見出し画像

いざフランス、トゥールーズへ③

 キャピトル広場から北へ一直線に5分くらい歩いて行くと、サン・セルナン聖堂がある。すでに歩いている時から行手に一際高い塔が聳えていたこの聖堂は、ロマネスク様式では最大規模とのことである。
 大きいが、ゴシック様式の大聖堂がもつ威容さは外観からは感じられない。大きな箱の上に、八角形の塔がちょこんと載っていて、一見すると、教会なのか学校なのかさえよく判らない。
 中に入ると壮大で圧倒される。サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼の道の重要地にあり、大勢の巡礼者を迎え入れるこの聖堂は、150mの奥行きがある。
 しばし佇んだ後に、堂内を一周してみた。表からも壮大で圧倒されるが、裏へ回ってみるとさらに凄い。無数の彫刻が置かれてあったり、壁に刻まれてあったりする。これらをロマネスク彫刻というのだろうが、私はそれについてはよく知らない。
 キャピトル広場から西へ少し進み、左へ小道を入った先にあるのが、ジャコバン修道院である。縦長の窓が配列された箱の上に、やはり八角形の塔をちょこんと載せた形状で、この地方の教会建築の特徴なのだろうか。
 内部空間。サン・セルナン聖堂よりは小ぶりだが、見たことのない独特の形状を見せる。先刻外から見た縦長の窓はステンドグラスで、無数に並ぶステンドグラスの下の空間には、こういう教会にありがちな絵が並んでいる。
 と、ここまでは普通の教会建築でよく見る光景である。しかし中央一列に並ぶ円柱の上に視線を移して行くと、何とも不思議な展開がなされている。円柱は上部から放射状に拡がり天井へと連なっている。椰子の木のような拡がりを見せる天井を見て、ここへ来る者は感嘆の声を上げるだろう。
 そしてこのドミニコ会の修道院で最も気持ちのいい場所は回廊である。大きな中庭をめぐって歩いて行く。歩いているところは陰の中である。中庭には光が溢れている。陰の中を周回しながら、内に溢れる光を感じる。この空間の美しさ。
 一角に佇み思案を巡らす人。本を持ち込み休む人。皆思い思いに時を過ごしている。毎年秋になると、ここでピアノ・フェスティバルが開催されるという。こういうところを使ってやるというのが、いかにもフランスらしい。
 
 
 キャピトル広場から南へ5分くらい歩いて行くと大通りと交差する。大通りに面したところにあるのが、オーギュスタン美術館である。元々は修道院だった建物が、1795年に美術館になったというのが面白い。絵画は年代別でも画家や画風の別でもなく、大きな空間に一堂に会している。出し抜けにドラクロワの絵が登場したりする。
 この美術館がユニークなのは、様々な修道院から収集した柱頭彫刻を展示していることである。上に彫刻を載せた無数の柱が整然と並んでいる。一つひとつ見ていれば彫刻の鑑賞かも知れないが、それらが整然と並ぶ空間は、ダリか何かのシュルレアリスムの絵でも観ているような奇妙な感覚を呼び起こす。
 元が修道院ということで、建物を出たところに回廊がある。美術の合間にこういうところで休めるのはとてもいい。休んでいると、四辺の一辺に、犬の遠吠えのような像が庭に向かって十体ほど並んでいるのが見えた。ガーゴイルが一列に鎮座している。まず見かけることのない奇妙な光景ではあるが、実に見事である。という訳でオーギュスタン美術館は、美しいものの中に奇妙なものが入り込んでいる面白い美術館であった。
 オーギュスタン美術館から大通りをガロンヌ河岸の方に歩いて行くと、瀟洒な貴族の館がある。アセザ館と呼ばれるこの館は、トゥールーズの特産物であるパステル染料で財を成したピエール・アセザの邸宅が、現在は美術館として公開されている。貴族の館の部屋を巡って行くうちに、ルネサンス期から二十世紀初頭辺りまでの良作・佳作を堪能できる。この感じは日本で言えば、三菱一号館美術館に少し似ている。
 下階は一八世紀辺りまでの絵画や調度品が並び、上階は近代絵画である。近代絵画はなかなかセンスよくまとめられていて眼に愉しい。
 セザンヌとピカソが並置している部屋。抒情的なシスレーの部屋で癒されたり、色も形も鮮やかなヴラマンクの部屋で奮い立つような思いになったりもする。シニャックなどの新印象派から色が段々と解放されて行って、マティスなどのフォーヴに至る流れは、15年初春に東京都美術館でやっていた「新印象派ー光と色のドラマ」展を思い出させた。
 特筆すべきはピエール・ボナールで、35点の作品が最奥の大部屋に並ぶ。トゥールーズでボナールの作品をこれだけまとめて観るとは思ってなかった。風景も静物も柔和で親しみやすく、改めていい画家だと感じた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?