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泣き虫の妹が皆に愛されるアイスダンサーになった事。

アイスダンスに転向した高橋大輔選手と組む

「村元哉中選手」

村元姉妹に出会ったきっかけは、お姉さんで木下アカデミーのコーチ・村元小月(さつき)さんとの出会いだった。(以降・さっちゃんと呼称する)

2007年頃。フィギュアスケートファンになりたての頃。ちょうどさっちゃんが全日本ジュニアで3位になり、世界ジュニア代表に選ばれた頃に知った。全日本ジュニアの放送を録画しており、3位だった村元小月さんの存在を知った。(8位だった哉中ちゃんの演技も放送された)

当時は、一部の有名選手以外の情報が殆どなかった。

ブロック大会でさえ未知なる世界だった。いつ何処で開催され、どのように観覧すればいいのか?も簡単には分からなかった。更にローカル大会となると、観客なんてほぼ身内の発表会レベル。TVの放送なんて全日本選手権ですら後半グループの数人程度だった。

村元小月さんの妹。それ以上も以下の情報も得られなかった当時の状況。

後に、さっちゃんが滑るエキシビションの情報を探し当て、観戦し日本スケート連盟へ手紙を出した。お母様からご丁寧なお礼の連絡を頂戴し、以降はお母様を介して試合の情報を教えていただくようになった。以降「村元ママ」と呼称する。初めて頂いた試合の情報はFAX!!今となっては非常にアナログな手段で情報収集が始まったのだった。

忘れもしない、村元哉中選手の試合の初観戦。

兵庫県開催のローカル試合だった。6分間練習で、バック同士で滑っていた選手と衝突した。お互い後ろを全く意識してなかったので、結構な勢いでぶつかった。華奢な彼女は吹っ飛ばされ、ヨロヨロになり泣きながら滑った。

「男前!」「かっこいい!」「大ちゃんをよろしくお願いします」

高橋大輔さんのファンからのコメントを見ながら、泣き虫で弱虫だった妹の哉中ちゃんだった時代を思い出す。すっかり強くてかっこいいと言うイメージになってしまったし、安心して見ていられるようになったのは「パートナーがいる」心強さだろうか。いや、哉中ちゃんが大人になったのかな。

あの頃の哉中ちゃんは、胃薬持ちながらジェットコースターに乗る。

本当に、大げさじゃなくて。そんな感覚で応援していた。

シングル時代の哉中選手だって実績はあった。ジュニア・シニア共に強化選手だった。全日本で10位になった事が2回、お姉ちゃんが果たせなかった最終グループ入り。初出場のジュニアグランプリで表彰台に乗ったし、シニアになっても国際大会の表彰台に何度か乗っている。

強い選手ではあったけど、メンタルの波が激しかった。

出来、不出来の差がここまで激しい選手っている?って言うぐらい激しかった。そしてとても分かりやすい。6分間練習で泣きそうな顔をしていたら案の定の結果。濱田先生に雷を落とされ、ママに叱られて大泣きしていた。殆ど2回転で「曲掛け練習?」とママに嫌味を言われて悔し泣きしていた事もあった。シングル選手の最後の方になると、6分間の最初の滑り出しで大体の点数を予測する能力を得た。私のちょっとした特技だった。いらんけど。

お姉ちゃんのさっちゃんの方がアスリートしては強かった。いつも冷静で安定していて、ケガしている以外は安心して見ていられる選手だった。引退試合以外で泣いた所を見た事がなかった。当時はさっちゃんの方が人気で、いつもファンに囲まれるさっちゃんの荷物を持って待っているのが妹の哉中ちゃんだった。傍から「さっちゃんは凄いよね」と憧れの眼差しを向けていた。その妹が日本を代表するアイスダンサーとなり、五輪に出場したのだ。

そんな昔から、村元哉中選手が大好きだった。さっちゃんから「哉中の事本当に大好きですよね」と呆れられるぐらい好きだった。

村元哉中選手はシングル時代から華やかだった。見た目も、スケーティングも、スピンも、ダンスも。とにかく華やかでオーラがあった。どの場面を切り取っても美しいシルエットだった。当時の気持ちの弱ささえ繊細さに変えた、氷上のアーティストでアクトレス(女優)だった。

その魅力を本人が一番気づいていない事がもどかしくて仕方がなかった。

強化選手に選ばれた年もあったが、成績が伴わず優秀な後輩たちの追い上げもあった。ケガ、体型の変化、大学生活。色んな壁にぶつかった。「それでもあなたのスケートが大好きだから」を伝え続けた。その気持ちを押し付け過ぎてしまい「何でこの人は私なんかを応援しているんだ」「お姉ちゃんのほうが強いのに」みたいな顔をされた事もあった(笑) 

そんな矢先にアイスダンス転向の報が舞い込んで来た。

当時だって、冗談で「アイスダンスやったらいいんちゃう?」と言ってはいたが、今ほど環境は整ってはいなかったし現実的ではなかった。ちょうど、哉中選手がトライアウトを受けたぐらいの頃から、日本でも積極的にカップル競技に力を注ぎ始めた。タイミングが良かった。

転向当時の事を思うと、キャシー・リード&クリス・リード組や平井絵己さん達の奮闘ぶりを思い出す。組んでは別れの繰り返しで毎年2〜3組くらいしか居なかった全日本。今や5組も揃った上に、髙橋大輔まで転向したなんてアイスダンス関係者からしたら「夢オチじゃない…よね?」と言いたくなるんじゃないだろうか。

いやほんと、ここまでアイスダンスが彼女にぴったりハマるとは思わなかった。そして、何よりも「あの大ちゃん」と組んじゃったと言うのが驚きだ。

まだ未知数のカップルなのは承知の上で言うが「かなだい」のかなちゃんは「私の思い描いた村元哉中」そのものだ。

相手が髙橋大輔だと言う事は、思っていた以上の化学反応だった。

最初のパートナーとも、五輪を共にしたクリス・リード氏とも違うワクワク感がある。彼らと歩んで積み重ねて来たアイスダンサーとしての経験に、髙橋大輔と言う強烈な唯一無二の個性が重なる。大ちゃんと組む事がこんなにもワクワクするのか!と驚いている。

何よりも、多くの人と村元哉中選手の素晴らしさを共有したかった。

これが私の昔からの夢だった。多くの人が村元哉中選手を知っていて、応援されている。みんなに愛される哉中ちゃんでいて欲しかった。

夢が叶った。理想的なこの状況が嬉しくて仕方がない。

だから私は少しだけ離れた場所から安心して眺めていられる。みんなに愛される哉中ちゃんを、たまに懐かしい話をしながら泣き虫だったあの子が素敵なレディに成長した姿を眺めている。