動作に優雅さを感じ、なぜか敗北感を覚えた。
――丁寧にいれればこんなに優雅に、なるものなのかな? そういえば、よく急須で淹れてたな。
 少年の動作に感心した反面、自分にはそんな風に出来る気がしなかった。私は母と一緒になって、家のティーポットは使い勝手が悪いからと、急須で紅茶を淹れていた事を思い出す。コーヒーも同じ要領で淹れるか、インスタントだった。
「どうぞ」
「……いただきます」
 私は促されてカップを口に近づけた。ジャスミンの香りが鼻を抜ける。私はゆっくりとジャスミンティーを飲む。
「どう? 熱くない?」
 一口飲んで黙り込んでいた私に、少年が慌てた様子で聞いてくる。
「うん。あんまりにも美味しいからびっくりしちゃった」
 今まで飲んでいたジャスミンティーは独特な味がして、少し苦手だった。でも、少年の淹れてくれたジャスミンティーは丁度いい温度で飲みやすかった。香りも強すぎず、苦味もほとんどない。私はもう一口ジャスミンティーを飲んだ。それを見て少年はほっとしたように微笑んだ。
「よかった。実は人に飲んでもらうの、初めてだったんだ」
「そうなの? 私こんなに上手に淹れられたことないよ」
 嬉しそうに笑う少年に、私もつられて笑う。少年の笑顔を見ていると自分も楽しくなる。
 私は落ち着いたとたんに、少年の家に来た理由を思い出した。切り出そうと口を開いた私に、少年は真顔になって言った。
「ここはね、夢の中なんだよ」
 それまでの穏やかな表情はまるで違うように思えて、私は乗り出した身を引いた。
「夢? 寝てるってこと?」
「そんな感じかな」
 少年の言葉に頭をめぐらせる。ここに来る前の記憶とつなぎ合わせると、冷や汗が背中を伝った。
――三途の川を見る手前ってこと!?
 私は慌てて立ち上がった。のんびりお茶なんか飲んでいる場合じゃない。
「おねぇちゃん。落ち着いて」
「落ち着けって言われても。このままじゃ死んじゃうんじゃないの?」
 少年は真剣な表情のままでじっと私を見ていた。何も言わずに少年は落ち着いた様子でお茶を飲んでいる。私はそわそわしながら、椅子にもう一度座った。
「うーん……どうだろうね? 僕がここにいるんだからきっと大丈夫だよ」
 暫く考え込んでいた少年は、明るい笑顔で言った。ニコニコと笑う少年は不安なんて抱いていないみたいだった。私はめまいがした。

 私は落ち着こうとジャスミンティーを一口飲んだ。少し冷めていたが、それもまた美味しく、私は一息吐いた。
――本当に、ここが夢の中なのかな。
 味覚もあれば、感覚もある。目の前で笑っている少年も、容姿こそ変わっているが夢の中の人には思えない。なにより、夢を見ているときのふわふわした感覚が全くなかった。
「僕もどうやって帰るのかは知らないんだ。……ねぇ、おねぇちゃん。帰れるまでうちに居てよ」
 私が悩んでいると、少年は身を乗り出して言った。少年は目を輝かせ、期待のまなざしで私を見つめていた。私は特にこれと言って断る理由が見当たらなかった。
「えっと……じゃぁ、よろしくね?」
 私がそういうと少年は「やったー」と両手を挙げて喜んだ。
「よろしく! 僕はロス。おねぇちゃんは?」
 少年――ロス――は楽しげに言い、私の答えを待っていた。私は一瞬だけ、弟とロスの姿が被って見えた。弱虫で、よく自分の後ろについてきていた、幼い日の弟は、ロスとは違う明るさを持っていた。好きなことを純粋に楽しむ、明るさを。ロスはどこか、弟に似ている。
「真衣、だよ。お世話になるね、ロス」
 私が微笑み返すと、ロスもまた、天使のような笑顔で頷いた。

「おねぇちゃんは自転車って持ってる?」
 ロスが出してくれた軽食を食べ終わり、「街を案内するね」玄関の前でくるりと回ると、ロスが唐突に聞いてきた。私は首を傾げた。
「持ってるけど、どうして?」
 少なくとも、今ここにはない。無事な形かも分からない。私が不思議に思っていると、ロスは片手を前へ突き出した。
「見ててね」
 それだけ言うと、ロスは目を閉じた。何をするつもりなのかと、目を凝らしていると。
――ぽん!
 軽快な音を立てて、もわもわとロスの突き出した手の先の地面から煙が立った。
「な、何?」
 煙はすぐに晴れ、そこには一台の自転車があった。私は両目を擦った。
「これが僕の自転車。おねぇちゃんもやってみて」
 ロスは黄色の小さな自転車を楽しげに撫でた。
「やってみてって……どうやるの?」
 突拍子もない要求に私はパニックを起こしそうだった。ロスはニコニコと笑って言う。
「えっとね、出したい物を想像してみて。で、出てくるように願うの。ここに出て来い! ってね」
 ロスの簡単な説明に戸惑いつつも、私は片手を前に出し、ここに来るまで乗っていた自転車を思い起こす。
 高校に入るときに買って貰ったピンクの自転車。サドルは皮で出来ていて、かごは少し小さめ。
――で、出てこーい?
 私は自転車を思い浮かべ、それが目の前に現れるところをイメージする。
――ぽん!
 ぎゅっと目を閉じていた私は、軽快な音に目を開けた。先ほどと同じようにもわもわと煙が上がり、それが消えるとそこには自転車があった。
「で、出来た?」
「うん。よく出来たねー」
 呆然となる私の目の前には、お気に入りの綺麗なままな自転車。ロスは私の自転車を「可愛い」と言って眺めている。
――本当に出た……現実でもこのままなのかな。
 私は驚くと同時に、不思議に思う。自転車は本当に無事だったのだろうか、自分は本当に無事なのか、急激に不安が押し寄せてくる。固まって考え込んでいると、ロスが「どうしたの?」と声をかけてきた。
「う、ううん。本当に出来たから、びっくりして」
 私は心配そうに見上げてくるロスに首を振った。私は内心不安でたまらなかったが、ロスに言っても仕方が無いような気がしてごまかした。
 ロスはそっと微笑むと、自分の自転車にまたがった。
「さ、行こう。案内してあげる」
 自転車を漕ぎ出したロスに続いて、私も自転車に乗った。ロスを追って自転車を漕ぐと、驚くほどペダルが軽かった。ハンドルをきっていないのに、角を曲がったロスの後ろをついて曲がる。
 本当に夢なんだと、私はこの時ようやく実感した。

