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御菓子名小学校

 ここは、誰も知らない世界にある御菓子名小学校(おかしなしょうがっこう)です。外装や、中の天井や床や壁、階段もウェハースチョコの校舎に、大きなカラフルチョコでデコレーションされた時計がそれぞれ教室の中に設置してありました。教室の出入り口の扉や、窓やカーテン、黒板やチョーク、黒板消しは普通のものですが、教室の机やイス、教壇は板チョコレートがデザインされたものでした。小学生の子たちは何人か、これは食べられるのか、先生に質問する子が多かったくらいです。先生たちは御菓子名小学校のものは食べられないと子どもたちに言い聞かせていました。
 中でも6年1組のクラスはお菓子が好きな子たちが多く、授業中、先生の話を聞きながら、板チョコレートの机を眺めるかたちで教科書を開き、ノートをとっているため、お腹が空いてくるようです。休み時間の度にお菓子が食べたい、給食の時間までお腹がもたないと何人か言っています。
 しかし、お菓子が好きな子もいれば、嫌いな子もいました。しょっぱいお菓子なら大丈夫ですが、甘いお菓子がダメな子が何人かいます。特に男子グループはウェハースチョコの校舎のことや、板チョコレートの机やイスにケチをつけていました。そんな男子グループの会話が耳に入った女子は、グループの輪に入るかたちで1人の男子に向かってこう言います。女子の名前は沙藤水松(さとうみる)です。
 「私はウェハースチョコと板チョコレート好きだから、この学校良いと思うよ」
 「女子は甘いの好きだからな。オレはどうせだったら大きなセンベイの校舎とポテトチップスのかたちのした机とイスが良かったよ」
 水松にそう言った男子は潮乃奨多(しおのしょうた)で片手を腰にやって言いました。
 「潮乃くんは給食の時間、甘いのばかり残しているよね。そんなに甘いのがだめなの」
 「あの味が無理なんだよ」
 「えー、おいしいよ」
 「というか沙藤、オレにばかり言っていないで、ちがう人にも言えよ」
 「ちがう人って周り誰もいないよ」
 「あいつら、いつの間にどっか行きやがって。おーい!」
 奨多は行くとき、水松にあっかんべーしたあと、教室を出て行ってしまいます。水松はむっとなりましたが、次は委員会やクラブ活動の時間だったため、ランドセルの中に教科書やノートを全部入れてまとめたあと、背負い、友だちの裾(すそ)みのるとクラブ活動の教室へ向かいました。
 御菓子名小学校の委員会は代表委員、保健委員、運動委員、美化委員、図書委員、広報委員、放送委員、給食委員と一般的ですが、クラブ活動は変わっていました。チョコレートクラブ、アイスクラブ、クッキークラブ、プリンクラブ、ケーキクラブ、ゼリー・グミクラブ、スナック菓子クラブ、センベイクラブとあります。御菓子名小学校は名前の通り、校長がお菓子の文化を大事にしているため、クラブ活動はお菓子のものを強化しているようです。
 クラブの中で男女ともに人気なのはケーキクラブとスナック菓子クラブで、男子はセンベイクラブ、女子はアイスクラブが人気でした。
 水松は委員会は美化委員、クラブはゼリー・グミクラブに入っていました。友だちのみのるも水松と同じ委員会とクラブで、ゼリー・グミクラブの部長です。奨多は委員会は図書委員でクラブは何と水松とみのると同じゼリー・グミクラブでした。男子ほぼ全員がスナック菓子クラブとセンベイクラブに入りたい子が多く、定員オーバーになるため、公平にくじ引きで決めた結果、奨多は6年の人数が少ないゼリー・グミクラブに入ることになります。ゼリー・グミクラブの6年のメンバーで男子1人で甘いものがだめと言っている奨多ですが、クラブ活動は休まずに参加していました。
 「部長、早く始めてよ。さっさと終わらせて家に帰って、飯食ってアニメ見て宿題して寝たいから」
 と、奨多が言うと、おもしろかったか、同じクラブの3年生から5年生の子たちが笑います。ゼリー・グミクラブは6年生のメンバーは3人で少ないのに対し、3年生から5年生はそれぞれちょうど10人いました。
 「はいはい、アニメ楽しみね。潮乃くんって何だかんだ真面目だよね。他のクラブの女子に聞くと、中にはクラブ活動に参加しないで帰っちゃう男子がいるって聞くよ」
 奨多に返事をしたあと、みのるは水松のところに行き、耳打ちしました。水松はずっと前の席に座っていた奨多の後ろ姿をじっと見ますが、視線を感じたか、奨多は後ろを振り返りました。水松は少しびっくりしますが、奨多は何も言わず再び前を向いていました。
 「今度、御菓子名文化祭があります」
 「おかしな文化祭って何?」
 と、これは3年生の男子が聞きます。みのるは苦笑して答えました。
