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自由律俳句鑑賞「海紅」2024年2月号掲載句より

この鑑賞文は、自由律俳句誌「海紅」2024年4月号に掲載された句評に加筆・修正を加えたものです。4月号には、およそ二か月前の2月号に掲載された句を鑑賞したものになります。

他のジャンルの短詩系文学作品と同様に、自由律俳句の読みの余白も広いので、様々な読み筋(解釈・アプローチ)が成り立ちます。
もし、この鑑賞文を読んで、自分ならこの句はこういうふうに読む!というような、自由律俳句の読みに興味のある方への「たたき台」になったら嬉しいです。

一匹の蠅がまだ出て行かない 吉明


写生句として本当の蠅でもよいのですが、作中主体の頭の中から強迫観念じみた考えがなかなか去らない状態と読んでも面白そうです。「一匹の蠅」なので、一つの考えがしつこく付きまとってくる厄介さが伝わってきます。

句全体で一つの状況をトリミングして描写しているだけなのですが、「まだ」にのみ作中主体の主観の色が濃く挿入されています。読者はこの「まだ」にたいする解釈をもとに読むように誘導されているようです。誘導された読み筋でいきますと、句全体で一義的な意味合いとは違った暗喩的意味合いに読むことが可能であることに気付かされます。
その、暗喩的意味合いの読みとして作中主体の頭の中から強迫観念じみた考えがなかなか去らない状態というものが出てきたわけですね。

情報を巧く制御すると、句の読みに余白を与え、複数の読み筋を可能にしながらも、漠然と広がり過ぎず、読みに方向性を持たせることができるという好例だと感じます。音数律が自由な自由律俳句は、詩としての読みの余白の広さのコントロール、読みの方向性へのさりげない誘導構成が必要であり、また難しいのではないかと思います。
吉明さんの、この制御の匙加減は絶妙で、まさにベテランの味わいと言えるでしょう。

春に死ぬこと春はやさしい 幸弘


春はすべての命が萌え出る季節。その春に死ぬ。真逆の対比にドキッとします。それでも春は黙って受け入れるのでしょう。春を二回使いながらも、助詞を「に」(春と言う時間性、その時間の中に於いて作中主体が行う行為が死ぬという行為。そして死という事象)、「は」(春の本質性)と使い分けることによって奥行きのある詩の余白を生み出しているところに注目させられます。

はるにしぬこと / はるはやさしい 7音(3音+4音)/7(3+4)の14音。斡旋されたことばが平明であること、音数律の短さから覚えやすいこと。以上の点から非常に口誦性(こうしょうせい)が高い句になっていることも注目されますね。

母国語のようにしみたはんぺん待っている 

崇譜

おでんのしみ具合を色や味に関連する語彙で詠む句はたくさん目にします。ですが母国語という言語に関する語彙で喩えた句は初めてでとても新鮮です。母国語は一生しみるわけですからねぇ。すごくしみているのでしょうね。はんぺんという、一番上に浮く具材を選んでいるところも視覚効果を巧く使っていますね。

それとようにという直喩はよほど構成としてピタリとハマっていないと、直喩の切り口として月並み表現におちいりやすいです。その点、この母国語ようにペアリングは相当に絶妙だと言えるのではないでしょうか。

困り顔のこの弱っちい陽光 晴正


冬の低い角度の、力を持たない陽射し。それを「困り顔」と見立てて言い取ったところに作者独自の感性と魅力を感じます。「この弱っちい」にやや内向的な詩情を感じ、作中主体自身の感情にも寄せて読めるよう読者を誘導してくる巧みさに惹かれます。

  • こまりがおの / このよわっちい / ようこう 6+7+4=17音

  • これが音数律。音数律に法則性は見られません。これは自由な音数律の組み立てになりますね。

  • 次に韻(響き・調べ)の観点から。

  • 困り顔のKO、GAOこののKONOよわっちいのYO陽光のYO、KOH。

  • 一句全体の17音を通して、O母音が7音、句全体にバランスよく配置されています。7音のO母音は掲句17音全体の約40%を占めるので、詩的なレトリック効果としては確かなものがあるはずです。

  • もう一つ、困り顔のK、こののK、陽光のなかにあるK。三つのパラグラフ(段落)ごとに、それぞれKの子音も揃えられています。母音揃えと共に子音もある程度揃えられている点。ここにも注目されます。母音に加えて、子音の揃えも効果があると推測されることですね。

  • 音数律としては、フリーで一見何気ないつぶやきに思えたとしても、実は韻の部分でしっかり詩的レトリックが施された作品と言えるのではないでしょうか。それが、ただのつぶやきとは感じさせないポエジーを立ち上げて自由律の俳句性となっているようです。

若者の派手な作業着十二月 空心菜


最近の作業着、ユニフォームは目覚ましい発展をしていて防風、防寒、防水、遮光(日焼け防止)、通気性、排熱性と機能の充実は勿論、街着として通用する程お洒落なものも出ています。メーカーとしてはワークマンなどが話題ですね。漢字の多い組み立てですが、脳内で像を結ぶイメージ喚起力はきちんとしたものを感じます。
作者は人も世の中の流れも鋭く観察しているなぁと思いました。

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以上、サクッと書きましたが、少しでも自由律俳句に興味のある方の読みや作句のヒントになれば嬉しいです♪


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