  街並みを見ると、服屋、家具屋、本屋、民家、畑、並木道、が揃っていて私が住む田舎町よりも栄えているかも知れない。
 ただ、道もカラフルで、隙間を縫うように無秩序に建てられた街並みはごちゃごちゃとしている。ロスは簡単な説明をしながら街を案内してくれた。
 通れそうにない民家の隙間を行こうとするロスに注意すると「大丈夫だよ」とのんきな声が返ってきた。その言葉の通り、自転車は壁にぶつかる事もなく、隙間をするすると進んでいった。私はロスの話を聞きながら、ただペダルを漕ぐだけでよかった。
「おねぇちゃん。そろそろ休憩しようか?」
 数十分はした頃、突然前を行っていたロスが振り返った。
「わ、あ、危ないよ! 前見て!」
 私はとっさにロスを叱った。ロスは少し拗ねたように「平気なのに」と言ったが、前を向いてくれた。私はほっと一息つくと、辺りを見わたした。
 並ぶ家々は、日本家屋もあれば、洋風の家も多くあった。ただ、その多くがどこかしら歪な形をしていた。色もにごりはなく、原色のままが多い。
――目が、ちかちかするなぁ。
 私は瞬きをした。明るい色ばかり見ていると目の奥が痛む。
「おねぇちゃん、あそこで休もうか」
 ロスはオレンジの道がまっすぐに伸びた先の丘を指差した。
「うん。わかった」
 自転車を漕いだまま答えると、ロスはそのオレンジの道へ曲がった。後に着いて行き、坂を上ると視界に街並みが広がり、カラフルな屋根の先に、ピンクの屋根が見えた。ロスの家だ。いつの間にか街並みを抜けて上がってきていたらしい。周りに家はなく、草原が広がっていた。
「ここからなら綺麗に街並みが見えるでしょ?」
 ロスは自転車を止めると言った。街よりも少し高い位置にあるのか、通って来た細い道も、歪だけどカラフルな屋根もよく見えた。自転車で通って来たときよりも、街は小さく見え、ロスの家がその中心にあるのがよくわかる。
「僕ね、ここが好きなんだ……ここに来ると、本当に一人なんだって、わかるから」
 私はロスの悲しげな言葉にはっとする。
「ここには私とロスしかいないの?」
――ここに来るまで誰とも会わなかった。
 私は首を傾げた。ロスを見ると、悲しそうな顔をしていた。独りぼっちを嘆いているように見えて、私はドキリとした。
「うん……前は、他の人も居たんだけどね」
 どこか遠くを見るような目で、ロスは呟くように言った。その表情がどこか大人のように見え、私は驚いて身を引いた。驚いていた頭にふと、疑問が浮かんだ。
「その人達はどうやって、帰ったの?」
 ロスは帰り方を知らないと言ったけれど、前に来た人達はどうしたんだろう。
「さぁ? 僕帰るところ見てなくて気付いたら、いなくなってたから」
 ロスは俯きがちに目を伏せたまま答えた。どうしてか、置いていかれたと、告げられたような気がした。ロスの表情や言葉につれるように、私も少し寂しいような気分になっていた。
「そろそろ、帰らなきゃね」
 ロスがぽつりと言った。私はつられて街を見た。来たときは真上にあった太陽が沈みだしていた。夕暮れはここにもあるんだと思うと、少し物悲しくなる。
――一日の終わりって感じがして……ちょっと寂しいなぁ。
 一日の充実感よりも、今日が終わってしまった事の寂しさが募る。
「おねぇちゃん。帰ろうか」
 地面に座っていたロスが立ち上がって言った。私は頷くと、自転車にまたがった。

  オレンジ色の道を抜けて、来た道を戻ろうと角に差し掛かる。
『――ちゃん!』
「え?」
 私は足を出して、自転車を止めた。どこかで聞いたような、耳慣れた声が聞こえた気がした。私は丘からの帰り道とは逆の道を見た。来る時はなんとも思わなかったが、道はコンクリートのようなグレーだった。道までもがカラフルなこの街では始めてみた色だった。その先に、キラキラと光を反射させ輝く川が見える。
「おねぇちゃん!」
 ロスの声にはっとして振り返ると、私はいつの間にか川へと引き寄せられるように歩いていたらしい。私の自転車は曲がり角に置きっぱなしになっていた。ロスも自転車から降り、険しい顔でこちらへ走ってきた。
「……帰ろう」
 ロスは私の手をぎゅっと握って言った。私はどこか寂しそうで、不安そうな顔をしているロスの手を振り払えなかった。ロスに手を引かれて自転車の元まで戻る。
 その場を去る前に、私はもう一度だけ川を振り返った。本当は気になって仕方なかった。じっと見るとゆらゆらとした流れの川は、静かに消えて行った。私は首を捻る。知っている誰かに呼ばれた気がしたのは、気のせいだったのだろうか。

  濃紺のセーラー服は中学の頃のそれと大して変わらなかった。変わったことと言えば、赤いスカーフがリボン結びになり、面倒になったことくらいだ。
「真衣ー? 早くしなさいよー」
 階段の下から母の声が聞こえる。真衣は今日から新学年になり、来年には受験が控えている。春休み明けの気だるさが残る朝だった。
「はーい。……難しいなぁ」
 真衣はうまく結べないリボンをいじり、鏡を睨んだ。丸一年で大分慣れたとは思うが、不器用な真衣はリボン結びに今も苦戦していた。
――コンコン!
 ノックの音が響いてすぐにドアが乱雑に開かれた。真衣は振り返り、あ、と小さくこぼした。返事も待たずに開けられた扉に寄りかかり、面倒そうに言われた。
「おせーよ、姉貴。飯にできねーだろ」
 真新しい学生服に身を包んだ、四つ下の弟が不機嫌そうな顔で立っていた。弟は、真衣が卒業した中学に今日入学する。一年前まで毎日のように見えていた学ランを、弟が着ているのはなんだか不思議な感じがした。
「先に食べてれば」
「……あっそ」
 むっとした真衣がそっぽを向いて返すと、弟の歩(あゆむ)はどたどたと音を立てて階段を下りていった。
 中学に上がる少し前から弟とはこんな感じで、昔のような仲良し兄弟とは言えなくなった。弟を可愛がっていた真衣としては、反抗期が酷く恨めしい。
「背も伸びたし、声も変わったし……ホルモンめ」
――私の可愛い弟を返せ!
 真衣は適当にスカーフを結び、カバンを掴んだ。
「母さん! 姉貴は飯いらねーって」
 開けっ放しの扉から階段の下の会話が聞こえてきた。
「え、ちょっと!?」

――ロスタイム二日目――

 「食べるって!」
 ふかふかと弾むベッドのカバーは、見慣れたピンク色と似ていた。けど、どこかおかしく思えて、私は上品なピンクの壁紙を食い入るように見つめた。
「ゆ、め?」
 私は辺りを見わたした。
 薄ピンクでまとめられた部屋には自分が座っているベッドと小さな机しかない。物の溢れる自室とは程遠い、シンプルな部屋だ。
――何してたんだっけ?
 私は寝癖の付いた髪を手で直しながら思い出そうとする。
――たしか、よく分からないところに来ちゃって? それで。
「あ……帰らなきゃ」
 言った瞬間にどうやって帰るのかわからないことを思い出し、私はガシガシと頭を掻いた。
 ぼーとしたまま、ベッドを降りて着替えた。ピンクのパジャマを脱いで、クローゼットから適当な服を取った。
 白いフリルのシャツと、ピンクのチェック柄のスカート。肌寒さを感じて、ベージュのカーディガンも羽織った。
――つくづく可愛いなぁ……ロスの家。
 家も、物も、ピンクやパステル調の色で可愛らしい。囲まれて生活するロスは、それがとても似合っていて、なおさら可愛く見える。
 私は部屋を出て、階段を下りていく。パタパタとスリッパが鳴る。階段の下はすぐにリビングになっている。なのに人の気配がしない。
――ロス居ないのかな?
 私は不思議に思いながらもリビングを抜け、洗面台へ向かった。
「うわぁ」
 鏡に写った私の頭部は、ネコの耳のような寝癖がついていた。
――我ながら酷い。
 どんな寝方をすれば、そんな事になるのか。自分でも不思議だ。私は髪を直してからロスを探そうと決意して、ブラシを取った。

  髪を整えて、身支度を終えて、いくら待ってもロスは現れなかった。家中を探して、部屋まで覗いたけれど、ロスの姿はなかった。徐々に不安が膨れていく。
――どうしよう……探しに行ったほうがいいのかな?
 私は椅子から立ち上がって、もう一度部屋を見わたした。
 この家には時計がなかった。正確な時間は分からないが、ロスを待ち始めてからもう数十分は経っただろうか。
「ちょっと……近場だけでも探そうかな?」
 私は適当な紙に書き置きだけして、外へ出た。外は明るく、辺りには店が並ぶ。少し歩いて中を覗くも、それらのどこにもロスは居なかった。
「どこいったんだろ?」
 私は困って空を見上げた。視界の端に、煙が見えた。
 丘の上から上がっているらしい煙を見て、私は走り出した。
 徐々に家が見えてくる。ログハウスのような木造の家は、屋根から煙突が飛び出ていた。煙突からは煙。玄関前には数段の階段と、ウッドデッキ。――暖炉、かな?
 火事ではなさそうだでほっとする。
 私は都会から引っ越してきた人が、こんな家を畑の真ん中に建てたのを思い出した。畑ばかりの田舎町にはオシャレすぎたのか、周りから浮いていたのを覚えていた。
 ゆっくりと階段を上がると、表札を見る。文字はない。
――大きい家……ロス、いるかな?
 人気の無い家を見上げる。期待半分、諦め半分と言ったぐらいの気持ちだった。私は中を覗こうとドアノブをまわした。
「すみません……ロスー?」
 中は外装と同じように、木目調で揃えられていた。廊下は静まり返り、やはり誰もいないようだ。
 どうしようかと、ため息を吐く。
――カタン。
 ドアを閉めようとしていた手が止まる。物が落ちるような、微かな音に、私は中へと引き返して、辺りを探るように見た。
 玄関から上がり、廊下を曲がる。朝日の差さない、うっすらとした暗がりの中で、目を凝らす。突き当りにはドアがあり、その手前には階段がある。突き当たりのドアが少しだけ、開いていた。
「ロス?」
 私は静かに廊下を歩き、ドアノブを引いた。

