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ぬいぐるみと会話してみる

今日は、ぬいぐるみのヨンくんと会話してみました。

「ヨンくん、元気?」

当たり前だけれど、普通に話しかけても返事はありません。

ヨンくん役も腹話術みたいに自分で話すのもちょっと試してみたけれど、なんとなくぴったりきません。

そうか、普通に空想してみよう。

空想の中のヨンくんは、ぱちぱちと瞬きをします。

「……こんにちは……?」

「ヨンくん、こんにちは」

私は、ヨンくんの挨拶に疑問符がついているのはなぜなんだろう、と思いながら挨拶を返します。

「あっ、今、何か考えた? 言葉にして、おしゃべりしてくれないと僕には伝わらないよ」

ヨンくんはきらきらと光を宿す淡い緑色の瞳で、私の顔を見つめながら言いました。

「そうか、そういえばそうだね。ごめんごめん。それじゃあ、考えていたことをおしゃべりしてみるね。……ヨンくん、どうして朝の挨拶に、疑問符をつけたの?」

「しばらくおしゃべりしていなかったから、この挨拶でいいのかな、って心配になっちゃったんだよ」

「そうか。そうだったんだね。わかった」

「僕も、皐月さんが考えていたことがわかったよ」

「そうか。良かった。伝わると、安心するし、なんだか嬉しいよ」

「ところで……今日はどうしたの?」

ヨンくんにそう言ってもらえると、ずっと話しやすくなるのを感じました。ほんとは、ねえねえ、ちょっとお話してもいい? とか、ねえねえ、ちょっと聞いてくれる? とか、自分から言い出すことができるといいのかもしれませんが……。

「ええと……ごめんなさい。特に用事はないんです。お盆休みになって時間ができたから、おしゃべりがしたくて話しかけました。ヨンくんは、今忙しい? 」

ぬいぐるみには、ぬいぐるみの予定があるかもしれない、と気がついて、聞いてみました。

「ううん、僕には今日は予定はないよ。一時間くらいなら大丈夫。一時間を超えちゃうと、疲れちゃうから昼寝するかもしれないけど……」

「そうか。ありがとう、ヨンくん。もし疲れてるなら、三十分でもいいよ」

「うーん。そんなにきっちり決めなくても、大丈夫だよ。でも、一時間経ったら、僕、突然寝落ちてるかもしれないけど。こうやって人間の言葉で話すのは、けっこう大変なんだよ」

「もしかして、ぬいぐるみ語とか、あるの?」

「うん、あるよ。でも、文字とか辞書がないから、Google翻訳には入ってないけど……」

「そ、そうなんだ。ヨンくんは、どうして人間の言葉が話せるようになったの?」

「それにはいろいろと訳が……またこんど、もっと時間のある時に話してもいいかな……?」

こちらを見上げているヨンくんの目を見ていると、なんだかとろんとして、眠そうな感じなのに気がつきました。

「うん、わかった。……ヨンくん、もしかして今、眠いの?」

「うん。ちょっと眠い。でも、最近ずっと眠ってばっかりいたから、しばらく頑張って起きていたいかも。……そうだ、皐月さんは、どのくらい時間があるのかな? 一時間くらい?」

「ええと、私も一時間くらいなら大丈夫。そうそう、私、ぶっ通しでおしゃべりするのは、一時間ぐらいが限界かも。それ以上長い時間おしゃべりすると、聞いたことがどんどん、こぼれて消えていってしまうの。せっかく聞いても、覚えていられなかったら寂しいでしょ?」

「そうか。了解です」

ぬいぐるみと、どのくらいの時間おしゃべりをするか打ち合わせをするのって、なんだか面白いなぁ、と思いました。

「どこから話そうかなぁ……」

私は、少し考えこみました。

「そうか。特に話したいことがないんだね」

ヨンくんは、こちらを見上げています。ずっと見上げていると首がつかれてしまうのでは、と思って、私は正座をやめて、横座りをしました。

「うん。そう。でも、なんとなく話はしたい感じなの」

「そうか。そういう感じなんだね」

「そうそう。話したいことはないのに、話はしたい、ってなんだか矛盾してるよね」

「うーん。どうなんだろう。どこか遠くへ行きたいけれど、どこへ行きたいかわからない、みたいな感じなのでは?」

そう言われて、ヨンくんもどこか遠くへ行きたくなる時があるんだろうか……と、ふと思いました。でも、そこを突っ込んでいいのかどうか、わからなかったので、なんとか無難に話を続けようと考えました。

