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2024年3月26日

降り方の激しさに比例し、途切れることなく、それなりの速度で打ち付ける雨音が、うさぎが水を飲んでいる音に聞こえる。

ありきたりの美談は得意ではない。
お涙頂戴も苦手である。
ただ、事実をありのまま伝えるドキュメンタリーに胸を締め付けられたりハートをわしづかみにされたりすることはある。

「虹の橋のたもとで亡くなったペットが待っている」とは、どこかで聞いた話だった。
これも、今までのは私は気休めに過ぎないと思っていた。

3月17日。
6年間連れ添ったうさぎ、リリィにガンが見つかって、2日で逝ってしまった。

6年前にペットショップから連れてきてから4年と5か月、ペットを飼える環境ではなかったので、リリィを娘に託して家を出た。
飼育代を支払い、消耗品やご飯がなくなったら注文して娘に送った。

それから半年後に、リリィを飼える環境を整えて、私の家に連れて来た。
前の家にいた時から、最低限のことしかしていなかった。
リリィは子どもの頃から抱っこを怖がり、ケージから出たからず「うさんぽ」も夢のまた夢となった。
最低限と言うのは、毎日の掃除と朝夕の食事、だけ。それだけとは言え、それは絶対だった。
夫から旅行に行こうと言われれば、リリィはどうするの?!と怒ったこともあった。

自宅に来てからのリリィは、それまで見向きもしなかった野菜や果物を食べるようになり、私と夫に「何かください」と訴えるようになった。
うさぎらしからぬ姿勢で寝そべり、時に木の家の上に飛び乗り、額やあごを撫でられては目を細めた。

先月、リリィは私の職場であるスタジオに引っ越しをした。
人間が寝ている夜しか一緒にいられないなら、私が昼間を過ごすスタジオで一緒に過ごそう。離れている娘も会いに来るかもしれない。夜ひとりになるのが心配だからと途中からカメラをつけて。
寝る前に、カメラを通じて夫と一緒によびかけるのが習慣になった。

息子の受験が終わるころ、リリィに異変が起きたことに気づきながら、経過を見て、大丈夫だろうと思った。うさぎにはよくあることだと、慣れすぎていた。(私は10歳からはたちまで、リリィに見た目がよくにた男の子ウサギ、モモちゃんを飼っていた。)

1ヶ月が経って、これは様子がおかしいと病院に連れて行くと、獣医から大きな腫瘍があると告げられた。
頭の中も顔色もまっ白になった。獣医は、血の気の引いた私に「手術をするかは家で考えてから、また連絡をください」と言った。

珍しく2日間スタジオを留守にするため、その足でスタジオからリリィの荷物を積んで一緒に自宅に帰った。

こんな小さな体に手術を?と思ったけれども、少しでも長生きできるならと「手術を受けさせる」と伝え、予約を取り、その日を待たずしてリリィは亡くなった。
偶然にも日曜日の仕事を休みにしていて、家にいた私に撫でられながら。

すべてがカメラに収まっていた。動物病院とのやりとり、私の震える声、リリィが最後に渾身の力で起き上がり、病院の電話の保留音が鳴り響く中、ご飯をひとつくわえて息を引き取るところも。私の悲鳴と続く慟哭まで、すべてが収まっていた。2回見て、これはもう二度と見ないで良いと、ドライブの奥底にしまった。

「腫瘍も寿命のうちだ」と言う夫の言葉には納得した。でもリリィがいないことに耐えられない。

腫瘍は長い時間をかけて大きくなると、あとから知った。
スタジオにいた最後の1ヶ月半は、私と過ごすためのギフトだったのか。
スタジオに連れて行ったことがストレスになったのではないか。
あの時病院に連れて行っていたら助かったかもしれない。
連れて行っていたら、手術が負担になって死んでしまったかもしれない。
抱っこや散歩嫌いを克服していたら、早くに腫瘍を見つけられたかもしれない。
嫌いなことを強制したらかわいそう。ありのままに育ててよかったのかもしれない。
かもしれない、かもしれない、考えてもわからないことに頭を支配される。

「あの時」は、夫も私も余裕がなく、家の中がバタバタしていた。
夫も私も落ち着いて、息子も無事中学を卒業して、これからだと思った矢先にリリィはいなくなった。

何もしたくないと思う反面、娘を呼ばなければ、きちんと見送らなければと身体は機敏に動く。
葬儀屋さんを探し、翌日に来てもらった。
良心的なその人にもらった読み物をきっかけに、「虹の橋」の話をあらためて読んだ。

気休めなではない。
これは絶望の中の希望だ。

絵本を注文した。
読んでまた泣く私に「泣いたらリリィちゃんが悲しむよ、っていう話でしょう」と夫が言う。

希望の中の絶望もまた顔を出すのだ。
いつかまたリリィに会えることが希望と思える日まで、毎日祈ろう。

もう一度。
虹の橋の物語は、絶望の中の希望。

大好きなリリィちゃん、ありがとう、またね。

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