  中は薄暗く、パチパチと薪の爆ぜる音だけが響いていた。レンガ造りの暖炉と、ゆらゆらと揺れるロッキングチェア。キッチンとダイニングテーブル。少女が一人。
――ロス、じゃない。
 肩にかかる長い黒髪に、ピンク色のパジャマ。少女は暖炉の方を向いたまま動かない。私はドキドキしている胸を押さえながら、そっと中へ入る。
「あの」
 どう声をかけようかと悩みながらも、少女の背にあわせてしゃがんだ。声をかけられた少女は、肩を震わせると勢いよく振り返った。黒の瞳と、薄いピンクの唇。可愛らしい印象を持たせる少女は、驚いたような顔をしていた。
「おねぇちゃん、誰?」
 少女の表情が、悲しそうに、興味なさげなものに変わった。背は低いものの、声や仕草は、大人に近づきつつある年頃のものだった。少女は弟と同じくらいの歳だろう。私は少女の手にあるものに、視線が行った。
「真衣だよ……それは?」
 それと、指差すと少女はゆっくり視線を落とした。木製のフレームに収まる、一枚の写真。少女はゆっくりと口を開いた。耳元でドクドクと鼓動が鳴っていた。
「お兄ちゃんと、パパと、ママ」
 頭痛がしてきた。私はもう一度、写真を覗きこんだ。遊園地を背景に取られた、普通の家族写真。そこには、若い夫婦と、母親に抱かれる女の子。
「これが、あなた?」
 私は写真の女の子を指差して聞く。少女は小さく頷いた。
「ずっと、前の頃の写真」
 確かに、写真の中の少女は、精々二、三歳といったところだ。面影があったからわかったが、十年近く前の写真になるはずだ。私は、その写真のひっかかりをじっと見つめていた。少女と視線が合うと、少女はゆっくり口を開いた。
「お兄ちゃん、もうずっと寝てるんだよ」
 少女は私を見て言った。頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだった。
「起きれないんだって……パパが言ってたの。このままだと、死んじゃうんだって」
 唐突に少女の顔が涙で濡れる。写真に涙が一滴、落ちる。
「ママに、お兄ちゃんの事話しちゃいけないんだって、パパも言うんだよ。……もう、会えないのかな」
 少女は目をこすって、黙ってしまった。私は震える拳をぎゅっと握った。
「お兄ちゃんに、会いたい?」
 少女は手をどけて、私を見ると、小さく頷いた。
「お兄ちゃんも、会いたがってると思う。きっと、今必死になって頑張ってるから……お兄ちゃんの傍に居てあげて?」
 手を優しく握ると、少女は頷いた。私は手を伸ばして、少女の頭を優しく撫でた。
――絶対、一緒に帰るから。
 ぐっと、歯を食いしばる。
 写真の片隅に、遠慮がちに写っている少年は、目深に帽子を被り、濃い色のサングラスをしていた。白い髪と、赤い目を見せないように。幸せそうな、妹の姿を横目に眺めながら、寂しそうな顔で写真に写りこんでいた。

  泣きつかれたのか、少女は「帰らなきゃ」とだけ言って階段を上がっていった。慣れた足取りで行き着いた部屋のドアノブを回し、ベッドへと潜り込んでいく。薄暗い部屋の中で、私は目を見張った。
 ベッドは少女を飲み込むように、波打つ川となった。言葉を失う私を横目に、少女は慣れた様子で波に身を任せていた。
「バイバイ……お兄ちゃんを、よろしくね」
 少女はそのまま消えた。静かにベッドは元の形に戻った。ピンクのシーツの上には、熊のぬいぐるみだけが横たわっていた。ベッドを触っても、別格変わった所はなかった。
「……大丈夫。ロスは、連れて帰るから」
 私は静かに家を出た。

  家に帰ると玄関の前に、蹲る人影が一つ。ロスが膝を抱えて小さく丸まって、地べたに座っていた。顔を伏せて、じっと動かない。
「ロス!」
 私は早足で駆け寄った。ロスはバッと顔を上げると、安心したように息を吐いた。
「ごめんね、行き違っちゃったみたい」
 傍まで駆け寄ると、ロスは立ち上がって弱弱しい声を出した。
「ううん。僕が何も言わずに出ていっちゃったのがいけないから」
「ロス……ところで、どこに行ってたの?」
 気を使われているな、と苦笑する。ロスは今にも泣き出しそうな顔をしている。私が首をかしげて聞くと「ちょっと買い物」とだけ答えた。
「帰ってきたらおねぇちゃんが居なかったから。僕を捜しにってどこに行ってたの?」
 玄関を開けて、中に入るとロスが質問を返してきた。書置きをしていたメモが、ロスの手の中でくしゃくしゃになっていた。
「えっと……起きたらロスが居なかったから、街を探してたんだけど」
 簡単にどこを歩いたか説明する。
「ログハウスにいったんだけど、そこで女の子と会ったんだ」
 どこまで言おうかと、私は内心ドキドキする。ロスは彼女の事を知っているのだろうか。
「へぇ……珍しいなぁ。ここには人が来ないのに」
「そう、言ってたね。でも、先に帰っちゃったよ?」
 少女はどこかおぼろげで、ロスがここにいることを知っているような感じではなかった。
――そういえば、あの子はどうしてここに来たんだろ?
 ロスもそうだけど、いったいどうやってここに来たんだろうか。私の場合と似てるのかと、考えると寒気がした。
――あの子も危ない目に遭ったわけじゃないよね?
「ふーん……あ、今日はたっくさん、遊んでね!」
 私の心配をよそに、つまらなさそうに返したロスは、思い出したかのように、おもちゃ箱を抱えて駆け寄ってきた。
「うん……そのまえに、ご飯いいかな?」
――ぐぅぅ~
 無邪気な笑顔に、微笑む私の腹部で、情け無い音が鳴った。


――ロスタイム三日目――

『――き――――姉貴!』
――ドサッ!
 重い音と、鈍い痛みに私は目が覚めた。やけに近い地面は、茶色でも灰色でも赤でもなく、柔らかなベージュの絨毯だった。
「い……たい」
 私はベッドからすべり落ちたのか、脇の床に横たわっていた。打ち付けた肩がジンジンと痛んだ。体を起こすと窓から差し込む光りが眩しかった。
――あれ、呼ばれた?
 何か夢を見ていたような気がする。けど、何も思い出せない。
「結局、寝ちゃったなぁ」
 私は話をしなきゃと思っていたのに、ロスに流されてしまったのを思い出す。昨日は遊びつかれて二人とも寝てしまった。
「情け無いなぁ」
 私は頭を掻いて、立ち上がった。もし、ロスたちが危ない目に遭ってここに来たなら、出来るだけ思い出させたくないと思った。それが胸につかえて、ロスに少女の事を切り出す事が出来なかった。
――人の事言ってる場合じゃないけど……帰らなきゃなぁ。
 少女と約束したからでもあるが、ロスをこのままにしておけないという気持ちが大きかった。どうしても、一緒に帰りたいと思う。漠然と、帰らなきゃ、連れて帰らなきゃと思ってはいるけど、方法がまったく分からない。
――あの子が帰ったみたいに……川? あれ?
 ベッドが川のように波打っていた光景を思い出した私は、一箇所ここに来てから川を見ていることに気がついた。

