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「ファミリーナ」8場

#8 山田荘の月曜日(祝)夕方

     春奈が外を眺めている。仙道が週刊誌を読んでいる

仙道  「…こんなこと言ってないのにな」

     仙道、部屋の中をうろうろする。階段を上って二階を覗く仙道。
     一徹が帰ってくる

春奈  「おかえりなさい」

     誰もいないと思ってルンルン気分で買ってきたボンカレーを開け
     る

仙道  「はっくしょい」
一徹  「誰だ?」
仙道  「ボンカレー?」
一徹  「いや、これは違う」
春奈  「ボンカレーだ」
仙道  「レトルトは食べないはずですよね?」
一徹  「誰にも言うな」
仙道  「いいません。まずは美奈子ちゃんのご結婚、おめでとうございま
     す」
春奈  「ありがとうございます」
仙道  「今日は先日の返事をうかがいに参りました…」
一徹  「あ、そう」
仙道  「はい。美奈ちゃん、親父さんと一緒に住みたいって言ってました
     よ」
一徹  「美奈子が?」
春奈  「そうそう」
一徹  「そうか。美奈子がそんなことを…」
仙道  「ええ、それを考えると、もうこのオンボロ下宿を建て替えるのが
     ベストだと思うんですよ」
一徹  「オンボロ下宿で悪かったな」
仙道  「いや、そういう意味でなくて…」
一徹  「祥太郎」
仙道  「あ、はい…」
一徹  「お前はここが嫌いか?」
仙道  「そういう意味じゃなくてですね…」
一徹  「好きか嫌いか答えろ」
春奈  「何も怒らなくてもいいじゃないの」
仙道  「好きですよ。でもですよ…」
一徹  「恩返しをしたいってのは言い訳だ」
仙道  「何言ってるんですか」
一徹  「自分の胸にちゃんと手を当てて考えろ」
仙道  「(胸に手を当てて)考えました」
春奈  「え?もう?」
一徹  「ウソつけ。ちゃんと考えろ」
仙道  「(考える)」
一徹  「辛いんじゃないのか?」
仙道  「辛い?」
一徹  「お前ここに来るとホッとするだろ」
仙道  「…ええ」
一徹  「何故だ?」
仙道  「ここは…俺にとって原点だからですよ」
一徹  「お前、ここにいるときは無口だったな」
仙道  「え?そうでした?」
春奈  「そういえばそうね。仙道くん、明るくなった。前はなんかブスー
     っとしてて」
一徹  「お前…プチグラマーになりたかったんだよな」
仙道  「プログラマーです」
一徹  「プログラマーになりたいと思ったらそのまま社長になっちまっ
     た」
仙道  「仕事の内容はそんなに変わらないですから」
一徹  「夢は…叶ったのか?」
仙道  「…おかげさまで恩返しできる程度には」
一徹  「自分がなりたかったものにはちゃんとなれたのか?」
仙道  「……」
一徹  「プチグラマーになれたのか?」
春奈  「プッチンプリンプリンプチグラマー!あ、面白くなかった?ごめ
     ん」
一徹  「……」
春奈  「ん?どうした?」

     徐々に夜が近づいてくる

仙道  「俺は、たまたまIT産業に目を付けたのが早かっただけで、結局
     根っこのない根無し草なんです」
一徹  「お前…その気持ちの余白を埋めようとしてるんだろ?」
仙道  「違います」
一徹  「札束で俺の頬を引っ叩くような真似はしないでくれ」
仙道  「そんなつもりじゃありません」
一徹  「……」
仙道  「……」
一徹  「タイミングなんかで金は稼げねえ」
仙道  「……」
一徹  「お前はお前が思ってる以上に頑張ったんだ」
仙道  「……」
一徹  「だから今の地位があるんだ」
仙道  「頑張った自信なんかありませんよ…不安しかありませんよ」
春奈  「仙道くん」
一徹  「祥太郎、愚痴が言いたくなったらいつでも聞いてやる。だがな、
     俺に恩返ししたいだなんてことは絶対に言うな。わかったかバ
     カ」
仙道  「じゃあはっきり言わせてもらいます。会社が儲かり過ぎて困って
     る。儲けの殆どを税金で持っていかれるんだったら、会社名義で
     ここを改築してやりたい。二世帯住宅にして美奈ちゃんの希望を
     叶えてあげたいんです」
一徹  「俺は美奈子を嫁に出した。あいつと一緒に住むつもりはねえ」
仙道  「強がり言わないでください」
一徹  「恥ずかしいじゃねえか。俺はおいぼれじゃねえんだ」
仙道  「じゃあどうするんです。織部さんじゃあるまいし、これから毎日
     ボンカレーですか?」
一徹  「言うな!!」
仙道  「ったく強情だな」
一徹  「…ここはお前だけの思い出の場所じゃないんだ」
仙道  「え?」
春奈  「もう!一徹さんがそんなだから私が・・・(決められないままな
     のよ)」

