アマチュアの俳優が胸を張れる日は来るか

日本では舞台俳優のプロとアマの境が非常に曖昧という話です。

私個人の考えですが、現実的に日本の演劇界を下支えしている役者に関して言えば、職業というより生き方に近いものがあると思います。
なのでプロか否かというより「役者かそうでないか」という問いの方が本質を突いています。誰が何と言おうと自分は役者なんだと信じた瞬間からその人は役者だと思います。そうやって生きていれば、プロかどうかという問題は、周りの人が判断するようになってきます。
例えばもし「うちの芝居に出て下さい。チケットノルマとして◯◯万円払ってね。」と言ってくる人がいれば、その人はあなたのことをプロとは見なしていないでしょう。

いつだったか、当時コメディー・フランセーズの事務局長だったピエール・ノット氏が演劇をやっているフランスの高校生たちを20人くらい引き連れて、シアターXで芝居を打ったんです。
で、その後に懇親会に参加させていただいた時、私は「皆さんは将来コメディー・フランセーズの俳優になりたいのですか?」と質問したところ、意外なことに、各々、「僕は弁護士になりたいです」「僕は警察官です」「教師になります」と、いった具合に、誰一人、将来俳優になりたいという高校生はいなかったのです。
私は、びっくりして、「海外にまで芝居をしにくるくらいなのに、どうして俳優を目指さないんですか?」と、もう一度質問したら、ある女の子が、「演劇は趣味です。選ばれた人しか俳優にはなれないから…」と答えてくれました。
たしかにフランスでも、ロシアやイギリスのようにものすごい高倍率の難関を通り抜けて、みっちりと専門教育を受けた人しか俳優になれません。
そのかわり、プロの俳優になった人は、骨折などして、何ヶ月も舞台に出られなくても、ちゃんと国に生活を保障してもらえる制度があるらしいです。
それは、俳優の才能がある人が、「食えないから」という理由で、別の職業に転職されたら、
フランスの国益を損するからという考えからきていると思われます。
私はあらためて、演劇先進国における「俳優」という職業の門戸の狭さに驚かされました。
趣味で芝居をやっている高校生が、はるか日本まで公演しに来ることが出来るのです。もちろん芝居は面白かったです。

はたして日本で、完全に趣味で俳優をすることは可能でしょうか。
もちろん社会人劇団や、完全アマチュア志向の劇団などもあるにはあるのですが、数としては、それほど多くはなく、なんとなく、演劇の門を叩いてみたら、みんな、むやみやたらと「プロ志向」ということが多いです。
役者が十万二十万というチケットノルマを抱えさせられ、客席は知り合いだけの発表会状態で、肝心の中身は、目も当てられないような芝居というケースも少なからずあります。けれどそういうブラック劇団にいる人もなぜかほぼ例外なく、みんながみんな、「いつかは役者で食っていく」ことを目指していて、なんだか、「プロを目指してない奴は邪魔だから去れ」みたいな空気がプンプン漂っている、ということが多いのです。あくまでも私の印象ですが。

で、もちろん案の定、食えるどころか、ボロボロとやせ細っていくばかりなので、役者を目指したほとんどの人が廃業して別の道に進んでいくのです。私は、これは実に不健全だと思います。

ある分野の芸術が成熟すればするほど、「アマチュアが趣味として活動をする土壌が充実する」というのが私の考えであって、反対に、かかる芸術が未成熟の場合、それを純粋に趣味として楽しむことが困難になると思います。

日本の場合ですと、歌舞伎とか能とか狂言、日本舞踊などの古典芸能は、アマチュアでも十分に充実した活動ができます。
それは、大学の能楽部で趣味として能を嗜んだ人が、「私はプロの能楽師です」と名乗ることができない安心感があるからです。その意味ではプロスポーツ界のような成熟があります。「草野球チームに入ってプレーしてたんだけど、いつまで経っても野球では食えないから辞めたんだ」という人はなかなかいません。

でも、演劇の場合はと言いますと、「ここに入っている演技者はプロ」というような協会や連盟は存在せず、例のブラックな劇団の劇団員でも、「劇団○○俳優○○」みたいな仰々しい名刺を手渡しながら、「一応(一応って何だ一応って)プロの役者です」みたいな自己紹介をすることがまかり通っているのです。
「お客様からお金をもらってるんだからプロなんだ!」と豪語している人すら見たことがあります。それならキッズダンスの発表会に出る子たちもプロということになります。

ではプロとは一体何かという話になります。役者としてのギャラだけで食えたらプロならのか、と問われると、もちろんそうに違いないのですが、 そんな人は、本当に本当に少なくて、その区別の仕方は現実的ではないのです。

夢が壊れるような話ですが、私が尊敬してやまない、あの俳優だって、あの俳優だって、みんな役者のギャラだけでは生きていけずに他で(純粋にプレイヤーとしての出演料以外という意味で)バイトをしています。
もし、仮に出演料だけで生活している人だけがプロの役者だとすれば、スター俳優を除けば、劇団四季か、宝塚歌劇か、老舗劇団の幹部俳優か、ものすごい忙しい学校周りの劇団の役者しかプロの俳優とは呼べなくなってしまうでしょう。

もちろん、インディペンデントではなく商業ベースの舞台で仕事をしている時は、どんな役者だって食っているのですが、 仕事をしていない時の役者は、基本的には自宅警備員なので、本日も、日本中、90%くらいの役者は「失業中」というわけなのです。

だから出演料だけで生活をしているか否かというのは、現実的に、その俳優がプロかアマチュアかという区別の指標にはなりません。

はっきり言うと何万人といる役者を舞台の出演料だけて食べさせるだけのパイが日本の演劇界にはありません。そもそもお客様がそんなにたくさんいないのです。

こんなカオスな土壌だからこそ、「ちょっと趣味で芝居をやってみたいんです」 という人が、一歩足を踏み入れたら、そこは阿鼻叫喚の巷と化した演劇地獄だったという事態が起こるわけです。

やっぱり、大元の現代演劇界が成熟して、趣味として演劇を楽しめる人口が増えて、それがまた演劇界を潤す土台になっていく、という好循環が望ましいと思います。

でも実際には、「あ、こないだ初めてお芝居観ました。でも、もういいです。」 という不幸な演劇初体験をさせる芝居が多く、お客様の数も
右肩下がり、 というのが現状のような気がします。

日本でも完全な趣味として、アマチュアの人が安心して役者を出来る、そんな日がいつか来ればいいと思います。

そうやって、門戸を広げておけば、特別な才覚を持った若者は自然とプロを目指して専門的な教育を求めていくだろうし、ずっと趣味として演劇を楽しんでいく人は、その人の人生をいきいきと充実させることができるし、 また演劇界にとっても「良い観客」になっていくことと思います。



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