 「おはよう! ロス」
「お、はよう……おねぇちゃん」
 階段を降りて元気に言うと、ロスは眠そうな目をこすっていた。私は洗面台に向かい、盛大に噴き出した。
「今日も、ふあぁ……酷い、寝癖だね」
 後ろから半分眠っているような声で、ロスが言ったように酷い寝癖だった。
――相変わらず爆発してる。
 寝る前に髪を乾かしているのに、セミロングの髪は縦横無尽に跳ねまくり、表現できない形になっている。毎朝がこの髪を直すところから始まる。とてもめげそうだ。
――結わいちゃおうかな。いっそ、短くしてそのままで……天パ?
 私は櫛を持ちながら、ぐるぐると解決策を考えたが、諦める方が早い気がしてきた。私はぺたぺたと音を鳴らして歩いて来たロスを盗み見る。白い髪は短く切りそろえられ、まっすぐに下へと落ちている。
――う、らやましいくらいに……ストレートだ。
 寝起きなのに、ほとんど跳ねがない。ロスは小さい手で小さな櫛を取り、まっすぐな髪をさらに梳く。白いウサギの櫛が愛らしい顔でこちらを見ていた。
「ん? どうしたの?」
 目を開けたロスが視線に気付いて顔を上げた。私はドキッとして身を引く。
「う、ううん。なんでもないよ」
 そこまで気にならなかったのか、ロスは再び髪を梳かし始めた。まだ眠そうに船を漕いでいる横顔がとても愛らしい。
 私は髪を適当に直して、顔を洗うと私はリビングへ移動した。部屋に飾られているものをよく見る。
 丸い鏡、壁掛けの絵、小瓶、水差し、オシャレな小物がそろっている。
 ただ、この家には写真だけがなかった。昨日ロスに内緒でこっそり覗いて回ったが、なにかをモチーフにした絵はあっても、写真だけは一枚もなかった。風景も、小物も、人の写真も、何もない。
――あの写真もない。
 遠慮がちに写る、家族写真。
――あの川に、ロスも連れて行ってみよう。
 私は一昨日みたあの川が、ヒントかも知れないと意気込む。ロスの事も心配だが、自分自身にもあまり余裕がないような気がしていた。
――ここが夢の中だとしてもう、三日。事故に遭ってから眠ってることになるよね?
 私は、病室のベッドで丸三日眠り続けているイメージをする。やけに鮮明に想像が出来てしまって、冷や汗が出るようだった。ロスの後姿をじっとみる。
――私より長く居るなら……ロスはいったいどうやって、ここに来たの?

  ロスの手料理をバケットに詰め込んで「丘に行きたい」とロスを外へ連れ出した。自転車を出し、またがると嫌そうにしているロスを急かす。
「ロス、ほら行こうよ」
――急がなきゃ。
 ロスは先に行ってしまいそうな私に、しぶしぶと言った感じで自転車を出した。ロスが自転車にまたがるのを見て、私は自転車を漕ぎ出した。
 川は丘へ行く途中の道を曲がらずにまっすぐ行ったところにある。通り過ぎたログハウスを、ロスは一度も見なかった。丘へ近づき、川があったところを私は目を凝らしてみた。
――……あった!
 注意深く見ていると、ゆらゆらと光りを反射するものがある。それは夏の陽炎に似ていて、色はないがはっきりとそこにあった。
「おねぇちゃん?」
 道を曲がらずに、進んでいた私はロスの声にはっとする。自転車を止めて後ろを見ると、同じく自転車から降りてこちらを見ているロスがいた。表情はどことなく、悲しそうだ。
「丘は、そっちじゃないよ」
 なにかを悟っているような、その上で諦めているような顔だった。幼い頃の弟がそんな顔をしたことがあった。もう、二度と見たくないと思った顔だ。
「ロス……教えて、あそこに行けば、帰れるんだよね?」
 あの子が帰ったように、あの川の中に行けば。私はじっとロスを見ていた。うつむいて押し黙るロスに、私は背を向けた。
「ロスにも、待ってる人がいるよね? 私もいるんだよ。ほら……名前、呼んでる」
 少し離れた位置でも、耳を澄ますと聞こえてくる。初めて見た時も聞こえたあの声が。
『真衣ちゃん』
 未だにちゃん付けで呼ぶ母の声。どこか、切なそうな、元気のない声だった。
『姉貴』
 声変わりをし始めた、弟の声。相変わらず、姉貴呼びなんだなと、私は苦笑する。こんなときぐらい、昔みたいに呼んでほしい。
「おねぇちゃん」
 振り返ると、ロスは苦しそうに顔をゆがめていた。
「僕には、聞こえないよ……僕には、名前、呼んでくれる人、いないから」 
 無理して笑おうとしているのがわかって、私は泣きたくなった。
「そんなこと、ないよ」
――そんな顔、しないで。
 私は拳を作って、祈った。あの子にちゃんと思いが伝わってくれていることを。けれど、暫くそこにいてもロスを呼ぶ声は聞こえてこなかった。
 ロスは、ゆっくり首を振った。
「意味ないよ。おねぇちゃん……『ロス』って、なんだか、わかる?」
 泣きそうな顔で言うロスに、私は首を振った。本当は、なんとなくわかっているような気がした。
「そのままだよ。『Loss(ロス)』損失って意味……ここに来る前のこと、ほとんど忘れちゃった。だからね、僕を呼んでくれる人も、いないんだよ」
「そんなことない。私は会ったよ、ロスのことちゃんと覚えてる人に」
 ロスは驚いたように目をはったが、すぐに苦笑した。
「嘘だよ。そんな人いない。ここに居るはずもないよ」
「ううん。居たよ。もう帰っちゃったけど……ねぇ、ロス。私にはロスに何があったのかわからないけど。ちゃんと、待ってる人もいるよ。私が保証する」
 優しく、でもはっきりと言うとロスは不安そうな顔をした。
「……ほんと? ほんとに、僕、帰ってもいいの?」
 私は、ぐっと手に力を入れた。どうして、こんなに小さな子がそんな事を気にしなきゃいけないんだろう。
「当たり前だよ!」
 きっと、ずっと不安だったんだ。帰りたかったはずなんだ。私は力強く言って、川を見た。もうあの声は聞こえない。
「でも、僕は帰れないよ」
 川へ向かおうとすると、ロスがはっきりした口調で言った。
「え?」
 ロスはもう泣きそうな顔も、苦しそうな顔もしていない。本気で言っているようだった。
「帰りたくないわけじゃなくて……その川は、おねぇちゃんのだから、僕はその川じゃ帰れないんだよ」
 私はぽかんと口を開ける。
――帰れ、ない?

  ロスは、少女が帰ったように、その人にはその人のための帰る道があり、それが川のように見えているだけで、実際は別の物体としてそこにあるのだと言う。
「それは本人がここに来る前の場所とか、物に関わってるんだけど……僕の場合はそれが思い出せないんだ。だから、今まで川は見つかって無いんだ」 
 あの子の場合はそれがベッドだった。
「私には……川、にしか見えないけど」
「近づけばわかるんじゃないかな。でも、たぶん近づくと引っ張られると思う」
 そう言われて川を見つけた時、無意識に近寄っていたことを思い出す。引っ張られてそのままロスを置いて行ってしまうのはいやだった。
「あの川はおねぇちゃんの帰る道だから、僕はあれじゃ帰れないの……僕の予想も入ってるけど、わかったかな?」
 ロスは帰る気になってくれたのか、素直に教えてくれた。表情はどこか晴れ晴れとしているようにも見える。
「なんとなく……じゃ、ロスの川を探しに行こうか」
「おねぇちゃん……大変だと、思うよ?」
「それでもやるよ。妹ちゃんと約束したし、連れて帰るって」
――はっきりと言ったわけではないけど。
 私は川から離れ、自転車にまたがった。ロスは少し苦い顔で、私を見上げていた。
「あの子は……ちゃんと、帰れたんだね。あんまり、覚えてないんだけど」
「ロスも、帰ろう。もし、思い出せなくてもさ……作っていけばいいじゃないかな」
 ふと、弟のことが頭を過ぎった。妹のことを思うロスの気持ちはきっと、もっと複雑なんだと思う。単純に仲が悪いとか、そういったこととは比べられないのだから。

