謀略の狭間に恋の花咲くこともある #02


 (第一話)『三十秒の物語』後編



「……というわけなんだが、どう思う?」

 俺は、大阪にいる親友の結城孔子(ゆうきこうし)に電話で、峰村の不正疑惑や北山副社長からの極秘裏調査と留守録のことを伝えた。

「どうって……、そんなけ材料が揃うてたら結論は出てるんとちゃうんか?」
 自分で〝名探偵〟を名乗る結城は、他人も自分と同じ思考回路だと思い込んでいるため、ときどき人を食ったような言い方をする。
「それが判らないから電話してるんじゃないか」
「未明のいまの説明を聞ぃても、剣崎部長が怪しいって前提で話してんで」
「そりゃ俺だって剣崎部長を怪しんではいるけど、証拠が何ひとつないじゃないか」
「証拠がいんのか……、邪魔くさいな。『どう思う』って聞くから、結論は出てんでって答えただけや」
 声の調子から、結城も不機嫌になったようだ。
「悪い悪い。何か証拠を捕まえられる手段はないかな」
「あるで」
「えっ?!」
 あまりにそっけなく答えるので、面食らってしまった。
「剣崎部長の留守録SDカードと、その笹原さんって子のSDカードをコピーしたらええ」
「剣崎部長の留守録はゼロ件だぜ」
「消し方にもよるけど、原本からなら復元できひんこともないし」
「本当か? じゃあ明日にでも峰村のを含めて三枚送るから復元頼むよ」
「そんくらい自分でやりぃ」
「自分でできたら頼まん!」
「わかった……。けどなんや立場がおかしぃな」
「ごめんごめん。次に大阪行ったら一杯おごるからさ」
「よっしゃ、モリタでたらふく飲んで食わしてもらお」
「OK!(立ち飲み屋モリタでならいくら飲み食いしても安いもんだ)」

 ふと、峰村の両親の顔を思い出した。いつだったか、房総半島の実家に遊びに行った際に、実年齢以上に年老いて見えた峰村の厳格そうな父親と未だに息子を溺愛していることが見てとれる母親の皺だらけの顔が忘れられない。

「ところで、峰村のほうも気になるけど、どう思う?」
「また『どう思う』って……、こないだ東京で飲んだときに一緒やった後輩ってやつやろ? 気ぃ弱いところもありそうやったけど、大丈夫なんちゃう?」
「そうかな……」
「そんなに心配なら、笹原女史を訪ねてみぃや」
「え? 彼女と何の関係があるんだ?」
「そんなん判らん。そう思うただけや」
「あ、そう……」


 その日の夜、剣崎と笹原の留守番装置からSDをコピーし、原本と入れ替えた。峰村の原本カードも併せて大阪へ速達便で送った。
 剣崎のSDには、何も録音されてない状態だったが、笹原の留守録には削除痕があった。まだ配属されて一年未満の新人なので、電話も少ないのかもしれないが、留守録件数は200件弱しかなく、録音番号がかなり飛び飛びだった。しかも配属直後のものからところどころ消えていた。


 翌日……。
 俺は人事記録で調べた笹原麻紀の部屋の前にいた。
 ビルの名前は『マンション』と銘打ってはいるけど、三階建てのアパートに近いものでオートロックもなかった。

 呼び鈴を押すと、すぐに若い女性がドアを開けた。
 同じフロアなので笹原とは何度も顔を合わせているが、「こんな顔だったかな?」と首をかしげた。服装が社会人風ではないということもあったが、何よりふさぎ込んでいる様子が微塵も感じられないくらい明るい表情と声だった。
「あ、姉の麻紀に御用ですね。少々お待ちください」
 と告げてドアが閉まった。
 次にドアが開いたときには、さっきの女性と似た顔つきだが、雰囲気が180度違う女性が姿を現した。服装はきちんとしているが、化粧もせずに泣きはらしたであろう目をしている。
「笹原麻紀さんですね」
 麻紀は声もなくうなずく。
「東洋電機の有田といいます」
 名刺を取り出そうとすると、麻紀が受け取りを拒否するように手を上げた。
「存じています。散らかっていますが、どうぞ」
 と、部屋の中へ招き入れられた。

