謀略の狭間に恋の花咲くこともある #04

 (第二話)『二者択一』後編



 翌日、出社するとすぐに峰村課長から会議室に呼ばれた。
「昨日は大変だったね。なーに、伝票のミスは気にすることはない。『よくある』と言ったらいいすぎだが、こんな仕事をしていたらなくなることはないからね」
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
 峰村課長が無理に平静を装っているのだと判った。私に「気に病むな」と言いたいのだろう。
「で、笹原さんがイベントの際に担当した先方の名刺や連絡先のメモなんかがあったら見せてほしい」
「何か大変なことでも?」
「いや、報告書作成のためにちょっとね……。持ってない?」
 峰村課長の態度には少し違和感を覚えたけど、私のためにしてくださっているのだと痛感したので、イベントで使用したファイルごと渡した。
「サンキュー。ここまでキチンと保管してくれていたなら完璧な報告書が作れるよ」
「報告書なら、私も一緒に作ったほうが良くないですか?」
「大丈夫。明日は土曜日だから月曜の朝までには、ひとりでも何とかなるよ」
 峰村課長は、相変わらず下手な作り笑いを浮かべて会議室を出て行った。私はひと呼吸置いてから席に戻ったけど、仕事が手につくはずもなかった。

 峰村課長は一日中、どこかの会議室に詰めているらしく、退社時間を過ぎても戻ってくることはなかった。


 土曜日曜と眠れない日々を過ごして月曜日に出社すると、社内は騒然としていた。
 私の経理ミスのことかと思ったけど、私を見る反応からして違うようだ。

 峰村課長の姿が見当たらないので、通りかかった佐々木課長代理にたずねた。
「おはようございます。何かあったんですか?」
「あ、おはよう。峰村課長が自宅謹慎を申し渡されたんだ」

(え?! まさか、私の経理ミスの監督責任を取らされたの?)

「何があったんですか?」
 恐る恐る聞いてみた。
「先日〝J-TEC〟があっただろう? あ、笹原さんもメンバーだったやつ。あのときのポスターなんかの発注で不正をやってたらしい」
「えーーーーっ!」
 喉から心臓が飛び出そうになった。あまりの大声に部屋中の視線が集まる。
「そんな大きな声出すなよ。俺だって、課長が不正するなんて信じちゃいないよ」
「だって、それ……」
 ここまで言いかけたとき、私の携帯電話が鳴った。表示を見ると剣崎部長からだ。
「ちょっとすみません……」
 佐々木課長代理に会釈して廊下に出ると、向こうの角から覗いている人影が見えた。携帯電話を耳に当てた剣崎部長だった。
「はい、おはようございます。笹原です」
 剣崎部長の方を向いて頭を下げると、剣崎部長は背を向けた。
「おはよう。麻紀は何も話さなくていい。ぼくに任せろ」
「話さなくていいって、経理ミスは……」
「だから、経理ミスなんかしていないと言っているだろう!」
 声を被せられてしまった。
「でも……」
「大丈夫。心配しなくていい。今夜いつものレストランを予約しているから」
 さっきまでの強い口調とは変わり、優しいいつもの口調になった。

「すみません……。今日は無理です」
 少し迷いはあったけど、キッパリと断って電話を切った。


 その日、広報課の部屋では様々な情報が飛び交った。
 いろんな噂話も混じっていたけど話を総合すると、ポスターとパンフレットの発注を〝関西の異なる会社〟に二重発注していたとのこと。しかも一方は架空の会社だという。
(二社とも、私が発注書や支払い伝票を作った会社だ)
 そのデザイン会社は、大阪支店の営業がギブテクで契約していたので、大阪支店経由で名刺のコピーをもらったものだ。
 広報課からは私以外にもイベントメンバーがいたので、私がその業務をやっていたと知っている人もいるはずだ。

(なのに、なぜ私の話題にならないの?)
 峰村課長が作った報告資料が気になる。
(まさか私のミスをすべて被ったの?)
 それにしても〝不正行為〟を認めたのか?
(私は不正なんかしていない!)
 それでも二重に支払いをしているのなら、誰かが〝不正に〟お金を受け取っているはずだ。
 正直に報告すれば、自宅謹慎なんて処分にはならないのではないか。
(どうして?)

 峰村課長の携帯電話には、何度かけてもつながらない……。


 針の筵の上状態で二日間過ごした私は、水曜日から無断欠勤を決め込んだ。

 会社関係はおろか、誰からの連絡も受け付けないと決めた私は、携帯電話の電源を切ったまま家に閉じこもった。
 月曜日の朝に食事の誘いをお断りして以降、剣崎部長からの電話にも応答していない。
(剣崎部長を信用したいけど信用しきれない自分が嫌い……)

 家の住所は峰村課長しか知らないはずだ。



 ……なのに今日、有田人事課長が家にやってきた。人事なんだから当然といえば当然だ。
(だったら、剣崎部長も知ってるってことね……)

 有田課長は、当然上司である剣崎部長の命令には従うだろうから、無条件には信用できない。

(あれっ?)

 今までの経緯を整理したおかげか、少しスッキリした頭で冷静に考えてみた。
(たしか、有田課長って峰村課長の席によく遊びに来ていたわね)
 ふたりは同じ大学出身でふたつ違いの先輩後輩の仲だと聞いたことがある。
(そういえば、今日も帰り際に「部長は知らないこと」とか言ってたわね)
 この暑い中、スーツを着込んでネクタイ姿の有田課長が目に浮かんだ。
(剣崎部長と有田課長は違うの?)


「美里?」
 自分の部屋から声をかけてみた。
「なーに」
 相変わらず、ほがらかな声が帰ってきた。
「ちょっと話があるんだけど……」
 私がキッチンのテーブルに座ると、美里もちゃっかり腰を下ろした。
「さっきの有田課長って信頼できる人かなあ」
 美里はほんのちょっとだけ言葉を選ぶ顔つきになったけど、すぐに笑顔になった。
「私は信頼できると思うよ。だってお父さんと一緒の匂いがしたもん」
 美里はそう言うと、食器棚に飾っている父と母の写真を見た。

 父と母は、七年前、私が高校生の時に交通事故で死んだ。
 久しぶりの休みに夫婦でドライブに出かけた帰り、飲酒運転のワゴン車に突っ込まれて即死だった。
 相手も亡くなっていたので、私たち姉妹は誰にも抗議すらできなかった。
 幸い、父と母が大事に守っていた電気店を処分することで、このアパートに移り、ふたりとも大学に進むことができた。
 父は真面目が歩いているような人だった。夏でも長袖シャツにネクタイを締めて作業着のジップも上まで閉めていた。

「作業着を着るんなら、シャツにアイロンかけなくてもいいんじゃない?」
 高校生になって少し反抗期だった私が父に言ったことがある。
「見えないところをちゃんとできない人間は見えるところも信用されない」
 さも当然というように言い返された。
「さすがに夏にネクタイは暑苦しくない?」
「ウチはエアコンを売ってるんだぞ。こんな格好でも快適ですよと態度で示すんだ」
 私の反論にもまったく動じる気配がなかった。


 ……タシカニ、有田課長に似てるかも……。

 この一週間、頼りの峰村課長と連絡がとれずに、誰にも相談できなかったけど、剣崎部長なのか、有田課長なのか、信頼すべきはどちらなのか、頭の中の靄が少し晴れてきたような気がした。


      (第三話に続く)


原作と麻紀の性格が変わってますが、魅力的になったかなぁ……


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