  丘の周り、まだ入った事のなかった民家の中、店の中、街のいたるところを隅々まで回った。それでも、川は見つからなかった。ロスは半ば諦めているのか、困ったような顔を終始していた。
「おねぇちゃん。やっぱり」
「無理じゃない。諦めちゃダメだよ」
 心配そうに見つめてくるロスをじっと見つめ返す。もう日は暮れて、見ていないところは数箇所となっていた。夢の世界でも日は落ちる。眠気も疲れもちゃんとする。
「もう、今日はやめようよ」
「……まだ。もう少しだけ、探そうよ」
 不安が強いのか、ロスは辛そうに言った。その顔に少し迷うが、私は新しい家へ入って行った。いやな予感がしていたからだ。
――体が辛い。
 ロスの川を探し始めてからだろうか、体が重くなっていっているような感覚がしていた。気付くとふらふらと川の方へ足が向く。何かの力に引っ張られているような気がして、私は内心焦っていた。
「おねぇちゃん、顔色悪いよ? 今日は休もうよ」
 ロスが後ろからパタパタと音を立てて駆け寄ってくる。
――ああ……だめだなぁ、私って。
 どうして、うまくやれないのだろう。ロスに心配をかけてしまう。気を使わせたくないのに、自分の事だけ考えてほしいのに。
――自分だけ、帰れないかも知れないのに。
 不安でいっぱいのはずなのに、ロスは私の心配をしてくれている。それが今はただ、情け無いと思った。
「ごめんね」
 ただそれだけしか言えなかった。じわりと、汗と共に涙が溢れた。

  頑張っても、頑張ってもうまく出来ないことがあった。嘘をつくことだった。人を傷つけたり、騙したりするつもりはないけれど、うまく出来ないことで傷つけることもたくさんあった。
 きっと気付いてしまったら、傷つけてしまうだろう。それがわかるから、ごまかそうとする。頑張って、頑張って、ばれないようにしてるのに。
――うまくいかない。
 すぐにばれてしまう。仲が良ければ良いほど、大切な分だけ、守りたいと思うのに、その分まで嘘は難しくなった。結局は嘘をついたことを怒られる。
 怒ることは、辛い事だと思う。好きだから、気に入っている相手だから、余計に腹が立つ事だってある。
 嘘をつく事が優しさだなんて、そんな身勝手な言い訳は通用しないのだと、ずっと前に気付いていた。気付いていたのに、また傷つけてしまう。
――いつまで続けるんだろう。
 癖になっているのか、気付けば嘘をつく。相手を思うふりをして、誰を守っているのだろう。嫌気に頭が痛む。
 相手が気付かなければいい、そうすれば平和だ。そんなことを心の片隅から投げつけられる。いつか気付いてしまうことを、先延ばしにすることに意味なんてないと、感づいているのに、口から出るのは嘘ばかり。
 人を傷つける嘘を、私はまたついてしまった。弟を傷つけては、自己嫌悪に陥る。その繰り返しを、私は夢の中でもしてしまった。
 強い罪悪感に、胸が詰まるようだった。
「帰ろう。おねぇちゃん」
 ロスが私の手を引いた。そっと私が歩き出すのを待つ彼が、とてもたくましく見えた。
――男の子って、ずるい。
 子供、子供と思っていても、不意をつく強さに恋焦がれる。私はロスの小さな手をぎゅっと握り返した。
 ぐっと涙を拭くと、引力に負けそうな体に精一杯の力を入れて踏み出す。ロスの隣を歩いて、ピンクの家へ帰る。もしも、こうやって同じ場所に帰れたなら、笑っているロスを見届けられたなら、幸せなのに。
 私はきゅうと、胸が締め付けられるような感覚に首を傾げた。

  いつもと同じ帰り道。私はいつもの公園で弟と遊んでいた。弟は引っ込み思案で、友達が出来にくかった。いじめられて無いか、小学六年になった頃はそんな心配をしていた。
「ねぇ、歩。友達できた?」
 なるべく優しい口調でそう聞くと、砂に絵を書いていた弟の肩が跳ねた。
――やっぱり。
 弟の友達と言えば数えるほどしかいなかった。どの子も大人しくていい子だとは思うが、もっといっぱい友達を作って欲しかった。自分が大勢の方が楽しいと思っているのもあるが、相談できる子がいて欲しいと思っていた。
「……別にいいもん。友達、いるし」
「またそんな事言って! 歩いっつも一人でいるし……ねぇちゃん心配だよ」
 家で一人で本を読んでいる事の多い弟が、私には不思議でならなかった。
――一人で本なんか読んで楽しいのかな。
「次の日曜、運動会でしょ? 歩、練習できてる? ねぇちゃんが見てあげよっか?」
 運動嫌いの弟は運動会の前に必ず渋る。保育園のときからそうだ。鉄棒から飛び降り、身を乗り出して言うと歩はいきなり振り返った。
「ねぇちゃんとは違うんだよ! 僕は……運動苦手だし、勉強できないもん! ねぇちゃんみたいに友達、いっぱい、いないし。僕、もうねぇちゃんと比べられるのヤダ!」
 そういうと弟はさっきまで描いていた砂の絵を踏んで公園から飛び出して行った。私はその場でぽかんと突っ立っていた。
 弟の怒る顔を、怒鳴る声を始めて聞いた気がした。嫌がる時も大声を出す事はなくて、どちらかと言うとすぐに泣き出すほうだったから。
――歩が……怒った。


――ロスタイム四日目――

  私はやけに体が重いなぁと思った。夢に見たあの時の気持ちと同じくらいに。大好きな弟に怒られた、怒らせてしまった。そのことが頭の中にいっぱいで、私はその場で泣いたと思う。もうだいぶ前のことで記憶は曖昧だけど、どれだけショックだったかははっきりと覚えている。
 しばらくしてから家に帰ると、歩が泣きじゃくりながら謝ってくれた。帰りが遅くなったことは怒られたけど、母は笑っていた。なぜか母は私たちのケンカを喜んだ。
『たまにはケンカも必要なのよ』
 いくら聞いても、母はそれだけしか答えなかった。歩はそれから少しずつ、私から離れて行った。友達を作って、離れて行ったのだから、喜ばなくてはいけないはずだった。
――寂しかった。
 だから、自分も友達と過ごす時間を増やした。家に一人でいることのないように。別に一人でいること自体は、悲しい事ではないんだと、最近は思うようになったけれど。
――いつも、歩がいたから、慣れなかったなぁ。
 私はふと、瞼を上げた。弟を思うのに近い感覚で、ロスの事を思い出した。
 目を開けると辺りはもう明るくて、いつもならもう起きている時間のようだった。私は手を動かして気がつく。
 視界に入った手は、じっとりと汗をかいていた。顔を触ると同じように汗をかいている。昨日はそんなに寝苦しい夜ではなかった。
――なんだろ……頭が、ぐらぐらする。
 体が重く、起き上がるのが少し辛い。昨日のような引力はなかったが、どこか覚束ない、不思議な感覚がする。私は深呼吸をしてベッドを降りた。

  階段をなんとか降りていくと、ロスは既に朝食の準備を済ませていた。テーブルに朝食の皿を置くと、私に気づいたロスは目をむいた。
「おねぇちゃん? 顔色悪いよ?」
 パタパタとスリッパの音を響かせて、ロスが駆け寄ってきた。またやっちゃった。心配をかけてしまった。私はロスの表情を見て思う。
「ごめんね。なんか調子悪いみたい」
 視界が歪んでいるような感じが気持ち悪い。ロスは一瞬戸惑ったけれど、私の手を引いて椅子に座らせてくれた。
「とりあえず、食べて」
 ロスは私の向かいに座った。じっと私の様子を確かめるように見つめている。
――食べなきゃ。
 私が一口食べるのを見たロスは息を吐いた。安堵のようにもため息のようにも見えた。ロスも暫くして食事に手を付け始めた。
 いつもよりもゆっくりのペースでの朝食が終わった。とたんにロスが切り出した。
「おねぇちゃん。外に行こう」
 ロスは言い出すなり立ち上がり、私の手を引っ張った。
「え、ちょっと、ロス?」
 ロスの唐突な行動に頭が追いついていかない。私は重たい体を素早く動かす事ができなくて、それが余計にロスを焦らせているみたいだった。
「早く、行かなきゃ」
 ぼそりと、ロスが低く呟いた。一瞬だけ見えた横顔は、知らない男の人のように見えた。私はロスに引き摺られるように外へ出た。

