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サツダイの授業紹介 #5

札幌大学の「リベラル・アクション」は、リベラルアーツ専攻の専門科目の一つで、複数の先生がそれぞれのテーマに沿った授業内容を展開しています。そのなかで2022年度に小笠原はるの教授が担当した授業を履修した学生は、企画から取材、編集まで全ての作業を自分一人で担当し、学期を通して短編ドキュメンタリーを1作品以上制作しました。また、映像作家の山田裕一郎さん(非常勤講師)から直接映像制作について学んだ点もこの科目の特長です。単に技術の習得を目指すのではなく、学生自身がテーマを見つけ、そのための表現方法を探ることに重きが置かれました。

完成した作品は札幌国際短編映画祭などでも高く評価されています。今回は「映像制作を通じた学び」を軸に、担当教員の小笠原先生にお話を伺いました。また、2022年度秋学期に制作された作品の中からとくに優れた作品を、山田先生のコメントとともにご紹介します。

「リベラル・アクション」について

▲担当教員である小笠原はるの先生にお話を伺いました。

まずは、この授業の狙いについて教えてください。

小笠原先生(以下、敬称略):映像に興味・関心があるという学生は多く、映像制作の授業は人気があります。毎日のように消費するメディアを、観る側にとどまるのではなく、自分でも生み出してみて、作品を創る価値や喜び、厳しさを感じてもらいたいということがあります。さらに、それを自己満足で終わらせず(もちろん自己満足も大事ですが)、他人に「伝わる」ものに仕上げるためには、一人ひとりの問題意識が問われます。それを追求する意味を、映像制作をきっかけに考えてもらえたら良いなと思っています。

山田裕一郎さんは、今の日本のドキュメンタリー界を牽引する素晴らしい作家さんです。そういう方に教えていただくというメリットはとても大きいですね。実際の映像制作の現場感や、一つの作品にどれだけの熱量が注ぎ込まれているのかということを、学生に感じてもらいたいです。また「社会に通用するもの」という目線で評価して下さるので、アドバイスは的確でシビアですが、やはりその厳しさもプロだから伝えられるものです。こんなチャンスはもしかしたら今年いっぱいかなと毎年思いながらやっています。大変お忙しい方なので。

山田裕一郎さんプロフィール

▲山田裕一郎さん

北海道在住のフィルムメーカー。2010年にニューヨーク州立大学大学院を修了し、帰国後にヤマダアートフィルムを設立。教育機関や地方自治体に関わる映像や短編ドキュメンタリーを制作する。2018年には札幌国際短編映画祭で北海道監督賞を受賞。2021年にYahoo! Japan クリエイターズプログラムにて年間最優秀監督賞を、そして翌2022年にはTokyo DocsではDocs for SDGs賞を受賞。

Yahoo! JAPANで公開中の作品に、アイヌ語の普及に尽力する関根さん家族にカメラを向けた「ラメトッコㇿ ヤン」や「Happy Ainu」の他、「馬搬日和」、「FULL SWING」、「いつものように」などがある。

授業は山田先生と小笠原先生のお二人で進められるのですか?

小笠原:学生たちに興味や関心、映像やメディアアート制作に関わる経験をきいたうえで、テーマ設定から企画書を書き始めるところまでは私が担当します。文化学の研究者として、作品表現や表象について学生が考えるための題材や作品を紹介し、問いかけをたくさんします。また、山田先生に引き継ぐ前に、各学生が自分のプロフィール代わりになる映像作品を制作しますので、そのサポートも行います。

その後、山田先生の授業がスタートします。企画書は何度も書き直しますし、「テーマ設定がうまく行かない」「撮ってもやはりうまくいかない」というのを学生たちが次々と体験します。学生曰く「作品が完成したと思って寝たのに、翌朝起きてみたら、なんてひどいんだと思う。その繰り返し」「時間が足りなくて、泣きながらやった」「そこまでやる? というところまでやらなければならない」。行き詰ったり挫折したりで、「もう無理」と言われることも。しかし、それを経験してもらうというのもこの授業の意図です。私は彼らに伴走しながら、あともう一歩という時にプッシュしたりします。