 玄関を入るとすぐにダイニングキッチンになっており、小さなテーブルに椅子がふたつ向かい合わせにあった。冷蔵庫の大きさや食器棚を見ると、姉妹で暮らしているのだろうと推測できた。
 最初に応対してくれた女性が、冷蔵庫から麦茶を注いでいる。麻紀の無言の勧めで椅子に腰を下ろすと、麻紀も力なく向かいに座った。

「これくらいしかお構いできませんが、どうぞ」
 麦茶を俺と麻紀の前に置き、席をはずそうとした女性に声をかけた。
「妹さんですか? さっきは、どうしてわたしがお姉さんに用事だと判ったんですか」
「わたし、美里(みさと)っていいます。だって胸についてるバッジが姉の会社のものですからね」
 といい、美里は俺の胸章を指さした。
(なるほど……)
 感心していると、
「じゃ、ごゆっくり」
 軽くお辞儀をして、背中越しに手の甲をヒラヒラさせながら奥の部屋へ入っていった。

「すみません。まだ大学生なので礼儀知らずで……」
 麻紀が恐縮して頭を下げる。
「いえ、中々鋭い観察力を持った妹さんですね」
 麻紀は返事の代わりに軽く微笑んだあと、真顔になった。
「ところで、今日は人事課長さんが直々にお見えになるとは、わたしの処分が決まったのでしょうか」
 麻紀の口調は、恐れというよりどこか諦めのような響きがあった。
「いえ、今は有給休暇を充てていますので、処分の段階ではありませんよ」
「え? 無断欠勤なのに有給休暇扱いにしてくださっているんですか?」
「そうですね。事情が事情だけに、上司とも相談して、無断欠勤にはしていません」
 そのとき麻紀の頬がピクッと引きつったのを見逃さなかった。

「でも、もういいんです。峰村課長が自宅謹慎だなんて納得できません。わたしが会社を辞めます」
 うつむいたままの麻紀が投げやりな口調でいう。
「笹原さんが辞めることはないでしょう。そんなことをすればふたりも抜けてしまう広報課が大変ですよ」
 俺の言葉が予想外だったのか、麻紀が顔を上げた。
「え? わたしが辞めれば峰村課長は復帰できるのでしょう?」
 麻紀の目が、すがるようでもあり探るような光を灯している。
「残念ながら今のままでは解雇になるでしょう。笹原さんは早いうちに出社すれば大丈夫ですよ」
「そんな……」
 麻紀が口元を押えて絞り出したその言葉を最後に、何をたずねようとも、再び麻紀の口が開くことはなった。
「今日来たのは個人的な理由からであって、部長は知らないことです」
 と、最後に告げた言葉も麻紀には届いていないようだった。


「姉が失礼な態度ですみません」
 帰る際にも、麻紀は椅子から立ち上がりもせず、気配を察した美里が見送ってくれた。
「お姉さんが自暴自棄にならないよう目を配っておいてください。もし何かありましたらすぐに連絡ください」

 麻紀から見えないように小声で差し出した名刺を、美里はそっと手のひらで包んだ。


 麻紀を訪問して三日後、月曜日の午前中に開催される定例の幹部会議から戻った俺は留守録ランプに気づき再生ボタンを押した。

「……有田先輩……、峰村です……。ご迷惑をおかけしてすみません。……オレ……、明日の懲戒委員会に出たほうが……いいんすよね……。もう先輩と赤提灯で飲むこともできないなと……諦めてたけど……、先輩の……声聞いたら……めっちゃ飲みたく……なりました。……いえ、こんな出来損ないが後輩で申し訳ないです。………………明日は、なんとかして行きます…………。ツー ツー」

 毎週月曜日は定例の会議があると知っている峰村が、不在を狙って留守録に入れたのだと判った。
 ほんの三十秒ほどのメッセージだったが、峰村の心中は痛いほど判ったし、丁寧な言葉に託した俺の思いが届いていたことに安堵した。


      (第二話へ続く)


当時のコンテストでは、連載にする必要はなかったんですが、同じ世界観で執筆していたので連載小説に組み直しました。

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