謀略の狭間に恋の花咲くこともある #11

(第六話)『Rock’n Roll』前編



 東洋電機の社食で峰村の姿を探していると、ちょうど入り口に姿を現わした。
「一緒に食おうか」
 トレイを持って峰村の横に並ぶ。
「先輩。人事課長がこの時間に来てるのって珍しいですね」
「俺だって、メニューの選択肢がある間に食うこともあるさ」
 今日のA定食が『唐揚げ定食』だという情報も入手済みだ。湯布院で唐揚げの虜になって以来、俺の大好物なのだが人気のメニューだけあって売切れになるのも早い。

 峰村は『冷やし中華とおにぎり』、俺は狙いの『唐揚げ定食』をゲットできてテーブルに向かい合う。
「で、何の用なんすか?」
 せっかちな峰村が用件を促す。
「峰村はビートルズが好きだったよな」
「好きってほど詳しくはないですけど、BGMとしてよく聴いていますよ」
「今度フィルムコンサートがあるらしいんだが行かないか? 知り合いからチケットもらったんだ」
「いいですけど、先輩がビートルズを聴くって知りませんでした」
「結城も好きだったんだよな」
「結城さん、元気ですかね。オレも直接お礼をいいに行かなくちゃならないですね」
「そうだな。わざわざ行くこともないだろうが、またふらっと来るかも知れんから、来たら連絡するよ」
「ビートルズもいいですけど、結城さんと合うのが楽しみです」
「じゃ、来週の日曜日な」


 ――遡ること、昨日の夜。

「有田さん。突然、電話してごめんなさい。笹原美里です」
 夕食後にひとりくつろいでいたら、突然の電話があった。
「お姉さんがどうかしましたか」
 笹原麻紀が会社を辞めてから三ヶ月が経っていた。
「そうなの。お姉ちゃんったら、会社を辞めてから何もする気が起きないみたいで抜け殻状態なんですよ。どうやら峰村さんに迷惑かけたのを相当気にしているみたい」
「そりゃ大変ですね。峰村のやつはケロッとして元気に仕事してるんですがね。麻紀さんが気に掛けるのは逆ですよ」
「うーん……。なんか複雑な心境もあるみたいなのよね。でね、やっとお姉ちゃんを説得して私がバイトしているライブハウスの手伝いをしてもらってるの」
「そりゃいい気分転換になってそうだね」
「そうなの。で、来週の日曜日にウチのライブハウスでビートルズのフィルムコンサートをやるんだけど、有田さんから峰村さんを誘ってきてもらえないかなと思って電話しました」
「え? たしかに峰村はビートルズが好きみたいだけど、どうして知ってるの?」
「実はね、昨日のバイトの時にお姉ちゃんがフィルムコンサートのポスターを見て『峰村課長が知ったら来たいだろうな』ってつぶやいたの。理由をたずねたら、以前に職場でビートルズが好きだって言ってたらしいの」
「そうだね。峰村もモヤモヤしているみたいだし、麻紀さんの気が晴れそうでもあるなら誘ってみるよ」

 ――と、美里からのバトンを渡しただけなのだが、美里の狙いが何なのかはわからない。


 美里のいうライブハウス『Boom』は、渋谷の中でも人通りの少ない小さな露地の三階にあった。美里に場所を聞いて驚いたのは、同じビルの一階にあるパン屋『ゆふの霧』は知り合いがやっている店だった。八年前に大分県の湯布院で出会った岐部さんと歩惟さんの店で、俺も何度か訪れたことがある。
 フィルムコンサートの日も峰村との待ち合わせをゆふの霧にしていた。本家のゆふの森と同じようにイートインコーナーがあって、いつ行っても落ち着ける。パンも美味いがコーヒーが抜群に気に入っているので、約束より二時間前に到着するように出かけた。
 店内に入ると、岐部さんがいつになくニヤニヤしているのが気になったが、小さめのパンをふたつ選んで、コーヒーを注文した。歩惟さんがパンを皿に載せ、コーヒーと一緒に渡してくれたが、歩惟さんの顔もいつも以上ににこやかだった。トレイを受け取ってテーブル席に向かおうとして、危うくトレイを落としそうになった。
 なんと、結城が窓際の席で小さく手を振っているのだ。
「どうして?」
「どうしてってないやろ。未明に聞いたんやないか。ビートルズのコンサートっちゅう名が付けば来んわけにはいかんやろ」
 たしかに、一昨日の電話で自慢した記憶がある。悔しがらせるつもりだったのに、まさか大阪から来るとは思わなかった。
「行動力は認めるけど、チケットは売切れてなかったのか?」
「そこはしっかり美里はんに根回ししとる」
 さすがに抜け目がない。
「結城さん!」
 そこへ峰村もやってきて、先日のお礼やなんかであっという間に開演時間前となった。
 しかし、峰村には笹原姉妹がいることを告げていない。


      (後編に続く)


しばらく事件とは関係のない(なさそうな)章が続きます。


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