  自転車を出すだけの時間も惜しいのか、ロスはすたすたと歩いた。行き先の予想がつき出して私は嫌な汗をかいた。
「ロス!」
「大丈夫だよ」
 ロスはこちらに見向きもしない。私は焦って止めようと歩くのをやめた。  
 さすがに私を引き摺っていくのは出来ないのか、ロスが振り向いた。睨むような視線に心が痛んだが、私は口を開いた。
「一人じゃ、帰れないよ」
 視線の先には荒々しく揺れている川が一つ。離れていても微かに家族の声が聞こえてくる。自分を必死に呼んでいるのがわかる。
「でも……だめだよ。おねぇちゃんはもう時間がない」
 ロスが険しい顔で言う。たった四日しかいない私に時間がないなら、ロスはどうなんだろう。私は徐々になくなりつつある感覚を確かめるように拳を作った。
「私、ロスと一緒じゃなきゃ帰らない」
「おねぇちゃん!」
 ロスの口調が荒々しくなった。
――ああ……子供みたいだ。
 一緒じゃなきゃ帰らないと言う自分も、帰れない事実から目を背け続けたロスと何も変わらない。ロスの声がどこか男の人のそれに近いような気がした。
「このままじゃ、おねぇちゃんまで帰れなくなっちゃう! それだけはダメだ!」
 どうしてそんな事を言うのだろう。どうしてそんな事がわかるんだろう。ぼんやりとし始めた頭を私は横に振った。
「っ……僕みたいにはなってほしくないんだよ! どうしてわかってくれないの?」
 ロスが叫んだ。その顔が苦しそうで、私は流れていく涙を手で追った。
「ロス、一つ約束」
「……何?」
 手で必死に目をこすったロスは顔を上げた。私はその赤い目をじっと見る。
――綺麗だな……こんなに、綺麗なのに。
「一緒に、帰ろう」
――どうして、一緒にいられないんだろう。
 きっと、傷ついて、でも優しさは捨てられなくて。だから、優しくしてくれたはず。大事に持ち続けることのほうが、捨てるよりも難しいのに。
「お、ねぇちゃん」
 ロスの真っ赤な目から、透明な涙が流れて地面に落ちる。白い髪は汗でうっすら肌に張り付いている。自分とは違う、まるで違うものを持っている少年ともう一度、違う場所で出会えたなら。
「待ってるから。いつまでも」
――もう一度。
「絶対、会いに来て」
――笑ってるところが見たい。

 ロスは静かに頷いて、私の手を離した。私は前を向いた。耳を澄まさなくても、声がはっきり聞こえる。体の感覚はどこか遠い。
 本当に、限界だった。意識はほとんどぼんやりとしたもので、気付いたら川の目の前まで来ていた。川の流れは近くで見ると、思いのほか激しかった。声は途切れ途切れになっていて、聞き取る事は出来なくなっていた。
 ザアザアと流れている川の中にぼんやりと、馴染みのある公園と倒れた自転車が見えた。空からみているような風景で、素直に馴染めない。そこに横たわる自分の姿が写っているから、余計かもしれない。
――信じよう。
 後ろを振り向く。私の視線に気付いたロスが一瞬顔をしかめたような気がした。何かを言いたかった。言葉は出なかったけれど。口を開けるのと、ロスが走り出すのは同時だった。
 私は後ろへと強い力に引っ張られた。力の入らない体は、簡単に倒れた。やけにはっきりと水の音がした。ロスの姿はすぐに見えなくなった。
 ゴーと言う激しい音が耳元でして、視界はもやがかかってみたいにぼやけていた。不思議とどこも痛くなかった。
 最後にロスが笑ったように見えた。初めて会った時のような、天使の笑顔なんかじゃなくて。苦々しくて、半分は泣いているような、笑顔といえるのかわからないぐらいの表情。
 笑っていてほしいと思う、私の願望が見えていただけかもしれない。それでも、ロスは笑っていたと思う。

  川は静かに消えた。ベタンと地面に手がつく。真衣に触れる事は出来なかった。ロスはぼたぼたと溢れては落ちていく涙の意味も考えなかった。
――帰らなきゃ。
 ただ、それだけ。ロスは膝に力を入れて立ち上がった。砂に汚れた手で顔を拭う。じゃりじゃりとして、痛かった。それでも、歩き出した。
――待ってて、くれるなら……帰りたい。
 真衣のいる世界に。もしも望む場所に行けなくても、他の誰も望んでなくても。一人でも待っててくれるなら、帰りたい。
――妹も、待ってるって言った。
 自分はもうほとんど覚えてない妹に、真衣は会ったという。すぐに帰ったと聞いて、安心したのに、すぐに寂しく思った。
 会いたかった。でも、会いたくなかった。もし、向こうが自分を覚えてなかったら、そう考えるだけで手が震えた。唯一の、頼りだった。慕ってくれる自分よりも小さな手が。
 ロスは走り出した。川へ飛び込んだときに擦った膝から、血が出ている気がした。それでも、走った。一つだけ、思い当たる場所があった。結局真衣には何も言えなかったけれど。
 不意に鼻をつく香りがした。空が微かに曇っているのが見えた。それは雲なんかじゃなくて、煙だった。前方に見える煙突から、煙が出ていた。
「なん、で」
 今まで、一度だってなかったことだ。どれだけ、近づきたくないと思っていても、視線は自然とそっちを向いた。毎日、その家を見ては、目を伏せた。
 誰もいない、静かで、冷たい家だった。それも、少しずつ忘れていった。もう、家族のことはほとんど思い出せない。
 思い出なんて何もない家なのに、どうしてか知っているような気がした。流れてくる香りはどこか懐かしいような感じがした。真衣を置いて川の様子を見に行ったあの日、かいだような気が少しだけした、匂い。薪を燃やす、暖炉の匂い。

  真衣はすぐに帰ってしまうだろう。そんな予感がしていた。もうほとんど覚えていないけれど、前に来た人もそうだったから。彼女達には、帰る場所があって、帰る意思があるから。
――僕とは……違う。
 嫌な事はほとんど忘れた。それでも、嫌いな見た目だけはどうしても変わらなかった。
 目の前の川は穏やかに流れ、彼女の現実の姿を映していた。白い、病室のベッドで眠る彼女の姿は、綺麗で壊れてしまいそうだった。
――もって……あと二日。
 それ以上はここにいられないだろう。真衣の怪我の加減からそこまで長く寝込む事はなさそうだ。現実に意識が引っ張られるにつれ、彼女はここから遠のいていくだろう。
――また……一人か。
 どれだけの時間が経ったのか、全くわからなくなっていた。今自分がいくつなのかも、ここに来てどれだけ経ったのかもわからない。ただ一つ。
――僕も、そろそろ。
 終わり来るような予感がしていた。この生活も、一人きりの世界も、もうすぐ壊れる気がしていた。限界が近いのは自分もきっと同じだろう。
 踵を返し、家へ戻ろうとすると、ふと何かが匂った。それはすぐに消えてしまって、なんだったか思い出す事は出来なかったけれど。懐かしいような、香ばしい匂いだった気がした。

  ロスは思い切り走り出した。嫌な痛みがして、足ががくがくしても、もがくように走った。たどり着いたログハウスは、煙突から煙を出し続けていた。疲れでもう一歩も動ける気がしなかった。
 ロスは玄関前の階段に腰をかけると、そのまま後ろへ倒れこんだ。息を整えようとしても、出るのは咳ばかりだった。喉の奥を突かれるような痛みには、ずいぶん苦しめられたような気がする。
――前にも……こんな痛いの、あったかも?
 喉がひりひりして、咳が止まっても全然楽じゃない。ずっと痛いままで、嫌な思いをしたような気がする。少しだけ、思い出せそうな記憶に浸っていたいような、ただ休みたいだけのような気分で、そのまま目を閉じた。
 暫くして、そっと誰かに頭を撫でられたような、そんな気がした。目を開けると木製の天井。抜けるような青い空がその端に見える。じっとりと掻いた汗は乾き始めて、余計に気持ち悪かった。ロスは起き上がった。
「……あれ」
 ふと怪我をしていた膝に視線を落とす。数分しか経っていないはずなのに、何事もなかったかのように、傷は消えていた。手で触っても痛みはない。ロスはすっと立ち上がった。
――早く、帰りたい。
 それまでは便利だなくらいにしか考えていなかった現象が、唐突に気味の悪い事に感じた。現実ではありえない世界が、今は妙に怖いと思った。
 ロスは振り向き、深呼吸を一つすると、ログハウスのドアノブを回した。

