謀略の狭間に恋の花咲くこともある #08

 (第四話)『奇妙な友人』後編



「そこでや……」

 結城がもったいぶって身を乗り出してきた。
「幸か不幸か、その堂島コンサルティングっちゅう会社は、俺の事務所のスグ下の階におるんや」
「えっ!?」
「どや、いっちょ忍び込んで証拠を探してみぃひんか? 俺がひとりで行ってもどれが重要か判らへんし、未明なら判るやろ?」
「な…………」
 言葉を飲み込んだ。
「何を馬鹿なこと知ってるんだ。そんなに簡単に忍び込めるわけないだろ! しかも見つかったらタダじゃすまないんだぞ」
 このままだと、結城に心を操られて犯罪者になりそうだったので、しっかりした口調で抗議した。
「ところが簡単なんや。俺の事務所と間取りは同じやし、その火野って若いモンが鍵をせんままサボる時間も判ってん」
「無防備な時間まで判ってるのか……」
 そう言ったあと、既に心を操作されているのだろうと自覚はあったが、ここまできたら流れに任せよう。
「今が八時半やろ? あと三十分したら社長が家に帰んねん。そのまた三十分後に留守番の火野が夜食を食べに一階の居酒屋に行くんや。居酒屋から上りの階段を見張ってる思うて鍵をせえへんねん」
「夜食を食べてる時間は決まってるのか?」
「食うモンでちゃうけど、三十分のときもあるし早けりゃ二十分で帰る。まあ探す時間は正味十五分やな」
 十五分が長いのか短いのか考えあぐねていたが、
「まあ、今日見つからんやったら明日でもええし」
 と、結城はまるでピクニックでも行くかのように楽しそうだ。


 九時少し前にモリタを出て、結城の事務所に向かった。ビルの入り口が見えるところで結城が立ち止まった。
「ほれ、ちょうど堂島社長が帰るところや」
 結城の視線の先を見ると、いかにも社長風の男が車に乗り込むところだった。一見しただけでもかなりやばそうな商売をしているように見えた。
「それじゃ、ウチの事務所で待ってよう」
 結城の案内で三階まで昇った。結城の事務所には「結城興業」と、これまた怪しげな看板がかかっていた。表向きには〝探偵〟と名乗ってないようだ。
 結城のリサーチどおり、九時半になると火野の出かける音がした。たしかに鍵を掛けていないようだ。
「行こう!」
 結城と一緒に静かに二階へ向かった。

 電気をつけたまま出かけてくれていたので作業はしやすかった。
 書庫がひとつだけで、書類の背表紙は見えるが決して多くない。俺の知っているコンサル会社の事務所というイメージではなかった。
「やはり、まともな会社ではなさそうだ……」
 と、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
 結城は俺の不安を無視するように、
「まずは社長のデスクだ」
 そう言うと、一番奥にある立派なデスクの引き出しに手を掛けたが、当然鍵が掛かっている。
 しかし、結城は当たり前のようにデスクの下に潜り込むと、引き出しの裏側に指を入れ、「あった」と鍵を取り出した。
 結城は引き出しの一番上にある日誌風の手帳をめくりはじめた。
 俺は二番目の引き出しにあった名刺帳を手に取り、『と』のページを開いた。すべてを見る時間はないだろうから、我が社の関係者がいないかを確認する。
 予想どおり見慣れたレイアウトの東洋電機の名刺が二枚あった。剣崎人事部長と星野大阪支店長のものだった。
「剣崎部長のは最近のものだが、こっちは星野専務が大阪支店長時代の名刺だな……」
 現在は本社の専務となっている星野克彦は、大阪支店長だった三年前にライバルと思われていた大手液晶製造メーカーとの業務提携を成功させ、その功績で一気に専務取締役へと昇進した。次期社長候補とも言われ、副社長や常務を飛び越しての抜擢があるかもしれない。本音を言えばあまり好きな幹部ではないが、液晶製造メーカーとの業務提携がなければ、我が社は事業縮小を余儀なくされていたであろうというくらいの功績を挙げた、我が社の救世主なのだ。


 そのとき、大きな笑い声と共に階段を上がってくる足音が聞こえて、結城と顔を見合わせた。まだ五分しか経っていない。
「まずい。あの声は堂島社長だ! 早く元に戻せ!」
 結城の指示で慌てて調べていた名刺帳を戻すとデスクに鍵を掛け、結城が裏に貼り付けた。
 しかし、笑い声は既に階段を昇りきったところまで来ているようで、ドアから逃げるのは手遅れだった。
「こっちや!」
 結城がドアの脇にある掃除用具入れの作り付けロッカーに飛び込み、俺も後に続いた。中はふたりが寄り添えばなんとか入れるスペースがあった。間取りが同じだと言っていたから結城の事務所にも同じものがあるのだろう。
 音を立てないように扉を閉めるのと同時に事務所のドアが開く気配があった。どうやら、堂島が客人をひとり連れて戻ってきたようだ。
「おい火野! どこや?」
 大声で呼ばれるのと同時くらいに火野がバタバタと戻ってきた。メシを食おうとしたら社長が階段を昇るのが見えて、慌てて戻ってきたのだろう。
「すんません。下でメシ食うてました」
「アホンダラ! 鍵も掛けへんで出かけるんやない!」
 堂島の一喝は、人が言われているのを聞いただけでも縮み上がる思いがした。しかし、なぜだか堂島の機嫌はいいようだ。
「もうええ。ゆっくりメシを食ってろ。話が終わったら呼ぶさかい」
 そう言って、火野を追い払う気配がした。

