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句集『此方暗』を読んで                       ~プチ・平林吉明論~

以下は、自由律俳句結社「海紅」の先輩俳人である吉明さんが、最新の句集『此方暗』(こなたぐら)を上梓したさいに海紅に掲載した感想です。内向き(結社内で、ある程度吉明さんの事をわかっている読者向け)の文章になっていますが、素敵なポートレートが出たので取り急ぎ、アップしておきます。少しでも吉明さんのことを読者にわかってもらえたら嬉しいです。

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平林吉明(ひらばやし よしあき)とはどのような自由律俳人なのか。

 上梓された最新句集を通して考えてみる。死と不条理と世界への慈しみを詠む作家。また抒情と映像の作家といえるのではないか。先代(三代目海紅社主)檀(まゆみ)師は吉明さんと田中耕司(しんじ)さんを直弟子として指導した。常々、そして臨終間近にも「これからはお前たちが海紅を背負っていくのだぞ」といわれたそうだ。

 耕司さんはその後、海紅が蓄積した自由律としての詩的レトリック、すなわち、定型以外の韻律で俳句を成り立たせる様々な技術を吸収網羅してきた。それを読者に意識させないような作品の平明さで、俳句職人的余裕の独自世界を展開してきた。いわば、「俳句とは芸である」といわんばかりの作風である。

巨大な機影黄色い街の赤ん坊  平林吉明

「いたずらに俳句的沈潜に止まらず、前進してゆく自由律俳句の一つの証であり、たのもしいことと思う。昭和も平成も、こころを詠うことに変わりはない。それが俳句の生命だと思う」平成元年(一九八九年)先代檀師の評である。
 私、石川聡が一九九八年海紅に入会し句会で初めて吉明句に出会ったときの印象は「海紅系の各句会や結社誌内でみる他の作家の作風とは明らかに違う」であった。それ以来二十年数年間、吉明句を観てきた。吉明さんは常に、自分ではどうしようも出来ないコトとモノに対峙し続けてきた俳人だろう。想い(句意)は常に徹底した推敲により、原型をとどめないほどの変形を伴っている。それでいて不思議な説得力を持つ作風を確立している。あたかもキャンバスに描いた下絵から絵具を塗り重ね、削り取り、モンタージュし、最後には下絵からかけ離れた作品に仕上がる絵画のようなイメージだ。

 

前掲の吉明句評中での「いたずらな俳句的沈潜」とはどんな意味だろうか?

 自由律俳句は、想いをそのまま再現し、成程わかります共感できますという着地点を目指すだけの形式、ただ見たモノ感じたコトの感想や説明を述べる器として在るだけなのだろうか?それだけではなくて、自由律俳句は感動を自分なりのスタイルで再構築し、どう伝えるのかという俳句的造形(またその作句態度)に厳しさが求められる形式なのではないか?
 共感と心持ちの良さという社会的規範に安住するままの句が世間に溢れるなかで、吉明句からは「それだけではないだろう。それだけでは自分の句の表現として満足できない」という作句態度が透けて伝わってくる。吉明句の変遷は、そのような飽くなき表現の探求に駆り立てられた彷徨と呻きの軌跡だったといえるのではないか。死と不条理を詠んだ句。

いつか死ぬアロエに静かな水をやる

妻の持ち帰る夏はいのちの請求書

わかりあえないふたりでじたる

夕暮れの空から鎮痛剤

死にゴミ

一句目。いつか死ぬ、いつか死ぬアロエ。切れを伴っていつか死ぬ(自分)とアロエとの取り合わせ。いつか死ぬアロエに水をやるとする一物仕立ての読み。いずれにせよ死がモチーフ。
二句目。夏=いのちの請求書。秋も冬も春も請求書は続くのだろう。
三句目。デジタル時代でも一番近しい存在の二人ですらわかりあえない不条理。悲しみと寂しさ。
四句目。常に心痛を持つ語り手にとって美しい夕暮れは一時だけ痛みを忘れさせる対処療法の鎮痛剤。心痛はやがて戻ってくる。
五句目。自己否定、虚無を突き詰め修辞的にも文体を凝縮しきった短律句。句群には死や不条理やマイナスの感情に真正面から向き合う姿勢がある。決して徒な俳句的沈潜ではない。

妻への想い。
『此方蔵』には妻句が多い。哀しみと慈しみ。

雨漏りの嫁をひきずる

妻の書く宛名のない手紙

背中ぜんたい女房のなみだ

近くなり女房遠くなり紫陽花

小春日に妻の窓辺のフェルメール

句群には愛するからこその戸惑いや迷いや妻の居る光景が描かれる。
感情の直接表現は一切なしで。

抒情と映像の句。

窓からなんにも見えない竜二は昔の仲間

月世界少年はおおきな黒いマフラー

春一番あなたでいっぱいになる

一面の落ち葉のひかりを掃く

腕枕に溺れる

切り取られ研磨された映像と抒情。読者は委ねられた余白に深く入り込みポエジーを味わえばよい。

第一句集『オノノキワハバタク』

吉明さんの自由律の旅はまだまだ続くのである。自分はその背中をどこまでも追っていくつもりだ。

つくづくつづくひらばやし  石川聡

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