  家の中は静かだった。見覚えのある風景に、頭痛がした。
――ここを、曲がる。
 玄関を上がって、角を曲がる。
――奥が、リビング……階段の上に部屋が三つ。
 自然と家の内装が見えてくる。ロスは廊下を進み、リビングへ入る。薪の爆ぜる音が響く暖炉へ、ゆっくりと近づいていく。
――……ここで、なにかが。
 あったはずだった。暖炉の前までくると、薪が燃えているのを確認する。心の奥がざわめいて、震えが止まらない。額に掻いた汗を拭うと、暖炉の上に置かれているものに気付く。
 それには、一枚の写真が収まっていた。シンプルな木製のフレームの中で、楽しげに微笑む家族。そこに不自然に写りこむ自分。
 ロスは言葉なく、それを手に取ると目を伏せた。涙が止まらなかった。
――帰りたい。
 いい思い出なんて、無いし。写真も言ってる。『望まれて無い』って。
――それでも、帰る場所なんだ。
 ロスは顔をあげた。暖炉の中の薪は燃え尽きていた。写真の中の妹は笑っている。 

 リビングをあとにして、階段を上がる。一番手前が妹の部屋。隣が両親の部屋。一番奥が、ロスの部屋だった。
 都会から引っ越して、田舎に家を建てたのは妹が生まれるよりも前だった。まだ、母が名前を呼んでくれていた頃。アルビノである自分を気遣ってくれていた頃のことだった。
 目が光に弱いからサングラスをして、白い髪を隠すように帽子を被っていた。そうするのが当たり前だった。けれど、そうさせたのは紛れもなく母だった。田舎に引越しを決めたのも母だったのだろう。
 ロスは写真を机においた。小さいままの勉強机には、使われていた形跡がほとんどない。部屋の電球は切れたままで、明かりは点かない。埃を被っていないのが幸いと言ったところだった。
――誰も……来ない部屋。
 病院から帰ってきても結局は一人だった。妹が生まれてからは、ずっとそうだった。母の愛情はすべて、妹へ注がれていった。そして自分は、母の記憶の中から消えた。
『重度の記憶障害です』
 精神科の医師が言った。どうにも、一部の記憶だけがぽっかり抜けてしまったらしい。その一部が、自分でよかったと思った。忘れられているなら、諦めがつく、愛されなくても、傷つかない。
 そんな、勘違いを起こした。ロスは母と関わらないようにした。それでも、だめだった。母は見掛けるたびにロスを家から追い出した。
――知らない子供が家にいたら誰だってそうする、のかな?
 何が普通なのか、ロスはわからない子供になっていた。学校に行っても、友達は出来なかった。見た目のせいだけではなかったのだと思う。
 ロスには、苦い思い出しかない家だった。部屋の片隅に置かれたベッドはうっすらと、見逃してしまいそうなほど小さく、波打っていた。
 決意が揺らぎそうだった。忘れていた記憶がとたんに蘇ってくる。
『本当に帰りたいのか?』
 そう、誰かの声で聞かれているような気がした。
『何もない家に? いい思い出なんてない家に?』
 帰ってくるなと、言っているような気がする。でも誰が。
『帰ったって、誰も待ってないぞ。真衣だって、結局出会えるわけもないんだ』
 やけになっているような声が、どこか近くから聞こえてくる。青年のような声が、川からやけにはっきり聞こえていた。
 ロスはじっと、見覚えのほとんどないベッドを見下ろす。
『お前だって、帰ってきたら忘れるんだ。もう二度と、そっちへは戻れないんだぞ?』
「……別に、覚えていたいわけじゃないよ」
 何もないのは、ここも一緒だった。逃げたくなるほど静かで、帰りたくなるほど寂しい場所なのは、ここも一緒だ。
『このまま死んだほうがいくらかマシだよ』
「そんなの、わかんないよ。死んじゃったら終わりだもの」
 全てをなげうつような言葉に、ロスは強く返した。言ったとたんに、真衣に顔がちらついた。
 ベッドの波に酷くあやふやに、誰かが眠っているのが映っていた。
「マシかなんて、死んじゃったらわからないよ」
 青年は黙った。ロスはベッドへ腰をかけた。青年が誰なのか、見当がついた気がした。
「だから、僕は帰るよ。それで本当に何もなかったら、そのとき考えるよ」
 弱かった波が徐々にロスを包んでいった。波は激しくなり、体がベッドへと沈んでいく。もう声は聞こえなかった。ただ、波に飲まれていく途中で、女の子の声が少しだけ聞こえた気がした。 


 白い正方形が並んでいる。白を基調とした家具がちらりと見えていた。
「真衣!」
 私は聴こえてきた声に振り向く。
「おかーさん?」
 振り向くと、母が心配そうな顔で私を覗き込んでいた。なぜか酷く懐かしいような気がして、涙があふれ出た。
「真衣ちゃん……心配させて」
 私は母の泣きそうな顔を、ぼんやりと見つめる。少し痩せただろうか、母の顔が疲れているように見える。
「あんた、トラックにはねられて四日間も寝込んだのよ? 覚えてない?」
 母はため息をついて話すと「先生呼んでくるわ」と涙ぐんだ声で言い、病室を出て行った。
 私はゆっくり体を起こしていった。ぼんやりとしたまま、体をよくみる。所々外傷はあるが、あまり痛みはない。ただ、頭が酷く重たかった。
――なんだろう……思い出せない。
 私は手を動かしてみたり、足を動かしてみたりしながら考える。眠っている間、なにか夢を見ていた気がするのに、思い出せない。どんよりと重たい頭は、それ以上うまく働かなかった。
――でも……悲しい夢だった気がする。
 思わず泣いてしまったのは、なぜだったんだろう。私は呆然と窓の外で色づく赤い紅葉を見つめた。晴れた空の青さは白にもよく似ていた。

「ねぇちゃん!」
 がたんと、派手な音を立てて病室の扉が開かれた。私は驚いて体が硬直した。私が目覚めた日の夕方に、弟は息を切らしてやってきた。
 久しぶりに会った弟は、まだ真新しい学生服を既に着崩していた。走ってきたようで、汗をかいている。息も乱れていて、扉に寄りかかるように立って、息を整えるのに精一杯のようだった。
「あ……ゆむ?」
「……生きてる」
 私が名前を呼ぶと、歩は荒い呼吸の途中で、それだけ言った。黒い髪は短く切りそろえられ、所々が跳ねている。顔は母似で、少しつり目だ。黒い目が私を見て、少し和らいだように見えた。
「生きてるよ? なに、その酷い言い方は」
 心配をかけたかもしれないが、その言い方はあんまりだと思う。むっとしていると、歩はその場にしゃがみこんで深いため息を吐いた。
「歩? なに、大丈夫?」
 いきなり座り込んだ歩に近寄ろうと、私はベッドから降りようとした。
「大丈夫? じゃねーよ! それを言いたいのは俺のほうだっての」
 ベッドから降りようとする私を止めて、歩は怒鳴った。歩に怒られるのは、一体いつぶりだろう。びくりと体を止め、黙り込んだ歩に言葉を促す。「歩?」
 ぐったりとした様子で俯く歩は、息を整え終わると、ゆっくりと話だした。
「いきなりさ、事故に遭ったて知って……来てみりゃ、ずっと寝てて……ねぇちゃんのが、大丈夫なのかよ?」
 歩は息をはきながら、頭を掻きながら困ったような声を出した。
「歩……ごめんね。ありがとう」
 歩は顔を上げると、泣きそうな顔で笑った。
「なんだよ。それ」
 呆れたような、乾いた笑いだった。
「心配してくれたんでしょ? ありがとう。ねぇちゃん嬉しいよ」
 歩がまた私の事を「ねぇちゃん」と呼んでくれた事。泣くほど心配してくれたことが、泣きたくなるほど嬉しかった。
「……ばーか。ばかねぇ」
 歩は悪態つくとまた俯いた。静かなうめき声が聞こえる。
――泣き虫なのは、かわってないんだなぁ。
 もう見た目は大人に近いのに、泣き出すと長いのも、泣きながら怒るのも昔と変わらない。
 私は胸のどこか深くに、懐かしさが芽生えていた。昔の事を思い出しているような、別の何かを思い出しているような感じだった。
――なんだろう、この感じ。
 私は泣いている歩をあやしながら、首を傾げた。