「そうか。なるほどー」

「ところで……お昼ご飯は食べましたか……?」

「はっ。そういえば、まだかも。朝ご飯が遅かったからまだ食べてないです」

時計を見ると、十四時を少し過ぎていました。

「食べなくて大丈夫ですか?」

「実は、お腹がまだ空いていなくて。お腹が空いてから食べたほうがいいかな」

「そうか。了解です。僕は、ご飯を食べないから、いつでも食べたいときはそう言って下さいね。途中で中断しても、またおしゃべりすれば大丈夫だから」

「ヨンくん、ありがとう。そう言ってもらえると、すごく嬉しいです。そうか、ぬいぐるみは、ご飯食べないですよね」

「うん。だから、気をつけないとずっと続けておしゃべりしたりする。人間は、ご飯を食べたり、飲み物を飲んだりするの大事みたいだから」

「そうか。ぬいぐるみのエネルギーの源って、なんなのかな」

「うーん……。それは、むずかしい質問だね。生きてるわけじゃないからなー。……しいて言えば、持ち主の愛情と、想像力、なのかな」

「そ、そうですか……!頑張ります」

「ふふふ。頑張ると、どうなるのかな」

「えーっ。どうなるんだろう……?」

「思いつかない? ええと、無茶ぶりしてたらごめんなさい」

「無茶ぶりではないけど、大喜利?みたいになってるかも」

「おおぎり、って、何?」

「ええとね……」

そうか、さすがに大喜利は通じないのか、と思いました。

「ヨンくん、落語は知っていますか?」

「うん。着物を着た人が座布団に座って、ときどき扇子とか出したりして、身振り手振りをしながら面白いお話をするやつ……かな?」

「そうそう! で、その落語を聞くことができる場所があってね。寄席(よせ)って呼ばれる劇場みたいなところなんだけど」

「うんうん。寄席もわかります。大丈夫」

ヨンくんはけっこう人間の世界のことを知っているようでした。

「その、寄席では落語のほかに、漫才とか、手品とか、いろいろな出し物があるんだけど、その最後にね、大喜利といって、お客さんからお題をもらって、面白い話をするコーナーがあるの。なんだか、それみたいだなー、と思って」

「そうか。了解しました。……えーっと、話がどっか行っちゃったね」

私は、一瞬、このまま話がどこかに行ったままにしようかと迷いました。ちゃんと話を戻しても、話せる自信はないのですが、戻さないのもなんだかすっきりしないので、渋々話を戻しました。

「……持ち主が、愛情と想像力を頑張ると、ヨンくんがどうなるか、かな」

「そうか。そういえばそうだったかも。……それで、どうなると思いますか?」

「それは……どうなるんだろうなぁー……」

ヨンくんは、面白そうに笑っていました。

「ごめんなさい。急にそんなこと言われても、思いつかないですよね……」

「はい。やっぱりちょっと、無理でした。ごめんなさい」

「ううん、大丈夫。忘れないで、ときどき考えていると、ある日どこかから答えが落ちてくるから」

「……そう……なのかな?」

「うーん。出ないこともあるかもしれないけど、ひょっこり答えが落ちてくるときもあると思うから、気長に考えるのも面白いかもよ」

「そう言われてみれば、そうかも。よし、ちゃんとGoogleドキュメントにメモしておきますね」

そう言って、私は起動していたPCを操作して、Googleドキュメントにヨンくんから出されたお題をメモした。

お題は、【私が愛情と想像力を頑張ると、ヨンくんはどうなるのか】。

「すごいね。ちゃんとメモするんだね」

「うん、そうしておかないと、私、忘れちゃうから……」

そう言うと、ヨンくんは困ったような、言いたいことがうまく言葉にならないような、そんな表情になりました。

「……大丈夫。忘れても、とくに悪いことは起こらないから。大事なことなら思い出せるし。それに、そうやってメモしてあれば、安心だと思うよ」

「ありがとう。ヨンくん」

そういえば、毎日生活していると、いろいろなことが起こるけれど、そのほとんどは忘れてしまうな……と、ふと思いました。

と。その時。

ヨンくんは、こてん、と横になって、すうすうと寝息をたてはじめました。

時計を見上げると、十五時を回っていました。話し始めてから、一時間以上経っていました。

「ごめんね。一時間、超えてしまった……。こんどはタイマー、かけておくね」

私は、タオルを折りたたんで、お布団っぽい形にして、ヨンくんを寝かせました。

「今日はありがとう。また、こんどおしゃべりしましょう」

私は、PCの電源を落として、キッチンに行きました。

夜眠れなくなるといけないので、二杯目はあったかいほうじ茶を淹れました。

おやつにりんごを少し食べたら、冷蔵庫の掃除をしよう、と思いました。


<おわり>


【短いあとがき】

今回は、ごくごく単純に、ぬいぐるみのヨンくんとおしゃべりしている感じになりました。

次回はどうなるのかなー?



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