学生には「自由にやって良いよ」と伝えますが、目指すものが作れるようになるには相当な時間がかかります。作品を公開する限り、制作者は感想・批評にも晒されます。いろいろなフィードバックがきて、その全てに応えようとがんばった結果、個性や思想が薄れ、面白くないものが出来上がるということもありえます。自分の作品に対するフィードバックとのつきあい方を学びながら、これは有益と思ったものに向き合って、試行錯誤を繰り返し、最善を尽くしていくという作業は難しいけれども大切です。他とは異なる何かをもった自分のテイストに気づき、それを大切にして作り続けていくと、作品もどんどん良くなります。そうなると、履修が終わっても映像制作を続け、自ら機会を創出して作品を生み出していくようになります。成長の現場に立ち会い、情熱をかけている姿を目の当たりにできることは本当に嬉しいことです。

一人での作品作りには、どういう意図があるのでしょうか?

小笠原:以前はグループワークで作品作りを行っていましたが、コロナ禍をきっかけに、仕方なく一人で全部やるというスタイルになりました。しかも外に出られないという状況もあったので、取材対象もかなり限られます。みんな相当頭を使っていました。一人でやるということで作業量も増えましたし、今までの何倍も大変だったと思いますが、すごく力がついたんです。作業を省略・分業せずに、思想の根っこにあるものを取り出し、見えないものを見せるようにするプロセスを丁寧に踏む、このやり方は大事だなと気づきました。

実は山田先生ご自身も、企画から取材、撮影、編集までを一人でされています。しかもそれを恵庭に住んでされている。一人でも、そして東京に行かなくても、山田先生のように世界から評価される作品を作ることはできるという証明。「誰でもオンリーワンのものは作れる。ポジションは空いている。個性を発揮し、トップになれる。そこまでやり切れる人がなかなかいない。そこまでやり切れるポテンシャルがみんなにはあるんだよ」といつも学生に言ってくださいます。

札幌国際短編映画祭には毎回応募するのですか?

小笠原:せっかく山田先生に教えていただいているので、完成した作品は大学内にとどめるのではなく、必ず外部に出すようにしています。札幌国際短編映画祭もその一つで、みんなで応募しようとしています。それによって、日本をはじめ、世界の人に見てもらうという意識を持つことができますし、世界で評価されている作品を観て、どうすればそういった作品を届けることができるのか考えるようになります。観客に作品を届けるということを成立させるためには、それなりのストーリーが求められるので、作り手としても世界的な教養や価値観をいつも学んでおく必要があり、学生たちもあらゆるアートの表現作品から貪欲に学んでいます。社会の課題に対する当事者意識を持ち、「自分らしくありながら、世界にアプローチできるような作品をどう作るか」という考え方をすることで、モチベーションも高まり、作り方や制作の姿勢も変わってきます。

「コウイチTV」という独特の世界観を表現するYouTubeチャンネルを運営する高橋晃一君も、実は札幌大学の卒業生で山田先生に教わった学生の一人です。高橋君は高校生の頃から映像制作をやっていたようですが、サツダイ生時代もとてもよく頑張っていて、札幌国際短編映画祭での入賞など華々しい活躍をしていました。山田先生は、そうやって頑張る学生の情熱や意欲を買って下さり、別の作家さんに引き合わせてくれたり、色々なところに連れて行ってくれたり、本当に教育熱心です。今回札幌国際短編映画祭ノミネート作品となった山本君の作品は、映画祭の作品公開クリニックでも取り上げてくださいました。

▶高橋晃一「最悪な1日」
札幌国際短篇映画祭(2018年)「北海道メディアアワード特別賞」受賞作品

作品を制作するだけでなく、公開する意義とは?