「で、剣崎さんは無職にならはったん?」
 堂島が茶化すような笑い声で話し始めた。不意に剣崎の名前を聞いて危うく声を出しそうになった。
「そうなんですよ。もう少しで上手く行くところだったのに、電話で話したように、有田って部下が妙に優秀過ぎて足元をすくわれてしまいました。会社はクビになったけど、今は裏方として少しの手当をもらってるんです。早いとこ復帰しないと生きていけませんよ」
 忘れようとしても忘れられない、聞き覚えのある剣崎の声だった。懲戒解雇になった人間が復帰などするものかと思ったが、話の続きに興味があった。
「そうやで剣崎はん。今回は裏金を作り損ないよったけど、次は失敗せんようにせな、ホンマの命も補償できまへんで。それに……」
 それまで身体の強ばりを我慢していたが、聞き耳を立てようと少し身体を動かした弾みにモップに触ってしまい「コトン」と音を立ててしまった。
「誰かいんのか!」
 堂島が大声を出して立ち上がる気配がした。
 今ここでバレるのは非常にマズイ。結城は堂島と面識があるし、俺は剣崎と鉢合わせしたら何の申し開きもできない。それにどう考えても堂島が堅気だとは思えなかったので命の保証もない。
 しかも、ふたりにとって俺は〝憎い存在〟であることも判った。

 そのとき、結城が俺をロッカーの奥に押しつけてひとり外に飛び出した。ロッカーの扉を閉めるのと同時に事務所のドアを開けた。
「あれえ? 間違ぉたかな?」
 さも酔っ払いのような素っ頓狂な声をあげた。
 応接ソファの場所からはロッカーが見えないという死角を利用して、いかにもたった今ここを訪れたような芝居を打ったのだ。
「なんや結城社長やないか。あんさんの事務所は上でっせ」
 堂島に不機嫌そうに言われても、結城はまだ芝居を続けている。
「少し飲み過ぎたらしいな。あれ? 堂島社長、今日は遅ぅまで事務所に残ってはるんやなあ」
「はいはい。また今度お茶でも来たらええ。今日は大事なお客はんがいるさかい」
 と、軽くあしらわれてドアの外に追い出されたようだ。普通なら相当怪しまれそうなもんだが、結城のメンタリズムは本当にたいしたもんだと感心せざるを得ない。
 結城が鼻歌交じりのひとり言を言いながら三階に上がったのを確認した堂島が話の続きを始めた。
「とにかく、次ぃ失敗しはったら剣崎はんだけやなく、あのお方にも迷惑かけまっせ。そしたらホンマに命の保証できまへんで」
 堂島の上から目線の言い方に、剣崎がよく我慢しているもんだと思ったが、どんな表情をしているのかまで窺い知ることはできない。
「じゃ、約束の書類を確認したら景気づけに飲みに行きまひょ。今日は無職の剣崎はんにごっそしまっせ。ただ酔っ払ってもその書類をなくしたらあきまへんで」
 剣崎が無言で書類をバッグに詰めている気配がする。
「切れモンの人事部長として周りを震え上がらせてた剣崎はんをパシリで使うっちゅうのんは実に気分がええですな」
 堂島が高笑いしながら先に事務所から出て行った。剣崎も出て行く気配がしたので安心しかけた時、
『ドンッ!!』
 俺の隠れているロッカーが大きな音とともに揺れた。
 隠れているのがバレたのかと思ったが、どうやら剣崎が事務所を出る間際、ロッカーの扉を思いっきり蹴飛ばしたようだ。


 足音が階段を降り始めたのを確認してからロッカーを抜け出し、そっと三階に向かうと、火野が階段を昇ってくるのが見えた。

「書庫の書類よりも有意義な話を聞けたんやないか?」
 結城が冷えたビールを差し出しながら話しかけてきた。とんでもない展開になり、まだ胸がバクバクしているが、剣崎がどうやって大阪の会社と繋がっているのか糸口が見つかった気がした。
「それにしても、結城と居ると本当に面倒なことに巻き込まれるよ。変な友人を持ったもんだ」
 魚肉ソーセージを口に運びながら溜め息をついた。
「なに言うてんねや。未明と一緒やといろんなオモロイことが起きると思ってんのは俺や。それに今晩強行したからこそ、あんな場面に出会えたんとちゃうんか。感謝して欲しいわ」

 それからお互いに、「どれだけおまえが奇妙なエピソードを持っているか」の論争になり、朝まで楽しく飲み明かすこととなった。


 そして、ついに八年前の卒業旅行の思い出話にトリップしてしまった。


      (第五話に続く)

少しサスペンス風に読めますかね……^^;
感想お待ちしています。

第五話は、「時を戻そう!」(笑)
八年前の卒業旅行のときのお話です。^^;


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