 「そう聞かれると思った。おかしな文化祭のことじゃないよ。小学校の名前にちなんだ御菓子名文化祭だからね。御菓子名文化祭は毎年、それぞれのクラブが調べたものを模造紙に書いて、いつもクラブ活動で使っている教室に展示して発表していますが、ゼリー・グミのことを調べる他にみんながやりたい出し物ってありますか?」
 部長のみのるがクラブのメンバーに文化祭の出し物の意見を聞いたところ、3、4年生は手があがりませんでしたが、5年生は何人か手があがっていました。みのるが順番に指していくと、「ゼリー・グミ作りの体験コーナー」と「ゼリー・グミでアートのコーナー」と「ゼリー・グミのカフェのコーナー」と出し物の意見があがります。この中のどれかに決めようとしていたクラブのメンバーでしたが、1人反対意見が出ます。奨多が手をあげ、意見を言いました。
 「5年生の言った案、他のクラブも同じことを考えているんじゃないか。ちがう案がいいんじゃね」
 「別にいいんじゃない。やることが他のクラブと多少同じでも『お菓子』がちがうんだから」
 奨多の反対意見に対し、水松が5年生の意見に賛成の意見を出しますが、あえなく水松の賛成意見は引っくり返されました。
 「やること同じにしてみな。お客さんの全校生徒とその保護者ほとんどがケーキクラブかアイスクラブ、スナック菓子クラブの方に行っちまうよ」
 「……そっか」
 水松がうつむいた表情になると、奨多はにっと笑い、言います。
 「オレはミステリーボックスゲームがいいんじゃないかって思う。よくバラエティー番組で見かけるし、ウケるんじゃないかと思う。それにこれはここのクラブだから出来る出し物じゃないかな」
 「なるほど、そうだね、ミステリーボックスに入れる中身、本物のゼリーは入れないで、ゼリーの代わりにスライムを作ればいいんだ。スライムを触った感触、ゼリーに似てるから、お客さんはゼリーとまちがえるかも?」
 みのるが相づちを打つと、奨多は人差し指を立て、横に振りました。
 「誰が本物のゼリーを入れないと言ったかな。本物のゼリーも入れるよ。水とゼラチンだけで作った透明のゼリーもミステリーボックスの中に仕込む。ただし、衛生面を考えて食べられないゼリーだから、食べられないことをお客さんによく注意しないとだな」
 「ねえ、ミステリーボックス、グミの方はどうするの?」
 と、水松が聞くと、
 「グミも本物を用意して、偽物は豆か何か用意すればいいんじゃないかな。みんな、文化祭の出し物、ミステリーボックスゲームでいいですか?」
 みのるが答え、クラブメンバーに振ると、全員が賛成し、ゼリー・グミクラブの文化祭の出し物はミステリーボックスゲームに決定したのでした。
 それから、水松たちは準備を毎日、着々と進め、あっという間に御菓子名文化祭当日を迎えます。奨多の読み通り、ケーキクラブとアイスクラブ、スナック菓子クラブの教室が混んでいました。ゼリー・グミクラブはお客さんが少なく、水松たちは落ち込みそうになりますが、保護者たちが来て、ミステリーボックスゲームをしてくれたことにより、繁盛します。どんどん、次のお客さんがゼリー・グミクラブの教室に寄り、ミステリーボックスゲームをしていきました。
 「うん、困ったときの父ちゃん、母ちゃんだな。客寄せパワーがある」
 「そうだね」
 「もう、うちのお母さん、派手な格好で来て、派手にうちのクラブの出し物の宣伝までしちゃって。恥ずかしい……」
 ゼリー・グミクラブの小さい旗を振りながら宣伝する母親にみのるの顔は真っ赤になります。
 「あれ、ところで沙藤の両親は?」
 水松の両親が文化祭に来ていなかったことに気づいた奨多が聞きました。
 「仕事が忙しくて来られないみたい。でも……」
 「沙藤、文化祭これから回らない?」
 突然、奨多がそう言ってきたため、言葉の続きが引っ込んでしまった水松です。
 「あー、私は部長だからここにまだいなくちゃー。水松ちゃん、潮乃くん、行ってらっしゃーい」
 みのるはついて行かず、ニヤニヤしながら、水松と奨多を見送りました。2人はケーキクラブから順番に文化祭を回ります。水松たちは途中で何人か合流した友だちと、文化祭を回っていました。当番の時間の関係で合流した友だちとわかれ、再び、水松と奨多の2人で文化祭を回っていたとき、老婆に声を掛けられます。水松の祖母でした。
 「あれ、沙藤の家族は……」
 「潮乃くん、そのことでさっき言いそびれたんだけど、おばあちゃんが来てくれたから大丈夫。でも、ありがとうね」
 「な、何だ、もー。オレは先に戻る」
 奨多は照れた表情をしながら、ゼリー・グミクラブの教室へ戻って行きます。そんな奨多に水松は祖母と文化祭を回りながら笑っていました。
 こうして、御菓子名文化祭は幕を閉じ、いつもの日常に戻ります。ウェハースチョコの校舎は今日もチャイムが鳴り響いていたのでした。

               ~終わり~

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