小笠原:ある時、私についてのドキュメンタリー作品を作った学生がいました。コロナ禍で取材対象が限られる中で私だったら協力してくれるだろうという学生の戦略があったんでしょうね。「こういう場面を撮ってください」と学生に細かく指示されたとおり、私が自撮りしてデータを提供しました。山田先生は「そういうやり方もあるのか」ととても評価してくださいました。学生目線で選んだシーンにユニークな編集が施された作品は、私のお気に入りとなり、授業などで自己紹介代わりに使ってみました。そうしたら、ものすごい反響がありました。

学生には、自分の作品は自分だけのものではなく、それが社会的に影響を持つということを知ってほしいし、さらにその経験を楽しんでほしいと思います。最初は信じられないと思いますが、そうやって波及していったものが、人を喜ばせたり世の中をより良くしたりするという気づきを大事にしてほしいです。自分の作品が、社会で大事にされ、それによってさまざまな影響が生まれるということは、学生たちの自信につながると思います。

今後の授業の展望について教えてください

小笠原:今は視覚や映像の時代なので、やはり映像制作に興味を持つ学生は多いです。さまざまなジャンルで映像を作ることができ、さらにそれらをお互いに高め合うことができる授業をこれからも続けていきたいです。本音を言うと、もっとたくさん展開したいです。

学生には、なによりも映像制作を楽しんでもらいたいということ。また映像を通して人や社会とつながる経験をしていってほしいです。そのために、大学側も学生たちの素晴らしいアイデアを取り入れたり、現在、機材も限られているため、学生による制作が当たり前にできたりするような環境を整えていけたら良いなと考えています。

「リベラル・アクション」学生制作作品

2022年度秋学期に授業に参加した学生の作品の中から、とくに優れた作品を山田先生のコメントとともに以下ご紹介します。(学年については制作当時のものを記載しています)

▶ウィン・イ・プー(リベラルアーツ専攻2年)「夢はまだ遠い」

山田先生(以下、敬称略):札幌大学で学ぶ佐藤さんの将来の不安や恋愛対象に対する思いを記録した短編ドキュメンタリー。まだまだLGBTQ+に対する理解が進まない日本の現状で、この作品がもたらすメッセージの大きさを感じます。佐藤さんが葛藤しながらも、自分の思いを貫こうとする姿に共感する人も多いはず。監督がミャンマーからの留学生、プーさんであることも素晴らしい。言語や文化を超えて、思いの詰まった作品。ダンスのシーンもすごくいいです。

▶清水さくら(経営学専攻2年)「二十歳」

山田:監督である清水さくらさんの友人3人が二十歳になった自分たちについて、それぞれの思いを語るノンフィクション作品。子どもから大人に変わりつつある20歳という区切りを前に、彼女たちは不安と希望でいっぱいです。さまざまな場所で撮影された映像と、過去の写真や動画、そして彼女たちのナレーションで構成された作品。今後どのような作品を作るのか楽しみにしています。

▶稲場律(英語専攻2年)「Fanp age ~はじめの一歩~」

山田:旭川で行われたダンスイベント「Fanp age」に携わる大学生、黒木さんを密着して作った短編ドキュメンタリー。参加するたくさんの子どもたちをまとめて、ダンスイベントを成功させようとする黒木さんの姿が記録されています。自発的にドキュメンタリー作品を作るために奮闘する監督である稲場くんの姿勢に今後の活躍を期待しています。

▶山本瑞輝(リベラルアーツ専攻3年)「RAINBOW」

※第17回札幌短編映画祭/SAPPORO SHORT FEST 2022 【Micro Docs for SDGs部門】入賞・ノミネート作品

山田:主人公のもりたさんは、「レインボープライドは私にとって一番大切な自己表現の場」だといいます。柔らかい口調でユーモアを交えながら話すもりたさんですが、LGBTQ+の当事者として、差別や偏見のない社会を目指す強い思いが伝わってきます。「まずは自分を愛してほしい」というメッセージが多くの人に届くはず。山本くんが監督をした今作品は、2022年札幌国際短編映画祭のMicro Docs部門にノミネートされました。

▶立石もも(リベラルアーツ専攻2年)「あきらめたくない I don't wanna giving up」

山田:メキシコからの留学生シルビアさんは、動物性食物を一切口にしないヴィーガンです。彼女の留学先の日本では、ヴィーガンに対する意識はまだまだ低い。今作品の監督、立石さんは基本的にシルビアさんと英語で会話をしています。言語や文化を超えて、大学生が作品を作ることに大きな喜びを感じます。日本に住む私たちにこれまで届かなかったような声を、この作品は届けてくれています。

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