4.1 呼吸の出発点

(旧サイトの「オンラインレッスン」のアーカイブです。2017-03-13の記事です。)

ここでは、トランペット演奏の呼吸について学ぶ「出発点」として私が大事だと考えることについて書いてまいります。


■息を出している時には2つの範囲がある事を理解する

まず、以下のAとBの2つを試してみてください。

A) 息を吸い込むことはせずに、(予め肺に入っている空気を)口から息を吐き出します。


B) 息を大きく吸い込み、それからただ力を抜き、入った息が勝手に出ていくに任せます。


A,Bともに、息は吐き出せたと思います。その点では同じです。しかしこの2つには違いがあります。もう一度A,Bを行い、それぞれの時に身体がどのような状態であるかを比較してみてください。

それでは、この2つの違いを少し詳しくみてみましょう。

A) 息は吸わずに、吐く

息を吸い込むことをしなくても、肺の中にはすでに空気が入っています(身体の外の気圧と同じくらいになる分だけ)から、その予め入っている空気をしぼり出す事により、息を吐く事ができます。

この時、身体は、元の大きさから小さく絞られていく範囲にあり、筋肉は硬くなっていく範囲でもあります。息を「押し出す」「絞り出す」範囲と言うことができます。

演奏の際には、少ない息を使って(振動や共鳴に必要な)息の流れを生み出さなくてはならないために、息の通り道に関わる身体の様々な部位を締めたり細めたりする事が必要となっているため、筋肉が固まりがち、喉も締まりがち、それに伴い、息の流れの質も硬く不安定なものとなりやすい。その不安定さを避けるためには、無理に腹部の筋肉を酷使する手段に頼らざるを得なくなります。

B) 息を大きく吸い込み、ただ力を抜き、息が出ていくに任せる

予め肺に入っている空気に加えて、息を吸い込むと、その分、身体が膨らみます(ここでは深入りしませんが、肋骨、横隔膜をはじめとして頸椎や骨盤底などが連動した動きをみせます)。

その後、力を抜くと、自然に膨らみが元に戻る(身体が元の大きさに戻る)ため、それによって勝手に息が出ていきます。

この時、身体は、大きくなったところから元に戻る範囲にあり、筋肉は柔軟なままである範囲でもあります。息が「勝手に出ていく」範囲と言うことができます。

吸い込みが柔軟で大きければ大きいほど、充分な息の量を使って息の流れを作る事となり、息の通り道に関わる身体の部位を締めたり細めたりする必要がなく、開いたままでいる事ができます。それに伴い、息の流れの質はストレスがなく安定したものとなりやすい。

それでは次に、スピロメーターという器具を使いながら同様のことを比較した動画をご覧ください。(スピロメーターは、息が流れると白いボールが上がる仕組みになっている器具です。)

A) 息を吸わずに、吐く

息はもちろん出ていますが、ごく限られた量の息で、押し出した窮屈な息です。

B) 息を大きく吸い、ただ力を抜き、息が出ていくに任せる(息を解放する)

Aに比べて、明らかに息の流れが自由で楽です。

ちなみに、この場合、息が出ていった後にも、肺の中には空気が入っていますから、押し出すことによってさらに息を出すことはできます。動画では、息をただ解放した後、残っている空気を押し出しています。


■出発点として大事なこと

ここまでで、息を出している時には2つの範囲がある事を理解できたのではないでしょうか。
私は、まずこの2つの範囲がある事を理解する事が、トランペットの呼吸について理解していく出発点として重要であると考えています。

なぜここまでの事の理解が重要だと私は考えるか、その理由は主に、

1) Bの状態の利点
2) 勝手に出ていく息だけでも音は出る
3) Bの状態の最大活用による可能性の開き

の3点です。

1) Bの状態の利点

すでに何度か繰り返してきた通り、Bの状態にはいくつかの利点があります。

筋肉が固まらないで済むこと、息の通り道を狭めなくて済むこと、それにより、身体は楽で息がストレスフリーであり、当然ながら音が自然に安定する事。

2) 勝手に出ていく息だけでも音は出る

おそらくお読みの方の中には、「その、勝手に出ていく息だけで、実際音は出せるの?やっぱり息は押し出さないと音は出ないでしょ?特に高い音なんて。」という疑問を持たれた方も少なくないのではないでしょうか。

しかし、私の回答は、出ます、です。高い音でさえも。

たとえば、次の動画は、主に勝手に出ていく息で、ハイBをのばしています。(音が消えた後にも、肺の中には空気が残っています。)

音の発生に無理や無駄が無ければ無いほど、勝手に出ていく息だけでも音は出せるはずです。言い換えれば、音の発生に無理や無駄が多ければ多いほど、息を押し出す事に頼らなければ音が出ません。

勝手に出ていく息で音が出るようにしていくことは、音の出し方そのものの効率性を高めることに繋がります。

3) Bの状態の最大活用による可能性の開き

高度な演奏を可能にしようとすればするほど、または技術的な限界をできる限り迎えないようにしようとすればするほど、Bの状態を最大活用することが可能性を開くことになると私は考えています。

Aの状態しか知らず、Aの状態で演奏を遂行しようとすれば、おそらく限られた範囲内のことしか達成できないのではないかと思われます。非常に大きな労力を必要とすると同時に、そこから生まれる結果は小さいものですから。

一方で、Bの状態をよく知り、それを最大に活用しようとすることからスタートすれば、達成できることの可能性は大きく広がると私は思います。

もちろん、演奏はすべてBの状態のみで行われる、というのではありません。

しかしながら、どこをスタート地点として呼吸のことに取り組むか、という点で、この2つの範囲の理解は非常に大きな意味があると私は考えます。

■おまけ:「吐けば吸える」の誤解

「息が吸いにくいならば、まず吐いてから吸えばよく吸える」という説明がありますが、私はこれは誤解であると思います。

ここまででもわかる通り、まず息を吐くと何が起きるかと言えば、身体を元の状態よりしぼって息を押し出した状態となります。この時、肺の中の気圧は、身体外部より下がっています。従って、そのまま力を抜くと、外部の気圧と同じくらいになるように空気が肺の中に入ってきます。しかしこの状態は、身体が小さくなった状態から元の状態に戻っただけです。

つまり、一度肺の内部の気圧を下げ、その後、元に戻っただけ。肺の中をマイナスにして、その後プラスマイナス0に戻っただけ。

マイナスから0に戻る時には、確かに空気が入ってきてはいますから、「息を吸えた感じ」は得られますが、実際には、元に戻っただけであり、元の状態より空気が多く取り込まれたわけではありません。

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