謀略の狭間に恋の花咲くこともある #12

(第六話)『Rock’n Roll』後編



 時間がきたので三人で三階へ上がると、笹原姉妹が通路で向かい合ってチケットのモギリをやっていた。美里がすぐに俺に気づいて軽くウインクした。その空気を読み取ったのか麻紀が俺と峰村を見て目を丸くしている。どうやら麻紀にも知らせていなかったようだ。
 峰村は美里の顔を見て首を傾げただけだった。たぶん麻紀に似ている女性に反応しただけなのだろう。
「峰村課長……」
 麻紀が発した言葉で、ようやく峰村も麻紀に気づいた。
「笹原さん……」
 ふたりが見つめ合ったまま立ち止まったために、ちょっとした渋滞になりかけた。
「おふたりさん、見つめ合うのは後にしてんか」
 結城が優しく指摘すると、峰村が照れ笑いしながらホールに入った。

「先輩は知ってたんですか?」
 席に着くなり峰村が問い詰めてきた。
「あれ? 言ってなかったか?」
「聞いてませんよ。まったく人が悪いにもほどがある」
 峰村の口調は怒っているが顔は喜んでいる。正直なやつだ。
「峰村課長。お久しぶりです。来てくださるとはビックリです」
 モギリの仕事が終わって、麻紀と美里も席にやってきた。今日はフィルム上映だけだから仕事はモギリだけらしい。
「課長って呼ぶのはやめてくれよ。もう笹原さんの上司でもないし、それに……課長らしいことをしてやれなかったからな」
 峰村が深く頭を下げた。
「じゃあ、『笹原さん』って呼び方もやめてほしいな。私も笹原だから」
 明るい声で突っ込んだのは美里だった。峰村がキョトンとしている。
「あ、すいません。峰村課長……峰村さんは初めてですよね。妹の美里です。礼儀知らずで申し訳ありません」
「美里です。よろしくね。あと、そちらが電話をくれた結城さんですか?」
 やりとりをニコニコしながら見ていた結城に全員の視線が集まる。
「結城孔子いいます。ふたりともえらいベッピンさんですやん。よろしゅう頼んまっさ」
 いろんな関西訛りをまぜこぜにした変な挨拶に一同大爆笑した。


 フィルムコンサートの間は、ひとことふたことささやくことはあっても、来場者全員が静かに聴いていたが拍手は盛大だった。コンサートが終わると、各テーブルでビートルズの話題以外でも盛り上がりを見せていた。
「峰村さんはどの曲がお気に入りなんですか?」
 美里が興味津々に水を向けた。
「どの曲も好きだけど、今日は『In My Life(愛しき人生)』が心に響いたなあ」
 峰村が答えると、結城が「おっ!」という顔で眉毛をピクピクさせた。
「どんな曲なんですか?」
 麻紀も興味津々だ。
「えっとぉ、その……、ぼくの人生はどれも大切で愛しいものだという……」
 峰村が急にしどろもどろになっている。
「直訳するとやな。思い出の場所っちゅうのんはいくつもあって、変わってしもうた場所もあれば変わらんでずっと続く場所もあんねや。どの場所にもそれぞれ思い出ちゅうのんがあって忘れることはできひん。おらんようになった人も元気なやつも、そのすべてをぼくは愛してきた。っちゅう歌詞や」
 結城がスラスラ答えるので、みな真剣に聞いていたが、峰村だけ俯いていた。
「へえ~」
 美里が意味深に頷いて麻紀を見た。
「なによ。私には関係ないんじゃない?」
 麻紀が無理に平静を装っているように見えた。
「別にお姉ちゃんに関係あるなんて言ってないわよ。でもお姉ちゃん、峰村さんが来てくれてよかったね。お話があったんじゃないの?」
「美里が呼んだの? こないだポスターを見てつぶやいたのを、やけに問いただされると思ったわ」
「そうよ。お姉ちゃんがいつまでもふさぎ込んでいたらこっちまで病気になっちゃうわよ」
「話といっても、ご迷惑をおかけしたお詫びをきちんとしてなかったから気になっていただけで……」
「迷惑だなんて思ってないですよ。ぼくのほうこそ笹原……麻紀さんを退社させることになって申し訳ないなと思ってたんですよ」
 なんだかふたりで煮え切れない挨拶を交わしている。そこで結城が立ち上がった。
「まあまあ、ほないい機会に握手してお互いにスッキリさせたらええ」
 そういうと、ふたりを立ち上がらせ肩を寄せるように仕向けた。こうまでされると握手しないわけにもいかなくなったふたりは照れ臭そうに握手を交わした。
 席に座った峰村が目の前にあったグラスの水を一気飲みした。空になったグラスに美里が水を注ぐ。
「美味しいでしょ、ここの水」
 その言葉に改めてグラスを眺めた峰村が頷いた。
「そういえば、この水が美味しくてさっきから何杯も飲んでるよ」
「そうでしょ。私もここの水が美味しいので手伝う気になったんです」
 麻紀ものどが渇いていたのか水を口に運んだ。
「ウチの水はね。どっかの天領水を取り寄せているんだよ。峰村さんも水に詳しいの?」
「詳しいってことはないけど、アパートの水にもこだわってるよ」
 そういえば峰村のアパートに行った際に、部屋に似合わない立派な浄水器があったのを思い出した。
「いいですね。私も浄水器が欲しいんですけど……」
「いいじゃない。バイトに来たときに美味しい水を飲めるんだから」
「美里ったら……」
 その後、峰村と麻紀は美味しい水について意見を交わしていた。ビートルズよりも水の話題が好きなふたりのようだった。


      (第七話に続く)


…………恋愛小説はまだ慣れていません^^;


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