ずっと病気になりたい

不治の病になって余命を告げられたら、たぶんその瞬間だけはホッとするだろう。そして心身の苦しみに対面して徐々に恐怖が強くなるんじゃないか、私の場合、と想像する。
いつだって免罪符を欲している。働かなくていい。頭が悪くていい。つらさに負けていい。諦めていい。小学生のときに、熱がないか期待するようなもの。私はずっと逃避している。
今は、着替えて実家に帰る(実家はアパートから車で10分の距離だ)ことが億劫で、ひたすらダラダラして、書かなくていい文章を書いている。帰るのを諦めるかどうか、それ自体考えるのを放棄している。

小中高はズル休みをしたことがない。親に管理されていたからだと思う。
大学はサボりにサボったが、どうにか留年せず卒業した。
社会に出てから、5年は大丈夫だった。鬱になったら途端に出られなくなった。それからは、転職して1年は平気だったがダメになって、また転職して今度は2年保ったが、またダメになった。いまここ。
大丈夫だったときもあるんだけどなあ。なんでだろうなあ。もうだめなのかなあ。

鬱という、逃げる理由を見つけた。これを示せば、限界はあるものの、合法的に逃避ができるのだ。今逃避から抜け出せないのは、そこに甘えているからだ、と思う。世の中には私より苦しい人がたくさんおり、鬱を治したいと願っているだろうに、私みたいなクズがいるせいで、申し訳ないなと思う。
次の理由として不治の病が欲しい。この世を合法で抜け出せる道が欲しい。これまた、闘病中の人には本当に申し訳ない。しかし、家族の心の傷を浅く済ませるには、自死ではまずいのだ。
美味しいとも思わない煙草を吸っている。将来このことを後悔する自分が見える。

しかし今この瞬間真剣に、いなくなっちゃいたい。

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