     夜になっている

仙道  「分かりました。じゃあ建て替えが必要ならいつでも言ってくださ
     い。でも、師範の話、それだけは考えてください」
一徹  「それこそ俺じゃなくてもいいだろう」
仙道  「親父さんじゃなきゃ駄目なんです。親父さんの為じゃなく…俺の
     為なのかもしれない。俺は親父さんにもう一度輝きを取り戻して
     ほしいんです」
一徹  「輝きだぁ」
仙道  「俺が自信を持つ為に輝いて欲しいんです」
一徹  「おまえ、今猛烈に失礼なことを言ってるんだぞ」
仙道  「今から選手になれとは言いません。しかし、何らかの形で空手に
     関わる事は出来るはずです。僕がその環境を用意したいんです。
     今の僕にはそれが出来るんです。新しい人材を育てることで、昔
     叶わなかった夢をもう一度追いかけてみませんか。それが僕のた
     めでもあるんです」
一徹  「輝き輝きって言うけど、俺はそんなにくすんで見えるのか…」
仙道  「いや、ただきっと…」
一徹  「祥太郎、俺は今、中学で国語を教えている…」
仙道  「ええ、でもそれは生活のためですよね」
一徹  「そうだ。生活のためだ」
仙道  「生活のために、夢を犠牲にすると決めたんですよね…」
一徹  「違う。生活無くして、何の夢が語れる…俺は生活の中に…(夢を
     見出すこと、それこそが本当の大きな夢だということに気づいた
     という、とてもいい話をしているというのに)」

     そこへ美奈子が帰ってくる

美奈子 「ただいまー」
春奈  「おかえり」
美奈子 「あ、仙道さん…(あれは)…」
一徹  「美奈子!!余計な心配すんじゃない!」
美奈子 「え?じゃあ…」
仙道  「ごめん。無理だわ。二世帯住宅は中止な」
美奈子 「そうなの…」
仙道  「じゃあ。親父さん、もう一度、ちゃんと胸に手を当てて考えて下
     さい」

     仙道きちんと一礼

仙道  「あ、これ。資料と契約書、置いていきますから。時間があるとき
     に目を通しておいてください(企画書の類を置いていく)」

     去ろうとする仙道

一徹  「祥太郎。あそこだけ、ちゃんと直しておいてくれ」
仙道  「直ってるじゃないですか。このボロさがイイんじゃないですか。
     なあ、美奈ちゃん…」

     仙道、去る。美奈子と一徹、そして春奈

美奈子 「……」
一徹  「……」
美奈子 「夕ご飯作ろうか…(ボンカレーを見つけて)あ、これ」
一徹  「ふんぬー」
美奈子 「織部さん忘れてったのね。織部さん!!(と行く)これ、忘れて
     ましたよ」
織部  「あれ?かたじけない(一徹を一瞥して戻る)」
一徹  「……」
美奈子 「(戻ってきて)仙道さんから聞いた?」
一徹  「……」
美奈子 「お父さん、一人になったらご飯困るでしょ?」
一徹  「俺は結婚する前は自炊してたんだ」
春奈  「うそ?」
美奈子 「タカくんも一緒に住みたいって言ってるんだよ。一緒に住めるマ
     ンションだって探してる」
一徹  「俺はここを離れるつもりはない」
美奈子 「心配なの。お父さんのことが」
一徹  「俺はここで死にたいんだ」
美奈子 「は?」
春奈  「何言ってんの?」
美奈子 「どうして?」
一徹  「どうしてって、住み慣れてるからだよ」
美奈子 「引っ越したって1ヶ月もすれば慣れるよ。離れてたって大家はで
     きるでしょ?」
春奈  「そうだよ。美奈ちゃんいいこと言った」
一徹  「それじゃ意味がねえだろう」
美奈子 「(来て)お願いします。娘のわがままを聞いて下さい」
一徹  「わがままなんて許すはずねえだろ。だめだ」
美奈子 「じゃあどうするつもり?」
一徹  「お前は嫁に行くんだから相手の両親のことを考えるのが筋だろ
     う」
美奈子 「そりゃ、そうだけど」
一徹  「一緒に住む必要なんてないじゃないか」
美奈子 「……お母さんでしょ?」
春奈  「え?」
一徹  「なんだあ?」
美奈子 「お母さんとの思い出がなくなっちゃうと思ってるんでしょ?」
春奈  「ばか」
一徹  「――うるさいっ。そんなんじゃないぞ」
美奈子 「私はいつまでもお父さんの娘だよ」
一徹  「当たり前じゃねえか」
美奈子 「……お父さんとお母さんの『こども』だよ」
一徹  「(虚を突かれてうっかり泣きそうになる)」
春奈  「(も、泣きそうになる)」
美奈子 「お父さん、泣いてるの?」
一徹  「……」
美奈子 「だから、甘えてよ」
一徹  「お、バカおま…おお!じゃあ甘えさせてくれ。俺をここに一人で
     残して立派に嫁に行ってくれ」
美奈子 「そうじゃなくて」
一徹  「頼む」
美奈子 「……」
一徹  「……」
美奈子 「……(一徹の意地を感じて)」
春奈  「…」
美奈子 「お父さん、煮物とカレーどっちがいい?」
一徹  「……カレー」
美奈子 「カレー?あ、肉じゃがもできるよ、材料同じだし」
一徹  「カレーっていっただろう…じゃあ…肉じゃが」
美奈子 「肉じゃがね。肉じゃが一丁!」
一徹  「…カレーって最初に言ったじゃねえか…」

     台所で肉じゃがを作り始める

一徹  「……(夕刊を読む)」

     風の音

春奈  「(夕刊を取り上げてチューをする)」
一徹  「ああ…美奈子ちゃん。どっかから風入って来てるんじゃなのいか
     な…」
美奈子 「仙道さんに直してもらおっか」
一徹  「そうだね。ちょっと考えてみようか」

     夕刊を拾い読む一徹。笑っている春奈

     暗転


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