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モジャモジャの庭は『ボウボウ』なのではなくて、生やしているのである。


先日、まいちゃんに「庭がボウボウだね」と言われました。うちには庭がありまして、なかなかと立派な庭なんです。縁側の正面は日本庭園みたいになっていて、大きな岩があって、そして松があって、なんというか立派なんです。

縁側から見えない橋のほうはまた同じくらいの敷地が会って、そこは洋風なガーデンなんかをこしらえたら素敵になりそうな場所があります。なかなかと立派なお庭です。

まいちゃんは「庭がボウボウだね」と言ったのですが、「ボウボウ」という言葉は少しネガティブな印象を受けました。まいちゃんはそんなつもりで言ったわけではないと思うけど、なんかぼくらが日常で「ボウボウ」という言葉を使うときって、あんまり褒められたことをしたときじゃないような気がしたのですね。

なので、ついついこう言ってしまいました「ボウボウじゃないよ、生やしているんだよ」って。



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ついついムキになってしまったのかもしれません。でもムキになるのは理由がありまして、見た目は「ボウボウ」かもしれないけど、生やしているのは事実だったからです。

世間一般のお庭を見ると、綺麗に整理されているお庭が多いと思います。最近はお手入れをされていない空き地や耕作放棄地もたくさんあるので、「ボウボウ」な場所も増えているかもしれませんが、ぼくは「ボウボウ」が好きなんですね。綺麗に整理された庭があまり好きではありません。



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いい感じに生い茂っています。これはわざとですよ。"あえて" 生やしているのですよ。



これは好みの問題なので、良いとか悪いとかじゃないのですが、ぼくはあまり好きではないのです。綺麗に整理されたお庭はなにか自然な感じがしなくて、息苦しくなってしまうのですね。なんだか人工的な感じがしてしまうのです。まぁ、人工的なんですけどね。

なので「ボウボウ」の庭を見ると安心します。それは人工的な感じがあまりしないからです。庭である以上は人工的なので、少しは妥協している部分はあるものの、庭の植物達は勝手に生えてきているので、力強さを感じます。生きているって感じがします。植物は植えてもいないのに、なぜかそこに生えてきます。きっと風にのって種やら胞子やらがやってきたんでしょうね。





うちの庭には藤がたくさんツルを伸ばしています。これでもかってくらいツルを伸ばしているので正直迷惑でして、致し方なく切ってしまうこともあります。それは他の植物たちに絡みついて、締め付けてしまうからなのですね。可愛そうなので取り除いてあげます。

いずれは大きなパーゴラをお庭に立てて、藤棚を作りたいと思います。ひとつの夢ができました。庭に藤棚を作ります。



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絡まる藤。藤の花は綺麗だけど、こんなに大変なものだとは思っていなかった。しばらく空き家になっていた我が家は藤の楽園になっていた。



藤は本来蔓でどこまでも伸びていく性質です。ですので性質を弱めて手軽に観賞するためにと盆栽などに仕立てで売ってるんですね・・・
それを地面に植えてしまったのなら、例えるなら檻に入っていた猛獣を外に放ってしまった様なもので、人間がきちんと世話をしないことには暴れ放題になるほど勢いの良すぎる植物なんです。

リンク先から引用|https://log.engeisoudan.com/lngb/200907/09070075.html


我が家の藤は檻から出た猛獣ということですね。なんとか共存していこうと思う所存でございます。




植物はどこかからかやってきて、根を下ろして葉を茂らせます。その緑がとても美しいのですね。世間では雑草と言われてしまうような子たちなんだろうけど、それが美しいのです。

しかもその「ボウボウ」に生えた感じがまた整っていなくて、ランダムに生えてくるものだから抽象画のアートのようで感慨深いのですね。人工的ではないということはとても美しいと思います。人間がどうやっても作れないアートですからね。まるでジャクソン・ポロックです。



「ボウボウ」に生えている庭には、当たり前ですが虫たちがいます。じっくり見てみると大量にいます。これは地球に存在している人間の数なんて比にもならないのではないかと思わせられるくらい大量にいます。

正直気持ち悪いのですが、今の時期は葉の裏には毛虫がいるし、アブラムシのような小さな虫も無数にいます。何かの卵的なものもあります。そうやって「ボウボウ」の中を見てみると、命がいっぱいいるのですね。

植物の根元をかき分けて見てみると、なにやら泡のようなものがあります。これはなんだろうと思いつつ、きっと虫がなにかしらをしているのだろうと思い調べてみると、アワフキムシという昆虫の幼虫期の巣のようでした。35年間生きてきてはじめてみた。そのくらい自然とは離れて暮らしていたのかなと思ったのでした。


普通整えられたガーデンでは虫が敵とされてしまいます。排除されてしまいます。農薬を撒かれてしまいます。でも虫だって、なにか理由があってそこに存在しているのです。

土があって、植物がいて、虫がいるのです。虫がたくさんいると鳥があらわれます。うちの庭には鳥がいます。楽しそうに飛び回っています。もしかしたら虫が多いから鳥がいるのかもしれません。

いつも鳥のさえずりが綺麗です。心地よいです。昼間はBGMがいらないくらい心地が良いです。豊かだなって感じがします。




虫がいないと鳥は現れません。植物がいないと虫は現れません。土がないと植物は現れません。「ボウボウ」な庭を見ているととても自然だなって思えるんです。生きているなって感じるんです。その中にいると自分も生きているんだなって思えるのですね。

生きるということはただ存在することだったりするのです。植物や虫や鳥のように、ただそこにいるだけ。ただ存在することが生きるということです。だからぼくは庭にいるのが好きなんです。

今日も庭にいきました。道を作らなければならないので、少し草刈りをしました。これは自然なことではないですが、人間も少し場所をお借りして楽しく暮らしていっても良いような気がします。あくまでも間借りして。



さっとんが「ボウボウ」が好きなのは、八ヶ岳に住んでいるときに出会ったガーデナーのポール・スミザーさんの影響があります。自然な環境だけでお庭をつくるすごい人です。





いずれはうちの庭をナチュラルガーデンにしたいなと思っている今日このごろです。ポールさんに弟子入りせねば。



道を作って、座る場所を作って、「ボウボウ」な草を眺めていることがとても楽しいのです。幸せです。生きているって感じがします。みんなもっと「ボウボウ」にすればいいのに。

そうすればそんなに頑張って草刈りをしなくてもいいし、お手入れもしなくてもいいし、虫の駆除もしなくてもいいし。とってもラクで、とっても美しいのに。人間って面白いなって思います。わざわざ苦労して、美しいものを横目になにか新しいものをつくるのだから。

今日もうちの庭は「ボウボウ」です。「ボウボウ」はネガティブなのではなくて、ただその状態を表す擬音語ですね。とても良い言葉です。


とはいえ、いまは庭の様子を見ているということもあり、放置している感は否めません。一年通して様子を見てみないとどうなるかがわからないのですよね。どんな植物が育つのか、花が咲くのかどうなのかなど。

だからこの一年は冬までおとなしく観察を続けて、冬の間に来年の春に向けて準備を進めていきたいと思います。



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こちらはさっとんが土のことを勉強しているバイブル的な書籍。内容が難しすぎて全然理解できていないので、少しずつ読み解いている最中でございます。








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