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都知事には「臨時の医療施設」をつくる法的義務がある

1 「野戦病院」が必要

日本医師会の中川俊男会長は、8月18日の記者会見で、新型コロナウイルスの感染拡大で医療体制が逼迫しているとして、大規模イベント会場や体育館を利用した臨時の医療施設を設置すべきだとの認識を示しました。いわゆる「野戦病院」の設置を提言したものとされています。(2021年8月18日付 毎日新聞「日医会長が「野戦病院」設置提言 中等症患者の受け入れ目的」)。

関西経済連合会は、8月18日、体育館などを使った臨時の医療施設「野戦病院」を設置すべきだという提言書をまとめました。関西経済連合会の松本正義会長が西村康稔経済再生相に対してオンライン会談で伝え、自治体が施設を設置するための資金の支援も求めたと報じられています(2021年8月18日付 朝日新聞「「野戦病院」設置、政府に提言 関経連、医療の逼迫で」)。


2 特措法における「臨時の医療施設」

新型インフルエンザ等対策特別措置法(以下、「新型コロナウイルス対策特措法」と表記)では、都道府県知事は、医療機関が不足し、医療の提供に支障が生ずると認める場合には、「臨時の医療施設」を開設し、医療を提供しなければならないと規定されています(同法第31条の2)。「することができる」ではなく、「しなければらない」と知事の義務として、条文に明記されているのです。

都道府県知事は、当該都道府県の区域内において病院その他の医療機関が不足し、医療の提供に支障が生ずると認める場合には、その都道府県行動計画で定めるところにより、患者等に対する医療の提供を行うための施設(第四項において「医療施設」という。)であって都道府県知事が臨時に開設するもの(以下この条、次条及び第四十九条において「臨時の医療施設」という。)において医療を提供しなければならない。(新型コロナウイルス対策特措法第31条の2)


東京都の「行動計画」をみると、病院その他の医療機関が不足し医療の提供に支障が生ずると認められる場合には臨時に開設する医療施設において医療を提供すると記載されています(「東京都新型インフルエンザ等対策行動計画」29ページ参照)。

このように新型コロナウイルス対策特措法では、感染拡大によって医療が逼迫した場合に、「臨時の医療施設」を開設して、そこで患者に医療の提供をすることが知事の義務として規定されているのです。


3 都知事には「臨時の医療施設」をつくる法的義務が生じている


東京都では、8月19日、5534人が新たに新型コロナウイルスに感染していることが確認されました。2日連続で5000人を超え、19日までの7日間平均は4700人を超え、感染の急拡大が続いています。自宅で療養している人は2万4000人を上回り、前日よりさらに2000人近く増えて、2日連続で最多を更新しています(2021年8月20日付 NHK「東京都 新型コロナ 5534人感染確認 2日連続5000人超 死亡は4人」)。

新型コロナウイルスに感染した自宅療養者らが容体の悪化により救急搬送を要請した119番通報が東京都内で8月2日から8日で1668件に上り(7月12~18日の約7倍)、このうち約6割は病院へ搬送されず、保健所の判断で自宅療養継続となったほか、病床の逼迫(ひっぱく)により、医療機関が受け入れられなかったケースもあったとされています。(2021年8月19日付 毎日新聞「東京のコロナ患者、救急搬送されないケース急増 119番通報7倍に」)。

親子3人全員が感染し、自宅療養している中で40代の母親が亡くなったという大変痛ましいことも報じられました。(2021年8月18日付 NHK「東京都内 親子3人全員が感染し自宅療養中 40代母親が死亡」)。

今の東京都の状況を見れば、「病院その他の医療機関が不足し、医療の提供に支障が生ずると認める場合」(同法第32条の1)に該当することは明らかです。

「酸素ステーション」の設置もある程度効果があるかもしれませんが、必要なのは「患者等に対する医療の提供を行うための施設」(同法31条の2)です。都知事には、「臨時の医療施設」を開設して、そこで医療を提供する法的義務が生じているのです。


4 できる限りのことを今すぐに


「臨時の医療施設」を開設する法的義務が生じても、施設の確保も簡単ではなく、感染急拡大で医療従事者の確保も容易ではないかもしれません。しかし、できる限りのことを今すぐにしなければ、何も進まず、救えるはずの命が救えなくなってしまいます。

施設の確保でいえば、築地市場跡地のほかにもオリンピック・パラリンピックでパブリックビューイングを予定していた施設や公園などが考えられます。選手村もオリンピックよりも参加人数が少なければ融通することができるかもしれません。もちろん、パラリンピックを中止・延期すれば、その分の施設や人員を「臨時の医療施設」のために活用することも可能になります。

新型コロナウイルス対策特措法では、「臨時の医療施設」の開設のために必要であれば、都有地でなくとも所有者・占有者の同意を得て使用することができると規定しています(同法第32条の3)。さらに、同意が得られない場合でも特に必要があると認めるときには同意なく土地を使用できるとしています(同法第49条)。「臨時の医療施設」を開設するために知事には強い権限が与えられています。

新型コロナウイルス対策特措法は、知事は、医療関係者に、その場所・期間などを示して、患者に対して医療を行うように要請することができるとされています(同法第31条)。

もちろん、法律で強制して医療を行うことは望ましいことではありません。大事なことは、知事に強い権限が与えられている裏側には、「臨時の医療施設」を開設する強い法的要請があるということです。

冒頭で紹介したように、日本医師会も「臨時の医療施設」の開設を求めています。東日本大震災の直後には、政府の被災者生活支援特別対策本部から要請を受けて、日本医師会会長が代表となる被災者健康支援連絡協議会が設置され、医療関係者が幅広く連携して被災者を支援にあたりました。全国で感染が急拡大する中で困難もありますが、広域の連携によって医療関係者の協力を得ることも考えられます。

「臨時の医療施設」を開設するのは知事ですが、政府によるバックアップがなければ実現できません。様々な困難はありますが、できる限りのことを今すぐに着手することが、一人でも多くの命を救うことにつながるのです。

(本稿は2021年8月20日時点の情報に基づく記事です。)
                        文責 弁護士 大城聡


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