 弟が落ち着いた頃、母が弟を迎えに来た。母は目がはれるほど泣いた弟を見て笑った。私も一緒になって笑っていると、弟はまた怒鳴った。
「いいから、ねぇちゃんはさっさと怪我治せよ!」
 笑われて恥かしいのか、顔を真っ赤にして怒ると病室を飛び出した。
「あ……あの子も、心配してたのよ」
 母は乾いた笑いをこぼして、弟の後を追って病室を出て行った。
――わかってるよ。
 わかってる。嘘が下手なのは、姉弟そろってだから。

 歩はそれからもよく見舞いに来てくれるようになった。口は相変わらず悪いが、以前よりも距離が近くなったようで嬉しかった。
 中学に上がって暫く経っているが、友達は順調に出来ているようだった。これまでは、いくら聞いても教えてくれなかった。
――それだけ、心配かけちゃったって事かな。
 歩は質問にもある程度答えてくれるようになり、自分から話をしてくれた。病院生活を暇だと嘆いた私への気遣いなのかも知れない。
「俺、サッカー部にしたんだ」
「へぇ。結局サッカーなの?」
 歩は楽しげに言った。中学に上がった時、何の部に入るか、悩んでいたらしい。
 私はそれまでやっていたサッカーを続けるのだと思っていた。けれど、歩は別のスポーツにも興味を持っていたらしい。
「結局って何だよ……面白い奴がいてさ。そいつがサッカー部に入るって言うから」
 歩は楽しげに面会時間が終わるまで話続けた。私は懐かしい気持ちで、それを静かに聞いて過ごした。幸せな時間だった。
 忘れている何かを、考える時間は徐々に減った。

 病院生活のほとんどは、面会とリハビリに費やされた。事故に遭ってから四日間も寝込んでいたせいで、体はなまってしまったらしい。医者は暫くすれば元に戻るだろうと、笑って言ってくれた。
 リハビリと面会中以外は、ずっと暇だった。本は元々あまり読むほうではないので、すぐ飽きてしまうし、運動は出来ない。
 病室に篭って何かをするのは、部屋に篭るのに慣れていない私には苦痛だった。
 面会には家族以外に友達も来てくれたが、持ってきてくれるのは宿題ばかりだ。
「たまには違う物も持ってきてくれたらなぁ」
「何よ。届けてあげてるだけ感謝しなさい。それ、明日までに出すやつだからね。退院したらどうせやらなきゃいけないんだから」
 面会に来てくれた友人、由紀(ゆき)はきつい口調で言った。目の前には現代文の宿題プリント。
「わかってるよ。でも、終わる頃には面会時間も終わっちゃうじゃん」
 軽く睨むような目で私を見た由紀に、わざとため息をついてみせる。出来れば勉強ではなく、普通の会話をしたい。
「……提出期限は延びないから。今日中にやって、私が出しておいてあげるから。話たかったら、早く終わらせなさい」
 由紀は高校からの友達だが、今では一番の友達だと思っている。
「教えてくれるんだよね?」
 私が首をかしげて見せると、由紀はペンを取って静かに説明しだした。由紀は厳しい事ばかり言うし、怒鳴られる事だって少なくないけれど。
――ちゃんと、教えてくれるし。
 それが由紀なりの優しさなのだと思う。何より、私は彼女の歯に衣着せぬ物言いが好きだった。
「ちょっと、聞いてる? これ読んで」
 由紀の顔をじっと見ていた私は慌てて、指されたところを読む。
「えっと……しんいせい?」
「心因性。精神面からくるってこと」
 指された場所を読み出し、漢字に躓く私に由紀は読みを教え「メモしとけ」と指で教科書を叩いた。
「んと……精神的原因で、一時期の記憶を失くした人の事を言う。本作では母親同士のいじめによるものと思われる」
 教科書に載っていたのは、記憶を失くした人の話。本やゲームの中でしか聞かない言葉だったが、考えさせられる内容だった。
 私は、知らない事を責められ、悲しまれる事がどれだけ辛いか考えた。
――怖くて、きっと悲しい。
 どれだけ考えても、予想もつかないほどのことなんだろうと、思うと胸が苦しかった。

「はい。こんなところでしょ。終わりだよ」
 数十分とした頃、プリントは終わった。一番時間が掛かったのは、感想文の方だった。
――なんて、書いたらいいのかわかんないよ。
 悩む私に由紀は「適当に書け」とアドバイスをくれたが、どうにもそういう気持ちにならなかった。
「あ、あれ、弟君じゃない?」
 由紀は窓の外を指差した。私は背伸びをやめ、身を乗り出す。窓の外には、ユニホームのまま病院へ入っていく歩が見えた。
「本当だ……部活終わったのかな」
「みたいね……いいわね、仲がよくて」
 視線を戻すと、由紀は悲しんでいるみたいに微笑んでいた。
「最近はお見舞いに来てくれるけどね。ちょっと前までは酷かったんだよ? 反抗期で」
「でも、何ヶ月も話さないほどじゃないでしょ? 充分でしょうよ」
 私は入院する前の歩を思い出して、顔をしかめたが、由紀は目を伏せて言ったので何も返せなかった。
 詳しい事は聞けていないが、由紀の家族はあまり仲がよくないらしい。
「あんたは弟と一緒に笑ってるのが、普通だったんでしょ……もちろん、悪い事じゃないよ。いいことだし、あんたはそれでいいんだと思うよ」
 由紀が少し悲しそうに見えて、私は小さく頷くことしか出来なかった。
「まぁ、私はあんたみたいにうるさい姉はいらないけど。ブラコンだし」
「ブラコンって……酷いなぁ」
 暗くなっている私に気づいているのか、由紀はおどけて言った。気遣いのうまい由紀に乗せられて、私は残りの時間を楽しく過ごせた。

 私は入院してから二週間、まだリハビリの最中だった。それでも、経過はいいらしく、一人で出歩く許可はすぐに出た。
 少し寒くなりだした初冬の病院の廊下はひんやりとしていた。動いて暖まった体に、手すりのひんやりとした温度が気持ちいい。
 鈍っている足は、痺れているときの感覚によく似ている。とても重くて、引き摺るように歩く。歩いているというよりは、持ち上げているような歩き方だった。
 今は大分よくなって、ゆっくりなら普通に歩けるまでになった。
「ふぅ……水ぅ」
 今日は少し多く歩いた所為か、汗をうっすらとかいていた。
――もうちょっとでロビーだ。
 ロビーは自販機とソファー、テーブルにテレビが置かれ、受付と仕切りがされていない広々とした空間だ。診察を待つ人と、散歩している人がごった返す空間が、私は賑やかで好きだった。
 都会に近い総合病院は、町の人達が集まり、いつも賑やかだった。病院だというのに人々の笑い声が溢れていて、私はロビーでは少しも沈んだ気持ちにならなかった。
 病院はとにかく広くて、いくつもの棟に分かれていた。棟の中心に中庭があって、噴水や花壇。その近くには運動場が備わっていた。
 私のリハビリは殆ど室内で、病室のある棟と、ロビーのある中央棟だけの範囲で行っていた。
「水、水っと」
 体力が落ちているせいか、少し動くと汗が出て、息が上がってしまう。私は人で賑わう受付を抜け、自販機へと歩いて行った。
 ロビーのテレビはどこかのチームのサッカー中継を映し出していた。テレビを見る人々の視線はどこか熱っぽい。
 弟が熱心にテレビ観戦をしていたのを思い出す。何かの大会の中継でもしているのか、何人かは見慣れないチームのユニホームを握り締めていた。

 私は自販機に視線を戻し、見慣れない人を見つけた。
 鼻にかかるほど長く伸びた前髪と、肩に掛かる無造作な白髪。細い手足と白い首筋。すらっとしている青年は、ぴしっと背筋を伸ばして歩いてくる。
 私はどこか違和感を覚えて足を止める。すたすたと歩く青年は、私の横をすれ違った。彼は薄紅色のパジャマを着ていた。彼が自販機で売っているジャンスミン茶を握っていたのが見えた。

 テレビから、アナウンサーの声が響いていた。
『ロスタイムが終了しました! さぁ、後半戦、先攻○○チーム! どうでるか!』
 目が覚めたときのような涙は出なかった。秋も終わり、寒くなってきた昼下がり。ロビーの窓から指す日差しに照らされて、私はうっすらと笑みを浮かべた。


*2012年7月に完結したものを加筆修正したものです。
 この物語はフィクションです。
 この先の有料部分は募金用です。作品を読んで応援してくださる方はよろしくお願いします。
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