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新雪は、人を耳で、睨む。冬を知る人が根菜を、片手に持つ。いづれ風雨が、しずかに煮込まれるだろう。木漏れ日から、生まれる光の幾何学を、いつか屋根裏部屋に、もたらしたのは誰か。雨漏りの比喩がしたたり、一文の述語が、さだまらない会話文。海月水族館を、しずかに聴いていたことがある。恣意が、指のかたちで、水槽に、触れ る。水母に、耳を澄ます。わずかな静電気から、心のにおいが漂ってくる。暗緑色の光の、屈折のなかでしか揺蕩えない。本当は、どこにいるのかわからない小さな表現。移動水族館が、街にきたとき、町中の人が年下にみえた。

ご先祖さんが狸、みたいなものの言い方やんね、冗談半分に翔びよるモモンガやあるまいし、田舎のいとこは、夏以外、溶けちょるって、夢でも見たんちゃうか、缶蹴りに使うんわ桃缶のほうがええいうルール、意味わかりまへんけど、なんやこの心地よい不安は、眼球で頬なぐったろか、

いつ沼が、身体に、取り込まれたか
あるとき沼は、木々だった
沼は、嵐だった
沼は、妹だった
沼は、精液だった
沼の、子どもを産むことを思った 死んだと思った
沼が、土中からあらわれでたとき、緑色の、不安なにおいだった 清潔な病気で、時折、潤したくなる 沼についてのディテール _φ(・_・memo

指先の、切り傷から妹が、続いていた。刃物に囲まれて妹は、切り傷として、暮らした。鋭利さこそ温みを与えてくれる。妹は、しずかな痛みを伴う小さな摩擦とともにいた。あるとき、切り傷は妹の、身体を分け隔てていた。臓器の妹は、脈動だけは、手放さなかった。摩擦は、孤児になっていた。

文脈があるから突然、蛾が飛び立てない詩のなかにひろがる沼の、無声を聴くために妹が、耳を澄ませていた。一編の題名が、沼に油を注ぎ、淡水魚のしずかな自由を奪っている。木々は、溢れようとしたが、自ら行間から漏れ出ることはなかった。妹は、比喩を姉に頼り、穴だらけ家の雨漏りを、沼に捧げた。

耳の奥に、水辺の無い沼があり、発せられる声は、種違いの妹と一緒にそこで、貝の化石を探している。文章は、鼓膜の内側の声を、聴いてほしいのについに、雑多な砂利の摩擦に覆われて消えた。詩は、朗読によって自分の耳骨を、そのまま他者へ譲りたくて、未だ化石に、なっていない貝を探す行為だった。

直訳では、意味の通らない言葉のように、自分の発声が、他者へ誤解を、与え続けているのは何故か。暫く、耳の奥に、巨人の童話が、始まろうとしていた。鼓膜を、うちから直に震わせていたのは、巨人が盗んだ街の、喧騒であった。小さすぎて鉛筆を、持てない巨人は、一人称であらわすことを諦めていた。

陽射しを置いていったのは誰か。果物泥棒の噂が流れた。バスの乗り方に似ている。鼓動のような無意識が自分をそっと置いてくる。文庫本を開いている人々。読者の吐息と、物語上の嘘が、地続きになっている。エンジンは、文脈の微熱も運ぶ。読点。ふと顔をあげる読者の、経験してきただけの罪。なにもゆるしてくれない窓にうつる、そっと薄くなる唇、微風みたいに。


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