~6/18

皮膚から樹木が芽生える。皮膚の下では盲目を飼っていて、偏頭痛のなかの木々が、間隔を置いて数本のこる。かつて無人駅の、駅舎の撤去工事を、ながめたことがある。立ち上った、砂煙が皮膚にまだ、染み付いていて、駅の輪郭を、肌が憶えている気がした。以前感心した詩の一片が、今はそうでもない。
古代が、吹いていて、旧姓が、雨よりも濡れている。 果糖のような夜を、迎えた。

こんな時期に野焼きでしょうか、と山の煙に不安を向けている女の人かもしれない。年金が、入ってこないことを、曽祖母のせいにしていた祖母。畦道の砂利が、読点のやさしさで、不安より早く、声を殺してくれる。昔話からたくさんの動物を生んだ声に、重力はあり得なかったはずなのに。

雪の日は、雪と空白だけになる。新雪の感情が微かに、耳から入ってくる。警戒する小動物の、首をまわす音がする。初夏の沼を、身体に取り入れた男達の集団が、雪の日の空白へ、淡水魚を放流する。雪は、魚を寓話にして、その鱗一枚一枚を、形容詞に変え、次の季節の、営みを運んでいる。

本の重力を、逆さまに捉えて、栞は今夜、社会主義から生まれた果樹園に到着している。病弱な魂を養分にする果物は、過度に生きて、何度も死ぬことを通り越している。骨折したときの、副え木して、包帯を巻いてくれた手際の良さ。堆肥を入れた土は、その時と同じ温みの、やわらかさがあった。

雪は、夭折の包帯だった。内部に、やさしい病弱を、飼っている。あらゆる弟たちが、貝の化石を、握りしめながら、冬の川に、飛び込んでしまう。畦道の、孤独な尿意を、姉に捧げて、大袈裟な信仰を、川に抱きながら弟は、夜尿の豊かさで、今でも川縁に、小鳥がうまれつづけている、と思った。

脱毛することなく、開き直っている姿が美しかった。妥協しない言葉を、選択していたのだと思う。誰の所有もない椅子が置かれて、その場所をひろげている。同じ時間でなければ、何人もいて尻から、温もりを繰り返しうむ。異なる時間を挟んで、手を繋げば指先の、昨日の切り傷が、治りかけを嫉妬する。
毛、脱毛、絡みつくイメージ 椅子、椅子があるだけで、空間が広がるイメージ 椅子をきっかけかけに、異相、の存在同士が手を取れるか

不在を、濃く残す人だった。過去に、裾を優しい力で踏まれると、迷わず未来を唾棄してくれた。手脚や指の数が、偶数で在ることが、嬉しかった。寝息の分だけ、夜は量をかさ増しさせていく。だから朝靄の質量のなかに、この世の霊魂が、あかるく折り畳まれて、過去は道を落葉で、覆い隠そうとしている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?